カウンセラーみたいですね

人とだべっていると、カウンセラーみたいですね、と言われることがある。このようなことを言うとき、その人はそれなりに満足しているのだろうけど(もちろん、社交辞令も含まれている)、こちらとしては何か後ろめたい気分になってしまう。カウンセラーはプロの仕事だが、ぼくは趣味でだべっているからだ。

この場合の「趣味」という言葉には、いくつかの意味が含まれている。一つは、お金をもらってやっているわけでも、お金をもらうために必要となるようなカウンセラーとしての専門的な訓練を積んできているわけでもないということだ。もう一つは、お金をもらえるということは相手に利益を与えたことの代償だろうけど、ぼくの場合、誰かとしゃべることによって、例えば、トラウマが癒えるきっかけとなりましたとか、不仲だったあの人とうまく行くようになりました、ありがとうございました、といった利益を相手に与えているとは思えず、逆に、ぼくが利益を得ていると思えるからだ。自分が得る利益を目的としてしゃべっているのである。

細かなことを言えば、この「利益」という言葉にも、三つの意味が含まれている。まず、しゃべることによってぼく自身のフラストレーションの解消ができる。人に話を聞いてもらうどころか、こちらが話を聞いてもらっているということ、これが利益の一つ目の意味だ。次に、いろいろな人と話をすることによって、それだけたくさんの人間性に触れることができるということ。ぼくはこうした人間性に触れるのがたまらなく好きなのだ。質(たち)の悪い言い方をすれば、会話から見えてくる人間の弱さ・もろさに出会うことによって、自分の(方が少しはましだという)優越感を感じているのかもしれない。そういうタイプの喜びを得ることができる。これが利益の二つ目の意味だ。実際、ビャービャー泣いている人を見て、やんや、それ泣け、ほれ泣け、とけしかけている節がぼくにはある。まったくとんでもない奴だ。次に、おおよそ世間に役立つことがあるとは思えないこうした陰険な自分が、一瞬の勘違いであっても相手にとっては何かの満足感の原因になりうるというへんてこりんさ。意外性の喜びと言っていいかな。これが利益の三つ目の意味なのだ。いずれにしても、ほめられたものではない。

by enzian | 2004-11-05 23:01 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(0)

トラックバックURL : http://enzian.exblog.jp/tb/855226
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。

<< どうにかならんか、あのNHKの関西弁 ハタケシメジを巡る攻防 >>