『100万回生きたねこ』(佐野洋子)

b0037269_11184429.jpg広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)を見た。ソウルの国立中央博物館で見た弥勒菩薩のイメージを忘れないうちに見たかったのだ。ソウルでは中宮寺の弥勒菩薩よりも惹かれるものがあると感じたが、広隆寺ではソウルのものと甲乙つけがたいと思った。そういえば、ソウルで会った友人も、両者は甲乙つけがたいと言っていた。

広隆寺の弥勒菩薩の前には畳敷きのちょっとした、気の利いたスペースがしつらえてあって、訪れた人たちは老いも若きもそこに座って、衆生を救おうと思惟する菩薩をただ見つめている。

しばらく座って、人の心をそのまま吸い込むかのような柔らかな表情を見つめていたら、隣に、きちっとした身なりをした、白髪の紳士が座った。菩薩を見上げながら般若心経を読むその顔を見れば、滂沱(ぼうだ)の涙なのであった。奥様らしき方は、少し遠くに立っていて、その様子を何言うでもなく、じっと許しておられる。懺悔の涙なのか、それとも、美を前にした感動の涙なのか‥‥

その様子を見て、先日のオープンキャンパスの模擬授業で、佐野洋子の『100万回生きたねこ』を題材にして、「なぜ猫はもう生き返らなかったのか?」を考えたことを思い出した。あれこれ考えてみたのだけど、ぼくの秘かなお気に入りは、猫の退屈な生と死を繰り返させたのも、ついにそれを断ち切ったのも涙だ、という解釈だった。自分よりも美しく愛おしい者に流された涙が、単調な繰り返しを終わらせることになったのだ。

by enzian | 2008-08-08 13:01 | ※好きな絵本(コミック) | Trackback | Comments(30)

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Commented by gauche3 at 2008-08-08 14:13
随分前ですが、僕も広隆寺まで半跏思惟像を見に行ったことがあります。
そう言われれば、ただじっと見つめている人が多かったように思います。
というか・・自分もそうだったような・・(笑)

白髪の紳士の涙は、どちらの涙だったんでしょうね・・
いずれにしても、この像を前にして般若心経を読みながら流す涙は、
何か心の区切りのような気もしますね・・
もう一度、ゆっくりと見てみたくなりました。
次はほろ酔い加減くらいで見てみたいなぁ・・などと不謹慎なことを・・(^^ゞ
Commented by enzian at 2008-08-08 17:10
猿夫さん

>というか・・自分もそうだったような・・

さすが、猿夫さん、
美しいものを押さえておられます。^^

>白髪の紳士の涙は、どちらの涙だったんでしょうね・・
いずれにしても、この像を前にして般若心経を読みながら流す涙は、
何か心の区切りのような気もしますね・・

どちらでしょうね。
ぼく自身は、美しいものだからといって涙を流すということまではないのですが、
美にたいする感覚のある方なら、そういう人もいるかなぁなどと思いつきました。
なんらかの区切りなのかもしれませんね。

>もう一度、ゆっくりと見てみたくなりました。
次はほろ酔い加減くらいで見てみたいなぁ・・などと不謹慎なことを・

あのぉ、こんなこというとあれなんですが、
酔うと星空や女性がきれいに見えるって人がいるじゃありませんか。
だから、酔っぱらったら、もっと美しく見えるかもしれないな‥‥
などと、ぼくも考えたりもするのです。(^^ヾ
Commented by chinchudo at 2008-08-08 22:42
こんにちは!

広隆寺の弥勒菩薩は、以前に一度見たことがあるだけですが、
心ひかれる仏像で、中学の美術の課題で、多色刷り版画に
彫ったことがありました。

題名の『100万回生きたねこ』つながりで、TBいたしました。

オープンキャンパスでお話しになったのですね!
お話しうかがってみたかったです。
Commented by yuta at 2008-08-08 23:37 x
enzianさん,こんばんわ。ずっと昔,私自身が触れた「100万回生きたねこ」をちょっと思い出しました。と共に,「不落因果 不昧因果」という言葉を。
「涙」が,それを連想させたのでしょうね。
 今日,美しいものへの感覚,美しい命のあるものへの感覚というものを大人といわれている私たち自身が失いつつあるのような気が,電車の中に迷いこんだアゲハチョウに対する大人の振る舞い,を見ながらふと感じました。ちょっと寂しい気持ちになりました。
Commented by enzian at 2008-08-09 00:01
枕中洞さん

こんばんは。
おひさしぶりですね。

オープンキャンパスで使いました。
ここでも長く記事にしようと思っていたのですが、
ようやく記事にしたとしても、この程度です。^^;

