子どもが水辺で遊ぶのを止めることはできない。

水辺で事故が起きて、ニュースが現場を映し出す。またか‥‥。池はすり鉢状のなめらかなコンクリート張りになっており、何かのひょうしで池辺で滑れば、一気に水面まで落ち込むような構造になっている。滑り落ちれば、どこにもつかまるものはない。大人であっても、はい上がるのはむずかしいだろう。子どもを助けようとした大人が亡くなるというニュースも多い。

こういうとき、なぜ池(や川辺)がすり鉢状になっているのだろうと思う。もともと水辺には危険がつきものだが、つるつるのコンクリートを張ってその危険を高めているのは人間なのだ。ともあれ、こういう事故を起こしてはならないと、どの池でもフェンスが張られるようになってきているが、子どもがそうしたフェンスを乗り越えて、かいくぐって事故が起こることもある。水の冷ややかな感触、水辺にいる生き物たち‥‥それを求めるなと言っても、好奇心旺盛な子どもには土台、無理な話なのだ。

池の近くで遊ぶな、フェンスを乗り越えるなと言われても、子どもは水辺で遊ぶ生き物なのだ。いまどき、水辺でどんどん遊びなさい、とはとても言えないだろう。だったら、せめて、すり鉢状の池→危ないからフェンスを張る、から、どうしても子どもは水辺で遊ぶもの→フェンスを張る+落ちてもはい上がれるように池に段差をつけ、つかまるところがあるようにする(要は、落ちても決して溺れられないようにする)、という風に考え方を転換できないだろうか。

by enzian | 2008-04-20 21:49 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(0)

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