痕跡

b0037269_11261889.jpg母方の二人の祖父の墓参りをする。一人目の祖父は、年端もいかぬ娘を残して逝った。大した病気でもなかったが、滋養をつける食べ物も、医者にかかるお金もなかったという。一人目の祖父の顔を母は知らなかった。

墓石を前にして、一度も会ったことのない人に話しかけようとするが、言葉が出てこない。いつものように、一言だけつぶやく。

祖父の小さな小さな墓石は、斜めに傾いている。周りを見れば、彼岸だというのに花のない墓も多い。「この墓をご存知の方は、○月○日までにご連絡ください」。ぼくが来なくなれば、いずれ祖父の墓も無縁墓になってしまう。小さな墓石は、小さな石になってしまう。

墓地に面した畦道には、今年も彼岸花が咲いている。その昔、飢饉に備えて彼岸花を植えた人たちがいたのだろうか。その彼岸花が何百年も変わらずにこの場所で命を残し続けてきたというのだろうか。しゃがみ込んで彼岸花の球根を探そうとしていたら、仔犬が不思議そうに見つめていた。



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記事とは関係ないけど、こちら(「十まんなか」の記事)に、公開期間限定のおもしろい絵本があります。

by enzian | 2007-10-06 11:59 | ※その他 | Trackback | Comments(24)

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Commented by gauche3 at 2007-10-06 17:17
福岡の父が亡くなった後もお墓の名義変更をしていなかったら、先日霊園から「名義変更手続きを行わないと使用規則にのっとり抹消します」という主旨の手紙が届きました。
慌てて父の除籍謄本やら自分の戸籍謄本やらを取り寄せて、ちょうど昨日必要書類が揃いました(^^ゞ

僕は子供の頃から転勤が多く、家や土地に対して自分ではあまり愛着が無いと思っていたのですが、昨年姉が実家を売却してしまった後に、なんだか「根無し草」になってしまったような感覚を覚えることがあります。
福岡の墓も東京に買って改葬するか否か、ときどき考えています。墓は実家と深く結びついていて、それは切り離したときには、いずれ消えてしまうものなのかも知れない、と思ったりもします。

> 小さな墓石は、小さな石になってしまう。
心に来ますね。ここ。
こんなことに拘りたくはない、と思う自分も居るのですが・・
仔犬の真っ直ぐなまなざしに、己を問われているようです。
Commented by kaori_yoshihara at 2007-10-06 18:33
なんだかenzianさんの写真からは色を感じますね。私には共感覚はないのですけど。たぶん、enzianさんが「あ、この色いいな」とか「このカタチいいな」と思ったものが、心に映ったまま、写真に撮れてるからじゃないかなぁ…なんて想像していました。

いつか、モノクロの写真もアップされてましたね。モノクロは、カラーとは違って、本当に「一瞬」を切り取ったっていう感じがしました。カラーの写真は余韻みたいな、その一瞬の前後のようなものを感じるのですけど、モノクロはハサミでパツンと切ったみたいな気がしました。

それにしてもワン君、いい顔してらっしゃる~^^
金網の水色と、ワン君のやわらかな茶色、首輪の黄色、
いい組み合わせ~♪

リンクしてくださってありがとうございます^^
お礼でもないけれど、キノコの写真でもどうぞご覧くださ~い。
http://kaoriy.exblog.jp/6258872/
(↑先日ぶどう狩りに行った帰り、産直にて。マムシやドジョウも。)
http://aikafelt.exblog.jp/7169222/
(↑フィンランドのキノコ。)
Commented at 2007-10-06 22:00
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by coeurdefleur at 2007-10-07 01:38
心の中を見通してしまうような目です。
こういうのがちょっと怖い
と思うのは、見透かされたくないよしなし事が
いっぱ~い詰まっているからかも。

やさしいイメージの彼岸花。
ちょび寂しそうに見えるのは、仏壇や墓のお守りの問題は
今後ますます増えていくことだろうと思うからか…
個人的には、
>小さな墓石は、小さな石になってしまう。
こういうのも悪くないなって思ってしまうのですが(自分のことならね^^;
Commented by ピカリ at 2007-10-07 05:09 x
墓というのは不思議です。
死んだら墓に入りたくない、どうでもいい、散骨して欲しい。
そんなことを思う自分がいる反面、
先祖の墓には欠かさず行き、
無縁の墓を見ては先祖の墓をそうはさせたくないと思い。
墓に入るとしたらコイツと入るのか?
墓に入るとしたらあの人と入りたい。
そんなことを思ってる自分がいる。
まったく矛盾です。
墓ってほんとうに不思議です。

Commented by enzian at 2007-10-07 10:40
猿夫さん

こんなコメントしにくい記事にコメントしていただき
感謝感激にございます(以下の方々、同)。(^^ヾ

>先日霊園から「名義変更手続きを行わないと使用規則にのっとり抹消します」という主旨の手紙が届きました。

それは恐怖の手紙です。
「抹消」という言葉に恐怖を覚えます。
猿夫さんの場合はそうしてご自宅に手紙が届いてことなきをえたわけですが、
住所をしばしば変更したりして、
そういう手紙が転居先不明になってしまった方々の墓は、
やはり抹消されてしまうのでしょうね。
そんなことを心配してしまいました。