そちらに力作をアップされたようなので、
そのうち、コメントに行きます。
Commented by enzian at 2008-08-09 00:14
yutaさん

こんばんは。
yutaさんの以前の記事らしきものを拝見しました。
あれだったのだろうか‥‥
ちょっと話がずれるのですが、あのトンボの話とちょっと似た話
をいずれ記事にしようと思ってました。

>「涙」が,それを連想させたのでしょうね。

命とか縁起とか業とかそういう言葉は浮かんだのですが、
ぐっとがまんして、ここでは使わないでおくことにしました。

>今日,美しいものへの感覚,美しい命のあるものへの感覚というものを大人といわれている私たち自身が失いつつあるのような気が,電車の中に迷いこんだアゲハチョウに対する大人の振る舞い,を見ながらふと感じました。ちょっと寂しい気持ちになりました。

寂しい光景をご覧になったのですね。
ぼくは人を見るとき、何を美しいと感じているか、
小さな命に対してどういう態度をとるか、
それを見つめているように思います。

「美しいものへの感覚,美しい命のあるものへの感覚」がある人であれば、
他のことは無くても尊敬できるような気がしますし、
逆に、他の多くのことを備えていても、これを欠いているようなら、
尊敬できないような気がします。
Commented by gauche3 at 2008-08-09 00:21
美しい(美し過ぎる?)ものを目にしたとき、僕自身、涙を流したことは
無いのですが、うるうるしたことは過去に何度かありました(笑)
そのときそこには、何だか、畏怖ギリギリみたいなラインがあったような
気がします。
ここで般若心経が読めるというのは、ちょっと余裕があるのかなぁ・・・
だから区切りのための後押しとして経があったのかなぁ・・・などと、
いつもの妄想が渦巻いて、ふとこんなコメントを・・・

> あのぉ、こんなこというとあれなんですが、
> 酔うと星空や女性がきれいに見えるって人がいるじゃありませんか。
はい・・・思いっ切り、そのタイプです(爆)
半跏思惟像もenzianさんも、オレのことはお見通し・・・みたいな・・・(^^ゞ
Commented by enzian at 2008-08-09 00:40
猿夫さん

>美しい(美し過ぎる?)ものを目にしたとき、僕自身、涙を流したことは
無いのですが、うるうるしたことは過去に何度かありました(笑)
そのときそこには、何だか、畏怖ギリギリみたいなラインがあったような
気がします。

ぼくも、うるうるに近いところまでいったことがあります。
やはりそれは、前にも猿夫さんと話したことがありますが、
畏敬感というか、崇高感に近いものなのだろうと思います。
ひょっとするとぼくは、いつか、美しいものを見て、滂沱の涙を流す
ような体験を待ち望んで生きているのかもしれません。

>ここで般若心経が読めるというのは、ちょっと余裕があるのかなぁ・・・
だから区切りのための後押しとして経があったのかなぁ・・・などと、

なるほど!!それはするどい読みですね。
少しばかりの余裕がないと、般若心経を読むことなんてできませんものね。

>はい・・・思いっ切り、そのタイプです(爆)

同じく‥‥(///(エ)///)
一杯飲んで弥勒菩薩を見たら、
お互い、いい感じで泣けるかもしれませんね(チュドーン)
Commented by madeline0527 at 2008-08-09 02:30
ず~っと前から知っている『100万回生きたねこ』 … どうしても手に取ることのできない絵本です。
enzianさんのおかげで、手に取ってみようかと思ったところです。
何かに向き合える…そんな感じです。
心の成長でしょうか? 
Commented by 座敷童 at 2008-08-09 02:57 x
おほ。
すごく参考になるコメントがたくさん・・・。
(私はここでは沈黙いたしますね)
結構、論理的な人や物理学者さんでも、「美しいもの」を見る
と鼻血吹いて失神したりするんですよね、実際に。
そんな観光ツアー組んでみたいですね。
論考・論理の専門職がバタンバタン倒れていくツアー・・・。(あ、よだれよだれ)

一杯飲んで観仏三昧って、瀬戸内お姉様がされてましたよ、秋篠寺で。
ちょっとしたフェチじゃないですか!?
Commented by 毒きのこ at 2008-08-09 09:01 x
私が「ねこ」だったら、それでもやっぱり懲りずにまた生きたいですね~100万1回目もね。もう二度と生き返ることはないだろう的な気分だとは思うんですね、「しろねこ」との別離直後は。この人生以外ありえなかったって。
でも目一杯思いを尽くせることの気持ちよさや清々しさに、また出会えるなら、例え、身をきるような体験が待っていたとしても、生きる悦びのチャンスを再び味わいたいです。相手は「しろねこ」ではないかもしれませんが・・・
Commented by 毒きのこ at 2008-08-09 09:02 x
つづき

