新世界より

b0037269_18551519.jpg神戸、三宮の後藤書店が1月14日で閉店するという。かつて通いつめた古書店だ。後藤書店のことを考えていたら、忘れかけていたことをあれこれ思い出した。



(1)
ぼくに古書の、古書店の楽しみを教えてくれたのは大学院の後輩のMだった。Mはぼくより年長だったから、ぼくは「Mさん」と呼んでいた。その大学院の生え抜きだったMは、右も左もわからない外様(とざま。他大学や他大学院から来た者をそう呼ぶ)であったぼくにいろいろなことを教えてくれた。助手のような仕事をしていたぼくとMは、仕事を終えて、いつもいっしょに帰った。議論しながら歩き、議論しながら電車に揺られた。

ミッション系に学んだMはキリスト教系思想に強く、仏教についても十分な知識をもっていた。幼いころから仏典を読んでいたぼくは仏教思想に親しみをもっており、ようやくキリスト教についても学びはじめていた。一人はキリスト教に、一人は仏教に傾きつつ、ともに哲学をベースとしていた。Mの知識量は圧倒的だった。中央公論社の浩瀚(こうかん)な「世界の名著」シリーズを読破したと語っていたが、うそとも思えなかった。とはいえ、Mの本当のすごみは、記憶量の豊富さにあったのではない。むしろ、記憶と記憶、記憶とまったく新しい事実を照らし合わせて判断をくだす、その速さと、その多角度さにこそ、Mのすごみはあった。

議論の途中、少しでも油断をすれば刺される。論理の破綻は許されなかった。曖昧な言葉は叱責された。圧倒的な知識量にして、なおMはどこまでも真剣なのだ。その突っ込みの鋭どさに、 “対話” とはどのようなものであるか、を身をもって覚えさせられた。対話に集中する二人は、電車が終点に着き、折り返しをはじめても気づかなかった。

(2)
Mはたくさんの古書店を案内してくれた。なかでも後藤書店は衝撃だった。仏教とキリスト教関係の書、哲学書。マニアックなわれらがテリトリーの品揃えに抜きんでていた。これはまさしくわれらがための古書店、われらに会うべくしてここに存在した書店ではあるまいか‥‥一瞬にして恋に落ち、それからぼくは足繁く後藤に通った。

後藤の2Fには哲学の専門書が積み上げられており、専門書の山で隠れた棚にはMが貴重な古代哲学の研究書を “キープ” していた。Adam のThe Republic of Plato をしげしげと眺めたのはこの棚だった。Paton のKant's Metaphysic of Experience の美本をMが見つけてくれたのも、後藤の2Fだった。今もぼくの書斎の特等席にはPatonが鎮座ましましている。手に取って嗅げば、えもいわれぬ古書の香りがして、たちまち記憶を呼び覚ます。

あるとき、後藤の親父はレジで言ったものだ。「あんたみないな若いころに哲学書を読んどくのは、ええことや」。そんな甘言も商売のひとつだと言われれば身もふたもないが、そうではないような気がした。いや、そう思いたかった。高校や大学の友人たちがそこそこ稼ぎはじめ、役職に就きはじめたそのころ、ぼくはまだ学費を払っていたのだ。人生そのものを捨ててしまったのかもしれない、と思っていたころでもあった。

(3)
夜半、すでにシャッターの降りた後藤を一度だけ見たことがある。仲がよかった他の研究室の友人たち数人と遅くまで三宮で飲んだ後、海で潮風に当たろうと港へ向かったときだ。Mはもういなかった。後藤が面する通りはいつもとちがって閑散としていたが、ぼくらは気にとめることもなく、ほろ酔い加減で神戸港へ向かった。

薄暗い神戸港にはところどころベンチが置いてあって、カップルが座っているらしかった。ぼくらはなにを言うでもなく、暗い岸壁で潮風に吹かれて立っていた。海の香りがした。ポートタワーが遠くに見えて、どこからか船の音が聞こえた。灯台の光に友人たちのシルエットが浮かび上がっていた。それは、山里で育ったぼくには想像もできなかった光景だった。(了)