>なんだか「根無し草」になってしまったような感覚を覚えることがあります。

「根無し草」も怖いです。
枝が何本あって、どちらの方向へ向いてもかまわない気がしますが、
何本とか、どちら方向とかいうことが言えるのは、
基礎となる一つのものがあるからでしょうか。
Commented by enzian at 2007-10-07 10:45
猿夫さん、続き。

>墓は実家と深く結びついていて、それは切り離したときには、いずれ消えてしまうものなのかも知れない、と思ったりもします。

なるほど。
その通りですね。
が、この思いをうまく表現することはできません。(^^ヾ

>こんなことに拘りたくはない、と思う自分も居るのですが・・
仔犬の真っ直ぐなまなざしに、己を問われているようです。

同感。^^
Commented by enzian at 2007-10-07 10:56
かおりさん

>なんだかenzianさんの写真からは色を感じますね。私には共感覚はないのですけど。たぶん、enzianさんが「あ、この色いいな」とか「このカタチいいな」と思ったものが、心に映ったまま、写真に撮れてるからじゃないかなぁ…なんて想像していました。

なるほど、そうだったのか‥‥
φ(._.)メモメモ(自分でもわかっていなかったらしい。^^)

>いつか、モノクロの写真もアップされてましたね。モノクロは、カラーとは違って、本当に「一瞬」を切り取ったっていう感じがしました。カラーの写真は余韻みたいな、その一瞬の前後のようなものを感じるのですけど、モノクロはハサミでパツンと切ったみたいな気がしました。

あぁなるほど。
言われてみるとそうかもしれません。
あのモノクロ写真を撮ったときは、
街中の刹那を撮ってみたいという気があったような気がします。
それに対して、この写真は、余韻、考える時間を求めて
撮ったような気がしますから。
(ついに写真家のようなことを言い出したぞ。(^^ヾ
Commented by enzian at 2007-10-07 11:00
かおりさん、続き。

>それにしてもワン君、いい顔してらっしゃる~^^
金網の水色と、ワン君のやわらかな茶色、首輪の黄色、
いい組み合わせ~♪

今度会ったら、ワン君に、
かおりさんがほめていた、と伝えておきます。^^

>リンク

どういたしまして。
この記事を最後まで読める方なら、
興味をもって読んでくださると思いますよ。^^
フィンランドのキノコ、楽しんできました♪

Commented by enzian at 2007-10-07 11:40
鍵コメさん

こんにちは。
えぇ、ほっとしてます。^^

自分のライフスタイルのかたちとして、
散骨を含めて、いろいろなかたちでの葬送が認められる(黙認される)ように
なってきているようですね。
海に撒くいたり、空中に撒いたり‥‥
そういうのが認められるのは、好ましいことだと思います。

ぼく自身は、どうするかな‥‥
ぼく自身はいまはどういうことでもいいですが、
死ぬ間際に、取り巻きがどうなっているか、で決定するでしょう。
墓がないといけない、という意識の人が取り巻きにいれば、
それにしたがいます。

ぼくの親はどう考えていたかは聞きませんでしたが、
祖母(父方)は、ぼくになにも頼まない(で、愛情のみ注ぐ)人でしたが、
唯一、死んだら祖父の墓参りにだけは来て欲しい、
と言っていた人でしたから、それにしたがいます。
そういう意味で、墓を守らなければならないですし、
そうできることは、ぼくの喜びでもあります。
(といっても、家を出てしまったんですけどね。汗)
Commented by enzian at 2007-10-07 11:51
柊さん

>心の中を見通してしまうような目です。
こういうのがちょっと怖い
と思うのは、見透かされたくないよしなし事が
いっぱ~い詰まっているからかも。

そうですね。
ぼくもそう思ったわけですが、
それは見透かされたくないものをこちらが抱えているからなのでしょうね。
仔犬の方としては、なにも言ってないのに、
好き勝手に解釈されて迷惑なことでしょう。^^

>ちょび寂しそうに見えるのは、仏壇や墓のお守りの問題は
今後ますます増えていくことだろうと思うからか…
個人的には、
>小さな墓石は、小さな石になってしまう。
こういうのも悪くないなって思ってしまうのですが(自分のことならね^^;

そうですね。
墓は自分のためのようであって、自分だけのものではない、
そこが問題なんですね。

>やさしいイメージの彼岸花

この記事を書いた後、やちさんのところへ行って、
こんな写真、貼るんじゃなかった、
と後悔しました。(><)
Commented by enzian at 2007-10-07 11:59
ピカリさん

そうですね、ばっちり同感です。

墓って、その人の欲求(欲望、願い)を反映しているものなのかもしれませんね。
人の欲求は一方向的ではなく、
あっちゃこっちゃいろんな方向を向いていて、複雑で、
互いに矛盾していたりしますから。
(ぼくだけか?^^)