涙が一区切りになるのってわかります。失恋とか失敗とかまたは何か大きな絶望的なことにあうと、号泣しまくるほうです。もう何もかもおしまいだって・・・だけど浄化というかリセット効果もあって、割とケロっと♪立ち直って、よし次行こう!なタイプです(^^;)

美しいものに出会うと、胸がきゅーんと熱くなる毒きのこちゃんでした☆
・・息つぎが難しくなって溺れそうになることもありますが(><)
Commented by coeurdefleur at 2008-08-09 10:57
弥勒菩薩
もう20年以上もむかしむかしのこと。
とても寒かったのを思い出しました。
これを人が作ったのかというのが驚きでした。
よいお顔ですねぇ。
Commented by enzian at 2008-08-09 23:00
まどさん

簡単に手にとれる本ではないというのは、
なんとなく、わかります。
たくさんの解釈をゆるすものゆえに、
切り崩しにくい大きな山のような感じのする本です。
最後に猫も死んでしまうということもありますしね。

でも、寂しさはしっかり残るものの、
最後は猫の幸せで終わっている本だと思うので、
大丈夫ですよ~(^0^)v
Commented by enzian at 2008-08-09 23:04
座敷童さま

おほ。

>すごく参考になるコメントがたくさん・・・。

でしょ、でしょ、酔うと星とか・・\(`o'")

>結構、論理的な人や物理学者さんでも、「美しいもの」を見る
と鼻血吹いて失神したりするんですよね、実際に。
そんな観光ツアー組んでみたいですね。
論考・論理の専門職がバタンバタン倒れていくツアー・・・。(あ、よだれよだれ)

そのツアー、乗った!!
できれば、理系さん鼻血失神ツアーと、
文系さん鼻血出血ツアーに分けてもらえると、助かる。
Commented by enzian at 2008-08-09 23:08
毒きのこさん

毒きのこさん、ケロっと♪立ち直り型と‥‥φ(._.)メモメモ

>私が「ねこ」だったら、それでもやっぱり懲りずにまた生きたいですね~

うん、それもいいんじゃないかな。
しばらくは苦しくても、
ケロっとできるタイプの人なら、
また、楽しい思いをできるかもしれないもんね。

>美しいものに出会うと、胸がきゅーんと熱くなる毒きのこちゃんでした☆
・・息つぎが難しくなって溺れそうになることもありますが(><)

よっしゃ、よっしゃ、
そんなときには、酸素吸入器もってきちゃる。^^
Commented by enzian at 2008-08-09 23:11
柊さん

よいお顔です。この世のものとは思えぬような。
さすが、国宝第一号です。

随分急いで京都を回られたのでしたっけ?
また、ご覧くださいませ。
Commented by non at 2008-08-10 08:27 x
>↑の雨の日のコメントについて・・・
鴨川を眺めていると 哲学の道より 哲学的な想い(?)に
耽れそうな気がします。
スズメのナイスキャッチ うまく撮れましたね~
私も 以前 鴨川を眺めていたら
運良く サギが 魚を捕獲する瞬間に遭遇できました。
Commented by enzian at 2008-08-10 19:06
nonさん

>鴨川を眺めていると 哲学の道より 哲学的な想い(?)に
耽れそうな気がします。

賛成!哲学の道はもう人ばかりで、
ゆっくり思索することはできないように思います。
京都の一番好きなところは?と聞かれたら、
ぼくはきっと鴨川と答えます。

サギもたくさんいましたよ。
それとカモが多かったですね。
カモやサギの数は以前よりも増えているように思います。
Commented at 2008-08-12 20:58
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-08-12 22:56
鍵コメさん

いえいえ、どういたしまして。
即席ですか?困ったなぁ、
ぼくの記事が恥ずかしい記事になってしまったじゃないですか。^^

いま、ちょっと、解釈をいくつかみてみたのですが、
このストーリーを悲しいストーリーとしてとっている人が多いことには驚きました。
(前の鍵コメさんの解釈が、ハッピーエンドとしてとるものでしたね。)
なので、新しく、模擬授業のファイルを貼っておきました。

よろしければ、読んでみてください。
著者は作家とかではなく、現場で指揮に当たった警察の方です。
作家が資料を集めて書いたというのではなく、
じかに現場の人間と向かい合った人なので、
人間の情というものがストレートに伝わってきます。
Commented by aroomwithaview at 2008-08-13 05:10
おはようございます。

