モノクロ写真

b0037269_2246450.jpgモノクロ写真なんか撮らない、と思っていた。写真のことはわからないけど、なんか気取っているような気がしてイヤだった。どういうわけだかわからないけど、モノクロ写真を見ていると、たいした考えもないのに、ただ闇雲にモラルに逆らうことで自分の存在感を確かめている人を見たときの感じがした。ひどい偏見だった。

先日、日常のスナップショット用のカメラが欲しくなって、えいっ!とコンパクトなデジカメを買ってしまった。しかもマイナーなメーカーのもの。撮りにくくて仕方がないのだけど、天の邪鬼にはそれが心地よい。どういうわけだか、このカメラで撮る人はモノクロを多用するというので、ぼくも撮ってみた。

やっぱり気取っている。なんてことのない日常の写真なのに、見ようによっては、なにか隠された思想が背後にあるかのようにも見える。情報量の少なさが思わせぶりに働いて、かえって見る者に考えることを強い、足りないものを埋め合わせるよう強いるのだろう。そう考えていて、はっと思った。ぼくの文章と同じではないか。



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by enzian | 2007-09-04 23:18 | ※街を歩く | Trackback | Comments(29)

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Commented by yoko_f211 at 2007-09-05 00:29
いいですねえ。
5,6枚目が好きです。
私もニューコンデジ手に入れました。
海亀を助けに行くのに一眼では荷が重いので(^^
Commented by dojou7 at 2007-09-06 00:02 x
enzianさま、モノクロ写真お好きでしたら、是非来週から始まる私の写真展へお越しください。11日6時からオープニングパーティーあります。
http://yukinaa04.exblog.jp/6259156/をご覧くださいませ。
Commented by junko73oz at 2007-09-06 14:11
いいえ、enzianさんの文章も、今拝見したモノクロ写真も、
とても率直で素敵だと私は思います。
心が何かを探しているとき、
モノクロの世界では、それが光や陰として
しっかりと存在しているのに気づくことがあります。
Commented by bucmacoto at 2007-09-06 18:42
モノクロームの世界は、夢の中の色と同じだからでしょうか。。
(火事の夢とかは除きます ^^)
PC上のデジタル画像だと、8ビット(256ステップ)階調でしかありませんしね。
(医療画像やワークステーション上の画像は除きます)

もっとも銀塩写真を見る機会もめっきり減りました。
銀塩は目には優しいのですが、メリハリではデジタルに敵いません。
コントラストの対比が強いほうが、ぱっと見た目は鮮やかですから。

ちなみに昔の銀幕スターが輝くように美しかったのは、白黒映画だったからなのかな・・・なんて思ったりします < 情報量の少なさが思わせぶりに…
Commented by hiruu at 2007-09-06 23:35
いいですねぇ。モノクロ好きですよ♪とくに最後の階段のが好きです。右下におっさんの白い膝?が写ってるのがいいな(^^)
>ただ闇雲にモラルに逆らうことで自分の存在感を確かめている人を見たときの感じがした。
はっ、そうかもしれない、、、。
Commented at 2007-09-07 17:49
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2007-09-07 17:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by のらくろ at 2007-09-08 16:44 x
モノクロ写真は墨を流したような雰囲気がただよいます。完成し規定されもうそれ以上挟む余地がないような世界とは別です。未完の面影がモノクロ写真にはあります。
(意図的な未完)

一方、

時が止まってしまい追加したりどうすることも出来ない情景をモノクロは突き付けて来る気もします。
(やむを得ず未完)


冥さ(モノクロの暗さ)がかえっていろんなことを照らすような気もします。
Commented by mintogreen at 2007-09-09 20:19
写真を撮る楽しさは色を楽しむ事・・・なのに
「これは、モノクロじゃなきゃな~。」と思う写真がときどきあります。
なぜだかわからないけど、そう思う。

カッコイイモノクロ写真を仕上げられる人、カッコイイ人だと思う。
やっぱり、モノクロには何か不思議な魅力がある。
未完成なようで、かなり到達に近いものを感じる。

Commented by mintogreen at 2007-09-10 20:10
けど、やっぱり完成していない感じが、ホッとする。
Commented by enzian at 2007-09-10 21:55
yoko_f211さん

ありがとうございますだ。^^

>海亀を助けに行くのに一眼では荷が重いので(^^

長生きできそうですね。^^
Commented by enzian at 2007-09-10 22:02
dojou7さん

お知らせいただき、ありがとうございます。
東京には行けそうにありませんが、
ブログの素敵なお写真を拝見させていただきます。
Commented by enzian at 2007-09-10 22:09
junko73ozさん

どうもありがとうございます。r(^^;) ポリポリ

>心が何かを探しているとき、
モノクロの世界では、それが光や陰として
しっかりと存在しているのに気づくことがあります。

なるほど。
モノクロの世界には、
心が探し求めるような何か、があるのかもしれませんね。
Commented by enzian at 2007-09-10 22:16
bucmacotoさん