(ご挨拶)
ブログの禁を破り、英語を使ってしまいました。約束違反ですね。めったにないことですので、お許しください。

今年もブログに遊びに来ていただき、ありがとうございました。今年も新しい何人かのブロガーさんと知り合えたことは、とても幸せなことでした。このような場を提供してくださっているエキサイトブログ関係者の方々にも、御礼申し上げます。

しかし今年書いた記事は、わずかに61。みなさんのところにもほとんど行きませんでした(毎年同じことを書いている気がする)。かつて毎日記事を書いていたことがあったことを思えば、Web生活は完全に失速した感があります。記事を書けないのは仕方ないことなのですが、せっかくいただいたコメントにすぐにレスできないのは、とても心苦しく、残念なことでした。ブログの醍醐味はコメントのやりとりにあるのですから。返事ができないなら、はじめからコメント欄はつけない方がよいのかもしれませんね。

来年は、一つやろうと思っていることがあります。以前、5章からなる記事を書いたことがあるのですが、その2章から4章の隙間を埋める文章を書いてみたい、という思いがあるのです。それはこれまでも断片的にはやってきたことなのですが、再編集なども加えながら、秩序立ててやってみたいのです。きわめて個人的な昔話を延々続けることになるでしょうから、これはとても自己満足的な試みです。このブログの趣旨からも外れるでしょう。

そんなこんなですが、来年もよろしくお願いいたします。

by enzian | 2007-12-28 15:40 | ※その他 | Trackback | Comments(40)

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Commented by yuta at 2007-12-29 00:36 x
enzianさん,こんばんわ。
過去から現在まで変わらずにそこにあった場所によって,過去の記憶が現在にぐいっと引き寄せられる,ということなのでしょうか。その現在に引き寄せられた過去の時間が,こんどは,現在の<私>と対話を始める・・・。そういう対話のあり方というのもありなのかなと,思いながら拝見させていただきました。身近にある,あるいはあった,場所とかモノとかって,命のあるものではないのでしょうが,共有した時間によって,その人にとってはかけがえのない命のようなものが吹き込まれた場所とかモノになるんでしょうか・・ねぇ~。
Commented by enzian at 2007-12-29 10:34
yutaさん

おはようございます。

>過去から現在まで変わらずにそこにあった場所によって,
過去の記憶が現在にぐいっと引き寄せられる,ということなのでしょうか。

ぐいっと引き寄せるのだと思います。
そして、そういう「ぐいっ」の力には大小があるのかもしれません。

>その現在に引き寄せられた過去の時間が,こんどは,
現在の<私>と対話を始める・・・。そういう対話のあり方というのもありなのかなと,

ぼくにとっては、あり、です。前に進むためにも。
そういうやりかたがけっこう好きなのです。
だから、「ぐいっ」の力の強いものを
ほどほどに身の回りに置いているような気がします。
Commented by enzian at 2007-12-29 10:35
yutaさん、続き

>身近にある,あるいはあった,場所とかモノとかって,
命のあるものではないのでしょうが,共有した時間によって,
その人にとってはかけがえのない命のようなものが吹き込まれた
場所とかモノになるんでしょうか‥

なるんでしょうね。^^
それは命なんでしょうね。
われわれが吹き込んだ命。

命あるものは、すでに物であってたんなる物ではない。
そう簡単には捨てられなくなりますね。
(池上せんせがこんなの好きです。^^)

