極彩色の刺繍の付いたふかふか座布団

とある球技の試合をちらりと見たら、ほかの簡単なシートとは比較を絶した、場違いとも思える超リッチなシートが数席、観客席に設けられていて、そこには数人の王族らしき人たちが座っている。その国のその競技のパトロン(経済的な支援者)のような存在なのかもしれない。

それを見て、小学生のころに家が入信していた宗教の集会のことを思い出した。その集会では、信者たちを前にして、ずいぶんと偉い人らしい女性が講話をしていたのだが、その話がいつもつまらなくて、ぼくは辟易していた。そのつまらなさは、話の内容はあえて問わないとして、その女性の姿勢にかかわるものだった。

会場は畳敷きになっていて、そこにぎゅうぎゅう詰めで座る信者たちにはペラペラのせんべい座布団が配られた。講話をする女性は一段高いところで、ここまでの座布団が世の中に存在するのか!! と、思わず感嘆符を二つ付けたくなるほどの極彩色の刺繍の付いたふかふか座布団に座って、講話をはじめる。

1時間‥‥2時間‥‥。それは子どもにとっては永遠に続くとも思えた。やがて小さな子どもたちがむずがり出し、泣きはじめる。脚が痛いのだ、無理もない。泣き声が聞こえているのか聞こえていないのか、女性は半ばトランス状態になって薄目で上の方を見ながら、いつ終わるとも知れない話を気持ちよさそうに続けるのだった。

by enzian | 2008-09-07 11:15 | ※その他 | Trackback | Comments(18)

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Commented by yuta at 2008-09-09 01:38 x
 enzianさん,こんばんわ。
 きらびやかな座布団は,きらびやかなお袈裟と同じくらい,違和感があります。
 普通の生活とは,異質な何かを醸し出してしまうからでしょうか?
それにしても,案山子さん(上の写真の),ちょっと反則なぐらい,かわいいです。こういう違和感なら,笑顔になれるやさしさがあるのに・・,と思います。
 生活の中で息づいている佇まいが,案山子さんの姿にはあり,きらびやかな座布団の上の女性にはない・・のかなぁ。ハレの日ばかりじゃ,しんどいのかな人って・・・・・とか,ちょっとうまくいえません。
 うまくいえないのですが,生活の中で活きる,活かされている,という視点が大切なように思いました。感想でした。
Commented by 座敷童 at 2008-09-10 01:40 x
リッチシート、とある有名なお経の中にもすごい表現が在りました。
単純計算したら、4.320kmの高さの・・・椅子。
成層圏どころか熱圏も突破してます!宇宙だー。
脚は水晶でできています。
絹が何百枚も掛けられているそうです。
でもきっと地デジでテレビ見れなさそうだ・・・
と思った私は(あえて自分でいおう)現代っ子です。
Commented by enzian at 2008-09-12 22:33
yutaさん

こんばんは。
お返事が遅くなりました。

その、感想でした、というのがいつも一番困ります。^^;

柳宗悦が用の美、生活美ということを考えていますけど、
私たちが生活のなかで使っているものには、
お茶碗にしても、書き物机にしても、
絵画や花とは違った独特の美しさがあると思います。
それは、人間の生活に密着した(yutaさんが「生活の中で
息づいている」「生活の中で活きる、活かされている」
と表現することでしょうか)美しさなのですが、
その美しさとは、なんでしょうか?

あぁむずかしい(思わず頭を抱え込む。)

それは、それは‥‥‥

1.人間が配慮するに値すること
2.人間は願いをもつこと
3.そのような願い(目的)をかなえる手段として道具があること

といった点への配慮のある形態をしているものが
生活美をもつものなのでしょうか。
まいりました。><
Commented by enzian at 2008-09-12 22:34
座敷童さま