これを読んでいて思い出しました。
ハレアカラ山で、いきなり涙があふれてしまって、声までもれてしまって
コントロール不能になったことがあります。
(ただ、単に老化現象なのかもしれないけど)
すべてがあまりに美しかった。それは確かに感じました。
おもしろいなと思ったのは、涙したあとの爽快感というか軽い心地というか
あの気分は珍しいものでした。(変な話ですが・・・あの時、これで人生が
終わってもいいとも思いました)
その姿をみた友達が言った言葉も印象的でした。
“○○○ちゃん・・・おめでとう”
でした。

この本は実家に置いてあります。
弟とわたしのお気に入りの絵本だったりします。


Commented by enzian at 2008-08-13 23:47
鍵コメ2さん

おはようございます。
そのお話は記事にもしておられなかったでしょうか。
それは老化ではないと思います。^^

ぼくも、鍵コメさんのそういうお話を聞いて勉強させてもらっていますので、
「美を前にした感動の涙なのか」という言葉を入れたのです。
ぼくひとりの体験なら、この言葉は入れられなかったでしょう。
ブログをして、ちゃんと勉強してるんですよ。(^0^)v

そのお友達も、そういう涙をご存知の方だったのでしょうね。
そういう方と旅をできたらいいな。
Commented at 2008-08-14 09:37
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-08-14 21:28
鍵コメ3さん

涙については、ぼくは、それが猫のうちに秘められていたもので、
猫を生まれ変わらせる力となったものではないかと解釈したのです。
生まれ変わらせる力を、ファイルでは命と表現してあります。

涙は他者との関係性のなかで流されるものですから、
100万回のなかでは、それが流れて枯れる可能性はなかったのでしょう。
だから生まれ変わり続けざるをえなかった。
ところが、100万1回目に他者(子猫、白猫)ができてしまいましたので、
一気に流れて、枯れてしまった。それでもう生まれ変わらなくなった、という感じです。

また、このトラ猫を著者と解し、白猫を著者のお母さんと解釈することは
もうお伝えしました。
Commented by enzian at 2008-08-14 21:42
鍵コメ3さん、続き

「悲しいストーリー」ということについては、
少し弁明をさせてください。^^;

こう言うとなんなのですが、悲しいことは悲しいのですよ。
淋しいと言えば淋しいです。
最後にトラ猫も白猫も死んでしまうのですから。
死んでそれっきりになってしまうことに悲しさや淋しさがまったくない、
と言えばそれは変です。

とはいえ、例えば、やることをやって大往生をした人を送る場合など、
悲しいし淋しいという思いと同時に、
それでよかったんだんなぁという思い(鍵コメさんの言う「安堵」かな?)
もどこかにあると思います。
淋しさと清々しさが交じったような感じでしょうか。

こういう清々しさをまったく含まないような悲しさを感じている方が
多いように感じたということです。

>読みの訓練成果

えぇえぇ、十分に発揮されております。
ちょっと見習わないといけないですね。^^
Commented by kenshin at 2008-08-17 12:39 x
険心と申しましす。コメント欄にお邪魔しますがお許しを。
100万回のねこさんの絵本はたくさん泣かせてくれますね。
子供が小さい時家内が買ってきました。「あなたがこのねこで私がなくなると、あなたは泣き続けるのよ」といいました。そのようになりました。無償の愛をいただけたときに魂はやっと気がつけるのですね、これからは無償の愛を他者にとおもうひびです。
Commented by enzian at 2008-08-17 18:46
険心さん

はじめまして。
コメント、ありがとうございます。

>これからは無償の愛を他者にとおもうひびです。

人を動かす力のある本なのですね。
つくづく名作なのだなぁと思います。
Commented by えほんうるふ at 2010-02-21 07:48 x
こんにちは。今頃コメントしてスミマセン(汗)
何だか最近この本のタイトルで検索して来る人が多いんですよ。また何か話題になってるんでしょうか?
enzianさんから私のところへいらっしゃる方もちらほらいるようなので、どんなつながりかしら〜と辿ってきたらここに着きました。

enzianさんもこちらでとっくに宿題提出を終えていたんですね(^^)
「涙が枯れたから」って解釈、私は好きです。非常に簡潔で美しい。実際にはそんなに美しく生を全うできる者はいないから、自分の生き方に美意識を持つ人から見れば、この猫はまさに憧れの存在でしょうね。

もし良かったら、お時間のあるときにでもトラックバック送ってください。いつでも読めるように。
Commented by enzian at 2010-02-22 21:59
えほんうるふさん

こんばんは。

>実際にはそんなに美しく生を全うできる者はいないから、自分の生き方に美意識を持つ人から見れば、この猫はまさに憧れの存在でしょうね。

そうですね。
この猫は全うするために
100万回もの生まれ変わりを必要としたわけですが、
最後に完全燃焼できたというのは
憧れの対象となりそうです。

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