命のあるものが、ぐいっの力の強いものなのかもしれません。
あるいは、ぐいっの力の強いものを、
命が吹き込まれたもの、と呼ぶのかな。^^
Commented by yuta at 2007-12-29 13:24 x
enzianさん,つい先日なのですが,何気なくテレビを見ていたら,私にとっては幼いころ大半をそこで過ごしたといっても大袈裟ではない場所が,まったくの更地にされているのを偶然に見てしまったのです。町中にあったたった一つの総合病院だったのですが,そこの剣道場に本当に幼いころから通っていたのです。見た瞬間に,ものすごい衝撃でした。自分でも予想できないぐらいの衝撃。私にとって,その場所は,その時代に一緒に過ごした懐かしい人たちがいまだに生きてそこにいる-あのころの私,あのころの仲間,先生に会える場所だったのだということが,今更ながらに実感された瞬間でした。
 更地となった場所を見て,改めて,忘れないでおこう!と強く思ったのを思い出しました。その場所には,その場所で生きていた人の思いや意志が生きている。その場所に剣道場を開いた人の想いを,私が生きている間は決して忘れないでおこうと本気で思った瞬間でした。命あるものは,確かにぐっい!の力は強いですね。そんなふうなものをこころにたくさん残しておくことも,人間が生きるための強い力になるんだなと今思いました。
Commented by non at 2007-12-29 13:31 x
enzianさん はじめまして~
玉虫さんのブログから やってきました。
どうぞよろしくお願いします。(^▽^)V

神戸で生まれ育ち 今は阪神間に住んでます。
後藤書店 センター街の入り口付近の古本屋さんですね~
専門書コーナーは覗いたことがないですが
文庫本は購入したことがあります。
たしか あの辺りに2軒古本屋さんがあったと記憶しているのですが~

私の住む街の古本屋さんも 今年閉店してしまいました。
書店と図書館と古本屋さんめぐりが 大好きなのですが
寂しくなりました。

それでは また~
Commented by enzian at 2007-12-29 15:14
nonさん

はじめまして。enzianです。
ぼくのアホなコメントをお読みになったのですね。(^^ヾ

nonさんのHPを少し拝見しました。
いろんなジャンルでたくさん書いておられるのですね。

>後藤書店 センター街の入り口付近の古本屋さんですね~
たしか あの辺りに2軒古本屋さんがあったと記憶しているのですが~

そうです、センター街です。
他にも古本屋さんがありましたね。

ぼくの文章は正直明るくなく(このごろ、特に明るい文章を書かない)、
しかも考えすぎ遊びをしているきらいがある(汗)ので、
nonさんのお気に召すかどうかわかりませんが、
よろしくお願いします♪
Commented by enzian at 2007-12-29 15:20
yutaさん

「更地」という言葉にすごく淋しい感じがしました。
ぼくは建物と建物のあいだに更地ができているのを見ると、
なぜか淋しい気持ちになるのです。

>見た瞬間に,ものすごい衝撃でした。

建物がなくなった時点で今の自分が消え去るわけではないのに、
われわれはどうしてそういう気持ちを抱くのでしょうね。

今の自分と、そのときの自分や友だちや先生の記憶は、
やはりどこかでつながっているのでしょうね。
だから、そういう記憶を思い出す縁(よすが)を
大切にしたい、と知らず知らずのうちに思うのでしょうか。

更地は、街から命がもぎ取られた光景なのかもしれませんね。
でもありがたいことに、無くなった建物のイメージを、
われわれはこころのなかに残すことができるのですね。
こころのなかに命を宿すことができる。

>そんなふうなものをこころにたくさん残しておくことも,
人間が生きるための強い力になるんだなと今思いました。

これからを生きていくための力になる。
ぼくはそんな風に思っています。
Commented by hiruu at 2007-12-30 23:50
今年一年ありがとうございました。
私もネットから遠ざかりぎみですが、ぼちぼちでも続けていこうと思っています。
後藤書店、淋しいですね。あの三宮の一等地にありながらホコリっぽいベージュ色がいつもそこにあったなと、そんな印象の店構えでした。
私も1冊買った記憶がありますが、2階には上がったことなかったな。閉店までに一度行っておきたいと思います。安売りしてないかな。
ではでは来年もよろしくお願いいたします。
Commented by enzian at 2007-12-31 00:16
ひるさん

