知っているということ

プラネタリウムに行った。照明が落ち、星空がドームに映し出されると、いくつになってもどきどきする。女性の声が解説をはじめた。(元)NHKの山根基世さんのようなやさしい声だなぁなどと思っている。やさしい声は問いかける。「これはなんという星座でしょう?」待ってましたとばかりに、あちこちで “星自慢” の子どもたちの声が答える。

「○○座!」(×3)
「そうですね。」

勢い余って、問われてもいないのに、説明の途中で発言してしまう子どもたちも出てくる。まるで小学校のころの自分を見るようだ、と暗がりのなかで苦笑いをした。そして、小学4年のときのY先生の授業を思い出した。

Y先生はエネルギッシュな女性で、いつも一生懸命な先生だった。ぼくは、世の中をすかして見た、鼻持ちならない生徒だった。

「植物は光合成をして、栄養をつくっているのです。」
「そんなん、知ってるわ。」
「植物が緑色をしているのは、葉緑素があるからです。」
「知ってる、知ってる。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥(Y先生、しばし沈黙)」
「知ってる知ってるって、いったい、君は何を知っていると言うのかっ!!」
「知っていると言うなら、いま、ここで、すべてを説明してみよ!!」

Y先生の言葉に、ぼくはぐうの音も出なかった。そのとき、それまで自分がしてきたことが恥ずかしいことだったのかもしれない、と子どもながらに気づいた。

その後、ぼくはY先生のような熱血にはなれなかったけれど、Y先生はいつもぼくのなかに住んでいて、ときどきむくむくと沸き上がってくる慢心を打ちのめす。

by enzian | 2008-07-03 20:09 | ※その他 | Trackback | Comments(0)

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