>モノクロームの世界は、夢の中の色と同じだからでしょうか。。

なるほど、それはありそうなことだと思います。
ある世代を境にしてフルカラーの夢を見る割合が高くなる、
という統計を見たことがありますが、
ぼくはモノクロの夢が多いので、よけいにひかれるのかもしれません。

>もっとも銀塩写真を見る機会もめっきり減りました。
銀塩は目には優しいのですが、メリハリではデジタルに敵いません。
コントラストの対比が強いほうが、ぱっと見た目は鮮やかですから。

そうですね。
コントラストというのは、はっと見に訴えるものとしては大きいですね。
ですが、そこからさらに省察を加えようという気は起きにくそうですね。
デジタル時代は、ゆうちょうに省察している時代ではないのかもしれません。

>ちなみに昔の銀幕スターが輝くように美しかったのは、白黒映画だったからなのかな・・・なんて思ったりします < 情報量の少なさが思わせぶりに…

銀幕スターはびっくりするほど美しいですよね。
それはやはりモノクロであることの影響があるのではないか、
と思います。
Commented by enzian at 2007-09-10 22:18
ひるさん

>いいですねぇ。モノクロ好きですよ♪

ひるさん昭和好きだからなぁ、なんとなくわかる気が。
(ゴメン、そればかり言ってますね。)

>とくに最後の階段のが好きです。
右下におっさんの白い膝?が写ってるのがいいな(^^)

ひるさん、おじいさん好きだからな、あっおっさんか。 \(-_- ビシッ

>はっ、そうかもしれない、、、。

そうなのだ(by バカボンのパパ)
Commented by enzian at 2007-09-10 22:51
鍵コメ1、2さま

まず、そちらに書かれたものからお返事をば。^^

軒先の自転車は、
京都にあるとある自転車屋さんの看板です。
大丸の近くですよ。^^

>駅の階段は上から下ですよね

それは虚をつかれました。
見る人にはわからないのですよね。
そっかー写真ってそういうところがあるんだ‥‥
撮ったのは上から下ですよ。
スカートの女性がいるのに下からは撮れないでしょ?^^

本コメントへのレスは
ちょっと考えてみたいので、
しばらくお待ちくださいませ。
Commented by enzian at 2007-09-10 23:00
のらくろさん

なるほど、そういう相反する二つの側面が
同時にモノクロには含まれている気がします。
どうしてでしょうか?

こう考えてみました。

モノクロは多くの色を省略しているという意味では、
未完ですし、こちらから何かを考えて埋め合わせる必要がある、
ということが一方で言えます。

他方、
モノクロは過去の情景のメタファー(隠喩)であるような気もします。
そういう意味では、われわれは過去を変えることができませんから、
どうしようもない、という側面をも含む。

いかがでしょうか。
Commented by enzian at 2007-09-10 23:26
mintogreenさん

>写真を撮る楽しさは色を楽しむ事・・・なのに
「これは、モノクロじゃなきゃな~。」と思う写真がときどきあります。

あります、あります!
それがあることを、最近、感じはじめました。

記事で日常のスナップショット用とか言っているのは、
街角で使うようなもののことを言っています。
ぼくの場合は、どちらかと言うと、
自然よりも、人間的なものに使いたくなるような気がします。
ぼくの場合は、人間に関わるようなもので、
忘れ去られたもの、いかんともしがたいもの、
刹那的なもの、切ないもの、とかにモノクロを使いたくなるようです。
Commented by enzian at 2007-09-11 00:05
mintogreenさん、続き。

>カッコイイモノクロ写真を仕上げられる人、カッコイイ人だと思う。

モノクロ写真って、カラー写真なんかよりも技術が必要なんでしょうね。
モノクロ写真を撮ることは誰でもできても、
上手にモノクロ写真を撮るのはプロ並みの技術なのかもしれません。

それと、
非日常とか、ちょい悪は、ちょっとカッコイイんですよ。^^

>やっぱり完成していない感じが、ホッとする。

それはありますね。
そのホッとする、という気持ち、興味深いです。
過去の情景の世界なのかなぁ‥‥

台風、大きかったですね。
ぼくも、家から出ていて、
危うく飛行機が欠航するところでした。
あぶなかった‥‥
Commented by mintogreen at 2007-09-11 00:36
過去を思い起こすと
色を脱ぎ去った 一場面ごとの情景が多いような気がします。
寂しい思いをした時の場面って、特にそんな感じがします。
そうじゃない場面もたくさんありますけどね。

モノクロ・・・今よりも色が少なかった時代への敬愛・・・のような気持ちが沸き起こる
懐かしさと新鮮さが、交じり合う不思議な色の世界ですね。

>刹那的なもの、切ないもの、とかにモノクロを使いたくなる・・・

っていうの、すごくわかります。
多分、色が溢れていては、表現しがたい・・・
取り去ることによって浮き出てくる、微妙な感情

今日、偶然、光を失った方の語り部を拝聴する機会をいただき、ず~っと、目をとじたまま聴いていました。
すると、すいすい入ってくるんですね。
その方の思いが。
そして、その方の言葉の中から、人間の可能性は無限だという事を知り、嬉しくなりました。