ひるさんはそちらにお住まいなので、後藤書店をご存知なんですね。
三宮の一等地でしたね。

>私も1冊買った記憶がありますが、2階には上がったことなかったな。
閉店までに一度行っておきたいと思います。安売りしてないかな。

ぼくもしばらく行っていないのです。
だから、いまはどうなっているのかよくわからないのです。
閉店までにもう一度行ってみたいと思っています。
閉店まで、「閉店セール」をしているようですよ。

こちらこそ、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
Commented at 2007-12-31 01:36
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by どんぐりコロコロ at 2007-12-31 01:41 x
神戸の街は洗練されていて、関西に住み始めた頃は一時期、・・よりもぞっこんでした。
震災という出来事が間に入り、様々な形の喪失が作用し、前と後が生まれ、
途切れが出来たように感じています。
関わった期間の短さとは異なり、震災前に過ごした時間の記憶は、
途切れで更に濃密となり、足が遠のく程に、帯のように存在しています。
長く続くようにおもえますが、端と端があることで
するすると解けたり、美しく結びなおす事ができるのです。
哀しくてせつないのは、その形を成した最初の跡が、微かに残り
そこにあわせ忠実に再び結びなおそうとするのですが、
何度繰り返してもその跡に添わず、今・この手を感じてしまう事となるのです。
それで良い・・と思えた頃、結んだ帯の形に懐かしいという感情が持てました。
・・記憶の更地についてあれこれ考えたり・・・・。
Commented by どんぐりコロコロ at 2007-12-31 01:42 x
続きです

後藤書店も宇宙でした。閉店するのですか・・。
蔵書印を持つ事に、憧れた時期がありましたけれど
本に恋をしてる頃って、今よりも脳が若かったからでしょうか。
本気で本さえあれば幸せでした。
それから本は、言葉を交わす道を作ってくれました。
一冊の本を介して、お互いを知ろうとした記憶があります。

古書というのは、旅人の顔を持っていますね。
高価なものでなくとも、青空市なんかで出会う文庫でさえ
虫食いながら、厚みがある気がします。
その中に隠れた、小さな印(ダラダラ棒線とかじゃなくて)
を発見した時、蔵書印を発見した時、
港、港の顔を覗いたような気持ちになりました。
Commented by enzian at 2007-12-31 08:55
鍵コメさん

ありがとうございます。
じゃ、がんばって書くなり!^^

その言葉は、ぼくは自分自身にも言っていたのだと思います。^^
そのうち、緑で書いたような記事をぼくが書くことを予測していて、
きっと自分にも言っていたのだと思います。

>おもちゃのマーチ

笑。
スッキリしますか?
それが今回のスキンの狙いなのです。
年末ってごちゃごちゃするでしょ?
テレビも番組とかもそう、やたらどんちゃんする。
だから、静かに内省する時間が欲しいなぁと思って。

ぼくが年末に必ず思い出記事を書くのは、
そういう意味があるのですよ。^^

この先は、そちらの記事を拝見して、
そちらに書きますね。
Commented by enzian at 2007-12-31 09:01
どんぐりコロコロさん

まず、どこから書こうかな。^^
そう、「どんぐりコロコロ」から。
ぼくは今年、何度も何度もどんぐりについて書こうと思っていたのです。
その言葉のひびき、愛らしさ‥‥
でも、書けないで終わってしまった。
いつか書きます。

>神戸の街は洗練されていて、関西に住み始めた頃は一時期、
・・よりもぞっこんでした。

わかります。
神戸は、関西の他の地域とは一線を画している気がしましたね。
おしゃれで、ツンとしたイメージがありました。

>震災という出来事が間に入り、様々な形の喪失が作用し、前と後が生まれ、
途切れが出来たように感じています。

ぼくもそう思います。
前と後が生まれ、途切れができたように思います。
Commented by enzian at 2007-12-31 09:09
どんぐりコロコロさん、続き