墓は、そういう自分の心の不思議さを映し出しているのでしょう。

で、次は、なぜ墓は人の心を反映するのか?
が課題になるでしょうか?^^
Commented by 米国系鼠 at 2007-10-08 09:36 x
墓守りのプレッシャーありますねぇ。

代々、土地や人や共同体を守ることにもつながる、重い役目どす。
墓は死者からのメッセージの象徴や証でもあるし、
墓の存在感が、残された者をその土地に張り付け、
踏み止まらせる機能もあるのでしょう。
それが、しがらみでもありますし、
守りや保証にもなります。

昔ながらの土地や人に、こだわることをそれほど重要と認識しなくても、
咎められることのない昨今ですねぇ。
墓の力と言うか呪縛が薄れている原因・・・
気になりすねぇ。
Commented by enzian at 2007-10-09 00:12
米国系鼠さん

プレッシャーありますね。
重い役目です。

>墓の存在感が、残された者をその土地に張り付け、
踏み止まらせる機能もあるのでしょう。
それが、しがらみでもありますし、
守りや保証にもなります。

なるほど、なるほど。

>昔ながらの土地や人に、こだわることをそれほど重要と認識しなくても、
咎められることのない昨今ですねぇ。
墓の力と言うか呪縛が薄れている原因・・・
気になりすねぇ。

どうしてでしょうか。
いろんな原因がありそうですが、
じっくり考えてみたい理由です。
Commented by 座敷童 at 2007-10-09 00:31 x
座敷童の前の前ぐらいの人達は、みんな土葬か海葬だったらしいので
「墓は高い買い物」。
買ったは良いけど「狭い」とか、「隣のブロックの人がイヤ」とか・・・
ラスト・ハカモリ激怒です。
過去帳につけてそこら辺ににばらまくぞ。と脅しているのですが、
定点があることで、血脈の本流を感じさせるのでしょうね。
とりあえず、「借りたものは返す」のが後々楽なのです。
根無し草も良いですが、エアープランつってのも良いですよ。
Commented by enzian at 2007-10-09 20:45
座敷童さん

海藻じゃなくて、海葬なのね。
聞いたことがなかったけど、海沿いにはそういうのがあったのかな。

まぁ文句を言うのは生きているうちだけですから、
ふんふん、と聞いてあげてください。(^^ヾ

Commented at 2007-10-09 23:07 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by yachi at 2007-10-10 00:33 x
>この記事を書いた後、やちさんのところへ行って、
>こんな写真、貼るんじゃなかった、
>と後悔しました。(><)

もぉ~、enzianさんてばー^^
enzianさんの写真 私 好きですよ。
撮ってらっしゃる時の気持ちが伝わってくるような
いい写真、撮ってらっしゃるじゃないですか!
今回も 「うぉー、いいなー」って思った写真があるけど、
悔しいから教えないもんねー(笑)

お墓参り、親任せでここ何年も行ってませんでした。
行かなくちゃいけませんね^^; 
Commented by enzian at 2007-10-11 00:48
鍵コメさん

なるほど~そういうのがあるのですね、
勉強になった。
選択肢には入れないけどね。^^
Commented by enzian at 2007-10-11 00:52
やちさん

>enzianさんの写真 私 好きですよ。
撮ってらっしゃる時の気持ちが伝わってくるような
いい写真、撮ってらっしゃるじゃないですか!

もぉ~やちさんてば~(^^ヾ
ともかく、ありがとうございます。

このところカメラをいじくりだして、
ようやく、やちさんの写真の本当のよさがちょっとだけ
わかるようになってきたような気がします。

お墓参り、行ってくださいね。
自分で行くのが大事どす。^^
Commented at 2007-10-11 23:59
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2007-10-13 23:10
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-10-13 23:18
鍵コメ2さん

(誤字発見により、書き直しました。あぁ)

白状ちまちゅ。^^
あれを書いたのは、ちょっと人間関係で思うところがあったからです。
たくさんの人と会う仕事なのですが、
ぼくが会う人のなかにはほぼ100%ウソを生きているのではないか、
と思わせる人がいます。

人との関係のなかではかなりのウソをつかないと生きていけない、
というのはわかっているつもりなのですが、
そういう人は、けっきょく過剰に、何重ものウソをつくことによって
自分で自分を窮地に追い込んでいます。

そういうのを見ていて、もう少しウソを減らせばいいのに‥‥
とよく思うわけですが、ひるがえって考えれば、
まぁぼくも相当ウソをついていますので、
少しぐらい減らそうかな~、とそういうわけです。

ありがとうございます。
きゅうきゅうはイヤですよね。
ほどほどにウソをつきながら、
のびのび生きていければいいと思います、わはは。^^
Commented by enzian at 2007-10-13 23:23
鍵コメ3さん

こんばんは。
そうだったのですか。
それらしい記事は拝見していました。

ウソをつかないといけないとき、あるものだと思います。
断れず、情をとらないといけないときがあるのだと思います。
(偉そうに言ってしまいました。(^^ヾ)

もうちょっと、がんばってください、お~!^^

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