地蔵盆

京都は地蔵盆の季節。お地蔵さん(地蔵菩薩)をお祭りし、子どもたちのすこやかな成長を願う。郷里では、子どもたちは地区のお寺に集まって福引きをさせてもらったり、お茶やらお菓子をもらったりした。餅撒きならぬ飴撒きというのもあった。この時期、子どもたちは何事にも優遇され、小さな神さまのように扱われた。

近くに住むおばあさんたちが、辻々にあるお地蔵さんの世話をしていた。毎朝お供えをして、手を合わせて熱心になにごとかを願うそのねき(すぐそば)を、学校へ行く子どもたちが通りすぎてゆく。

by enzian | 2008-08-24 00:17 | ※その他 | Trackback | Comments(8)

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Commented by emilia2005 at 2008-08-26 22:09
岐阜の実家も8月24日が地蔵盆ですね。
中学校への通学路の途中にあるお地蔵様の前に
祭壇が設けられ、町内の各家庭から
季節の果物や菓子が供え物として飾られるんです。

夜お坊さんの読経が終わると、お楽しみの始まり、始まり~♪
供え物をバラバラにして、小さな袋に小分けしたものが
もらえるんです(^^)  とっても楽しみでした。
Commented by enzian at 2008-08-26 22:57
emilia2005さん

岐阜も同じ日が地蔵盆なのですね。
そうでした、この日、お地蔵さんの前には
たくさんのお供え物が飾られるのですよね。

>夜お坊さんの読経が終わると、お楽しみの始まり、始まり~♪

お坊さんのお経なんて、
大して聞いてないんですよね。^^
Commented by 座敷童 at 2008-08-28 02:00 x
三重の平家落人の里(仮)も地蔵盆があるのですが、大会式!
どうやら松阪の辺りで京風と、そうでない風が分かれるようです。
京都のは、町(区画)一つ一つにお地蔵さまのほこらが在って、
かわいらしい感じで、好きです。
(終わると残り物のおやつがたんまりもらえるのです!)
どこの村落だったか、仏像セットを共有していて、
回覧板みたいに厨子ごとそれが各家を回るシステムのところが在りました。
ちょっと、それも似ているかも、と思いました。
Commented by enzian at 2008-08-28 21:25
座敷童さま

三重の地蔵盆というのは初めて聞きました。
ずいぶん盛んなのですね。
大会式というと、大人たちも交じっての飲めや歌えの
大騒ぎという感じなのでしょうか。

>松阪の辺りで京風と、そうでない風が分かれるようです。

長く非常勤で松坂に通っていたので、
あのあたりで文化圏がわかれているというのは
わかる気がします。
伊賀上野でわかれると言う人もいますけどね。

>どこの村落だったか、仏像セットを共有していて、
回覧板みたいに厨子ごとそれが各家を回るシステムのところが在りました。

おもしろいね。
Commented by tama_ma_ma at 2008-08-28 21:53
あ、三重に反応して飛び入り!
三重の地蔵盆、関宿にもありますよ・・(亀山市)
小さな地蔵院があるのですが
古い天井絵も見事でなかなか由緒も正しい処のようです。

回覧板のような仏像セットは何処だったでしょう?
私も以前耳にして驚きました。

そうそう、この夏、平家落人の里のひとつに言って来ました。
嬉野の奥のほう・・・山百合がとても綺麗でした♪
Commented by enzian at 2008-08-28 23:02
玉虫さん

関宿には地蔵院があるのですね。
地蔵院という言葉はぼくの郷里にはありませんでした。
みんな道ばたで雨ざらし。(^^ヾ

>回覧板のような仏像セットは何処だったでしょう?

ちょっと調べてみたのですが、
わかりませんでした。
これは、お地蔵さんが少ないからとか、
地区の人々の住んでいるところが散らばっているからとか
そういう理由があるのでしょうか。

玉虫さんのフットワークには脱帽です。^^
Commented by 伊勢人 at 2009-06-01 07:54 x
地蔵盆は本来京都の風習です。
桑名、菰野、津市白塚などでも現在行われていますよね。
伊勢地方は明治中期まで名古屋とは疎遠で
京都との関係が濃厚でしたのでその名残でしょう。
Commented by enzian at 2009-06-01 20:13
伊勢人さま

ご教示いただき、ありがとうございます。

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