震災では、失うものがありました。
有能な人を亡くしました。
震災後、電車から見た、更地だらけの神戸周辺の景色には愕然としました。

途切れて端と端ができることで、
またなにか違った意味をもってくるのでしょうね。

>蔵書印を持つ事に、憧れた時期がありました

ありました。

>本に恋をしてる頃って、今よりも脳が若かったからでしょうか。
本気で本さえあれば幸せでした。

それなら、ぼくの脳は今も若いですよ。^^
でも、以前のように関西一円を回って、
やっと一冊の本を見つけたときのときめき、
というのはなくなりましたね。
ネットですぐ探せてしまうから。(^^ヾ
Commented by enzian at 2007-12-31 09:15
どんぐりコロコロさん、さらに続き

>古書というのは、旅人の顔を持っていますね。
高価なものでなくとも、青空市なんかで出会う文庫でさえ
虫食いながら、厚みがある気がします。

ありますね。
古書の楽しみについては、
この記事では書くことができませんでした。
最初書こうと思っていたのですが‥‥

>その中に隠れた、小さな印(ダラダラ棒線とかじゃなくて)
を発見した時、蔵書印を発見した時、
港、港の顔を覗いたような気持ちになりました。

自分の知らない人がいて、
自分の知らない人が営んでいる世界がたしかにある、という思いでしょうか。
それは、なにやらぼくらを勇気づけてくれるようにぼくは思います。
Commented at 2007-12-31 18:34
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2007-12-31 20:30
鍵コメ2さま

おはようございます(かな?)。
その僻地ってどんなところなのでしょうね。
もちろん地名は聞いたことがあるのですが、まったく想像もつかないところです。
その本のタイトルは知っています。
印象的ですものね。

ぜんぜん関係ないけど、
ぼくは中勘助の『銀の匙』が好きです。
とてもとても繊細な少年の心を描写したものです。^^

おしゃべりになってください。
黙ってしまわれては困ります。^^
鍵コメさんからはたくさんメールをいただいたのですが、
メールっていただくとうれしいですよね。
またコメントとは違う感じで。
ありがとうございました。

この先は、そちらで書きます。
(記事を書かれるのを待っているのですが。。。^^;)
Commented by mintogreen at 2007-12-31 21:02
enzianさんのブログでは、いろいろな事を考えさせて頂きました。
ありがとうございます。
難しくてコメントできないこともありましたが、いつも楽しみに拝見させて頂きました。

enzianさん、来年はお猿さんとキャッチボールができますように。^^でへへ。
来年もどうぞよろしくおねがいします。
Commented by enzian at 2007-12-31 21:51
mintogreenさん

>難しくてコメントできないこともありましたが

あぁまた初心を忘れていたようです。
気をつけます。

そう言えば、猿とのキャッチボールでは
ぼくが暴投したのだった‥‥
猿とのキャッチボールの夢は、
もっとわかりやすく文章を書け、ということなのだと思っておきます。
(mintogreenさんがお猿さんだと言っているわけではございません。(^^ヾ)

そうそう。
mintogreenさんは伝えたいことが二つあったのです。

一つは、恒ばあを拝見した、ということ。^^
良い番組でした。
途中からだったのですけど、
八丈島の風景も見られてよかったです。

もう一つは、
オバビロの刺身のこと。
あれは和名ではイスズミというのですが、
ほとんど食べることがありません。

ただ、どこかの地域で特に冬期に食べる、
というのをうろ覚えで覚えていたのです。
はっ!としました。
八丈島だったのですね。

今年は本当にありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
Commented by tama_ma_ma at 2007-12-31 22:12
ご挨拶を含むとありましたので
ぽちっとしましたら
「記事」がありまして・・・
で、またまた深く立ち止まってしまったのです。
大晦日の夜それは冷たい水のように
気持ちよく心の中に染みとおりました。

ことしの秋enzianさんという大きな山?に
であったことが嬉しくてただただ感謝です。
山は大きく聳えていて
何処から踏み出してよいのやらと情けない私ですが
登山は無理でも麓をお散歩などして、
心地よい風や水の音にわくわくさせていただけたらなぁと思う次第です。
で、私なりの花を見つけられたらラッキー♪って!