時には、色を抜いて見つめてみるのもいいかと思います。

台風お見舞いありがとうございます。^^
enzianさんも、この台風では焦りましたか~。
お疲れ様です。
Commented by coeurdefleur at 2007-09-11 06:45
黒って一色じゃないんですよね。
enzianさんも撮る楽しみにはまってしまったかな~^^
Commented by 座敷童 at 2007-09-11 10:28 x
とある絵描きが、つぶやいていました。
「最高に美しい絵は、何もかかれていない紙でありキャンバスだ。
絵描きはそれを、雑多なものでどんどん汚さなくてはならないんだ。」
写真もきっと、いろんな小細工をするほど情報過多になっていくんでしょうね。
もちろん、モノクロにもまだ“色(彩度)”はあります。
手前どもは、太陽光の下で見ていますしね。

面白いのはenzianの被写体が変わったこと。
身近なものになりましたね。
Commented by enzian at 2007-09-11 23:02
mintogreenさん

>過去を思い起こすと
色を脱ぎ去った 一場面ごとの情景が多いような気がします。
寂しい思いをした時の場面って、特にそんな感じがします。
そうじゃない場面もたくさんありますけどね。

そうですね。
過去がすべてモノクロというわけではないですが、
寂しい思いはモノクロの印象が強いです。
こころのどこかの部分が働いて、
悲しい思い出は脱色しているのかもしれないですね。

>今日、偶然、光を失った方の語り部を拝聴する機会をいただき、
ず~っと、目をとじたまま聴いていました。
すると、すいすい入ってくるんですね。
その方の思いが。

なるほど。
なるべくその方の在り方に近づくようにして聴く、
それは大切なことかもしれないですね。
Commented by enzian at 2007-09-11 23:07
mintogreenさん、続き。

>そして、その方の言葉の中から、人間の可能性は無限だという事を知り、
嬉しくなりました。

ぼくも年々、人間の可能性は無限だ、という思いを強くしています。
ただし、それはプラスの意味でもあるし、マイナスの意味でもあります。

>時には、色を抜いて見つめてみるのもいいかと思います。

そうですね。
毛嫌いしていたモノクロ写真でしたが、
時にはいいですよね。

>台風

焦りました。
ちなみに、今回の台風でちょっと良かったと思ったのは、
正確な八丈島の位置を初めて知ったことです。
もっと小笠原諸島に近いのかと思っていました。(^^ヾ
Commented by enzian at 2007-09-11 23:10
柊さん

>黒って一色じゃないんですよね。

一色じゃありませんね。
そこが奥深いところなんでしょうね。

>enzianさんも撮る楽しみにはまってしまったかな~^^

はまった。^^
Commented by enzian at 2007-09-11 23:14
座敷童さま

>写真もきっと、いろんな小細工をするほど情報過多になっていくんでしょうね。

そういう側面があるでしょうね。

>もちろん、モノクロにもまだ“色(彩度)”はあります。

ありますね。
水墨画の墨色はすべての色を含むといいますから。

>面白いのはenzianの被写体が変わったこと。
身近なものになりましたね。

街中、街の人間はこれまで撮らなかったのですが、
そういうものも撮ってみたくなると、
モノクロということもありだな、と思い始めるようになりました。
Commented at 2007-09-13 00:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-09-14 23:28
鍵コメ2さま

カラーに比較するとモノクロの方がいろいろな解釈を受け容れる余地がある
ということを言ってきたわけですが、
写真よりもなお解釈の余地のあるものが絵である、
モノクロの絵であれば解釈の余地はなおのこと多い、
ということなのですね。

しかも叔父さんの場合は、
自分の描いた絵でないといけない‥‥と。
そこには、叔父さんのどんな思いがあったのでしょうね。

絵を描くということ、
叔父さんにとって、それにはどういう意味があったのでしょう。
どのようなとき、叔父さんはこの絵でよい、と思ったのでしょうね。
その機は、絵の出来というより、
叔父さんの心の整理の問題だったのでしょうね。

なるほど、遺影にカラーが増えてきたことはとても興味深いですね。
遺影といえば昔は必ずモノクロと相場が決まっていたものですが、
う~ん、なるほど、カラーが増えてますね。
なぜかはわからないけど、いい論文が書けそうなテーマだ。^^

ぼくも、雨の写真が好きだったりするのです。
(やはりポイントが高い。^^)
Commented by enzian at 2007-09-14 23:48
鍵コメ1、3さん

消さないでくださいよ、ぶ~ぶ~

第三段落はすごい力作ですね。
かなり時間をかけて考えてくださったのだろうと思います。

これは鍵コメ1さんのオリジナルな考察なので、
ぼくはどうこう言うことはできず、
ありがとうございます、とお礼をば。^^

萩にございます。
萩の次期は短いですね。
もうすぐお彼岸です。
お彼岸になると、彼岸花が咲きますね。^^

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