どうぞ来年も宜しくお願いいたします。
ありがとうございました。
Commented by enzian at 2007-12-31 22:59
玉虫さん

>「記事」

完全にマニアックな趣味に奔った記事でして、
冷や汗が出ます。

>山

あんな筆の立つ方が、
そんな大げさなこと、おっしゃらないでください。

そういうことを抜きにして、
いくつもの読み方をゆるすような文章を書いてみたいなぁ
と思っています。

こちらこそ、今年はありがとうございました。
‥‥この先は、そちらで書かせていただきます。


Commented at 2008-01-03 12:08
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-01-04 00:16
鍵コメ3さん

明けましておめでとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします。

そんなことがあったのですか。
先生という立場からすれば、生徒に他の先生の悪口を
言うのはタブーですよね。
でも、先生も人間です。
そう言わずにはおれないなにかがたしかにあったのでしょう。
そういう気持ちも、わかる気がしますね。

>一目につかないようにこっそりと。

わかります。^^
Commented at 2008-01-05 17:09
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by kozou_17 at 2008-01-05 18:09
遅ればせながら謹賀新年でございます。
なかなかコメントを残していませんでしたが、読ませていただいていました。今年も楽しみにしています。
Commented by enzian at 2008-01-06 00:33
鍵コメ4さん

おめでとうございます。
ほんとうにごぶさたですね。

この間にいろいろあったのですね。
『別冊花とゆめ』、拝見しました。
思えば、知り合うきっかけが、これだったですよね。^^

今年もよろしくお願いいたします。
Commented by enzian at 2008-01-06 00:34
kozou_17さん

謹賀新年でございます。

ご無沙汰しておりますが、^^;
今年もよろしくお願いいたします。
Commented by 座敷童 at 2008-01-06 01:54 x
明けましておめでとうございます。
今年もたまに、深夜間に徘徊しては足跡を残していくかと思いますので、
悪い童の夜遊び空間、よろしくお願いいたします。

舌鋒とか言葉の真剣さとか、私の周りではまず無い交流方法です。羨ましいです。
私のいる分野で、古書捜索は珍行動と言っていいでしょう。
最前線の人間ほど、書籍を読まずに感覚的になっているので、
そこから立て直さなければなりませんが・・・(遠い目)。
学生の頃の思い出・社会的にやばくない?て冷静になるとき。それを取り込んで、
ぽこんと小さな哲学がこぼれだしたってところが、
よかった、ですね。
Commented by enzian at 2008-01-06 22:34
座敷童さま

今年も深夜徘徊してください。
来なくなると、すたれてしまいますのじゃ、ここ。

>私のいる分野で、古書捜索は珍行動と言っていいでしょう。
最前線の人間ほど、書籍を読まずに感覚的になっているので、
そこから立て直さなければなりませんが・・・(遠い目)。

まあまあ。
いろんな分野がありまっさかい。

>よかった、ですね。

よかった、よかった。
今年もよろしゅう。
Commented by えほんうるふ at 2008-01-21 11:13 x
enzianさん、こんにちは。
半年ぶり?いやもっとかな。ご無沙汰でした。
久々にお邪魔して、直近でコメント付けられるのはここらしいので、ごあいさつまで・・。

Mさんとのエピソードを読んで、ちょっと体温があがりました。
誰かと語り合ううちに電車が終点に着き、折り返しをはじめても気づかない、そんな時間を過ごせるコトってすごく幸せですよね。
ふっと一人になったとき、長距離を走ったあとのように、気持ちの良いめまいがするんですよ。人間として備わった機能を今日は全うできたな、という充足感。
下手に長生きするよりも、少しでもそんな瞬間を多く味わえる人生を送りたいと思います。

ところで、去年書いた記事が61?素晴らしいじゃないですか!
私なんてたったの3ですよ、3。もはやブログが存続していることすら奇跡的。
それでも更新を待っててくれた読者がいたりして、ありがたいというより申し訳なく思う始末。
他のところにも中々行けなくて・・だってほら、こうやってenzianさんのところにお邪魔しただけで既に1時間以上PC前に座ってるし。
もっとこう、作業効率の良いアタマになりたいですわ。
ともあれ、今年もよろしくです。
Commented by enzian at 2008-01-23 21:32
えほんうるふさん

ずいぶんご無沙汰してます。^^;

>ふっと一人になったとき、長距離を走ったあとのように、気持ちの良いめまいがするんですよ。人間として備わった機能を今日は全うできたな、という充足感。

おもしろい表現ですね。
たしかに、そういう充足感があります。
きっといつまでも忘れないような充足感です。
そういう経験を、なんども人生で感じてみたいですよね。
贅沢で、幸せな時間をすごせたと思います。

>私なんてたったの3ですよ、3。もはやブログが存続していることすら奇跡的。


そんなにお忙しいのですか?
えほんうるふさんて、記事ひとつひとつがあまりの力作なので、
簡単に書けないんじゃないですか?^^
ぼくの場合は駄作でさえも年々書けなくなっていくというていたらく。

とてもあれ、今年もよろしくお願いします。
Commented by 毒きのこ at 2008-01-27 17:45 x
>今年は、ノートの切れ端を拾えるような人になろう。

新年の誓いは続いてますかぁ?(^0^)/

ちなみに私は、[攻めの一年で行こう!]・・です。(^_^メ)キラーン
だから今は北極ぐまのよーに冬眠してるのだぁ☆
そ、そうですよ。何もしていないわけではありりゃません。(-.-;)
「なにもしないでいるようにしている」←enzianさん記事から引用
・・だけなのです!


って新春から気合いだけ立派の現実ぐーたら人間でごわす(><)
Commented by enzian at 2008-01-27 20:28
毒きのこさん

>新年の誓いは続いてますかぁ?(^0^)/

わぁもう忘れてた!(^0^)/

>ちなみに私は、[攻めの一年で行こう!]・・です。(^_^メ)キラーン

≡ヘ(;゜Д゜)ノヒイイイイ(逃走しました。)
(今年もよろしく、です。^^)
Commented at 2008-01-27 22:19
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-01-27 22:48
珍しい鍵コメさん^^

いえいえ、コメントありがとうございます。
年は明けたのですが、コメント欄が明けられませんで‥‥^^;

えぇ、コリラ、あなどりがたし、なのです。
写真ではわかりませんが、
手触りと適度の重量感がまた、たまりません。

ありがとうございます。
一等賞はまことに魅力的ですが、
大切にご自宅にお取り置きください。
いつか、その良さが見直されることがあるかと思います。^^
Commented at 2008-01-28 23:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-01-29 21:59
鍵コメ5さん

こんばんは。
記事、拝見しました。
あれで、お昼‥‥いいですね。^^

ありがとうございます。
いいものをもらったと思っています。
ふかふかなんで、冬はいいですよ。^^

今年もよろしくお願いいたします。
Commented by せろり at 2008-02-09 00:18 x
人間の味とは不完全性から成るものなのか・・・?

ぼ~っと歯磨きをしていたら突然湧いてきまして・・・・・・・
全然関係のないことです。すみません・・・。

ご挨拶遅くなりました。はじめまして!初コメント(かなり勝手な・・・ごめんなさい。)させていただきました♪これからもお邪魔させていただきます♪♪


Commented by enzian at 2008-02-09 15:01
せろりさん

はじめまして。enzianです。

>人間の味とは不完全性から成るものなのか・・・?

かもしれませんね。
「味」ですか‥‥だじゃれではありませんが、味わいの深い言葉ですね。
じゃ、ぼくは少し付け足して、こう言ってもよいでしょうか。

人間の味は、不完全性を自覚していることから成る‥‥のかもしれない。

これから、よろしくです♪

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