白髪三千丈の世界だもんね。^^
Commented by yuta at 2008-09-13 23:22 x
enzianさん,こんばんわ。
 うまくいえないけれど,胸につかえているような思い,言葉にしようとしても喉もとに引っかかっているようで言葉にならないでいる。
もどかしいなと本人が一番思っているのです。その思いを引き受けてもらい誠実に応えていただいているのだな,とほんとうにありがたく思います(言葉にすると何か薄っぺらい感じが・・・,^^;)。
 実家を出るまで私が使った机は秋田木工という曲木家具の伝統を引き継ぐ工場の職人さんが作ったものです。多分中学に上がる前後くらいに父が知り合いの職人さんに頼んで作ってもらったものでした。
>1.人間が配慮するに値すること
>2.人間は願いをもつこと
>3.そのような願い(目的)をかなえる手段として道具があること
あの机に込められた願いに,今まで気づくことができなかったなと,ちょっと衝撃的に思い出しました。その机は未だに,軋むこともなく頑丈です(曲木のやわらかさはそう感じませんが・・)。
 
 
Commented by yuta at 2008-09-13 23:23 x
続きです。
いきなりですが(といっても私はここのところずっと考え続けていたのですが)絵本は,大人と子どもの間で(enzianさんの上の言葉の)1,2,3を叶える道具のようですね。それも世代を超えて,連綿と・・・。1,2,3ありがたくいただき,大切にします。
Commented by enzian at 2008-09-14 10:01
yutaさん

おはようございます。

「秋田木工」、「曲木家具」、どちらもわからなかったので、
ちょっと勉強してみました。おもしろかったです。

竹を曲げたり、薄く切った木材を曲げたり(曲げわっぱ)
するのは知っていたのですが、
日本にもこのような家具があったのですね。

使う人のことをことを考えて曲げる‥‥
いいですね。
Commented by enzian at 2008-09-14 10:03
yutaさん、続き

>「世代を超えて,連綿と」

この部分は大切なのでしょうね。
yutaさんは希望について書いておられましたが、
ぼくは、ときどき「願い」ということについて考えることがあります。

これは、仏教の「誓願」という難解な言葉に触発されてもいるのですが、
ことあるごとに、人は願うものであって、願いをかけられても
いるものなのだなぁと思うことがしばしばだからです。

生きている限りは過去から引き継がれてきた垂直方向からの
願いと、同時代に生きている人たちからの水平方向からの
願い、おそらく無限の願いを私たちはもち、
また、無限の方向から願われてもいるのでしょうか。
そんなことをよく考えるのです。
あっ、未来からの願いもあるのかもしれない。

そして、またこうも考えます。
この願いを重すぎると感じるのはどのようなときで、
これを生きる力にできるのはどのようなときなのか。
また、このような願いをまったく感じられないとき、
人は生きていけるのだろうか、と。

なにやら暗いことを言っているようですが、
けっこう元気に考えているのであります。^^
Commented at 2008-09-15 18:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-09-15 23:32
鍵コメさま

(`_´)ゞ了解!
ちょっと移動して残しておくことにします。^^

この写真なら、どうぞご自由に♪
もう少し大きな、動物写真詰め合わせセット
をメールでお送りしておきました。
リスも入っていますよ~
ご笑納ください。
(こういうのを本当の笑納と言うのだと思います。^^)
Commented by まど at 2008-09-16 05:59 x
タマ駅長さんシリーズ、一夜限りなんですか?!
え~~っ、いい味出しているのに…
もったいないです。

また、早起きして見に参りました。 ^^
Commented by enzian at 2008-09-16 20:46
早起きのまどさん

では、助役とまどさんに敬意を表して、
どこぞに残しておくことにいたします。^^
Commented by tama_ma_ma at 2008-09-16 22:24
やっぱり消しておしまいになったのですねえ・・(・´`●)
でもしっかりと拝見させていただきました。
でどこぞって何処???p(;_;?)q
気になります~~~ぅ。。。
Commented by non at 2008-09-16 22:30 x
卒論
書いたことありませ~ん。短大だったので・・・
息子達の卒論は見せて貰いました。
誤字チェックしました@約一名のみ (笑)
Commented by enzian at 2008-09-16 23:09
玉虫さん

>でどこぞって何処???p(;_;?)q

下の方へスクロールしてみてください。
助役、健在です。^^
Commented by enzian at 2008-09-16 23:14
nonさん

このごろは4大でも卒論を課さないところが多くなってます。

>誤字チェックしました@約一名のみ (笑)

もうほんとご苦労さまとしか言いようがないです。^^;
Commented by tama_ma_ma at 2008-09-16 23:49
めっけ~~!
調子に乗ってたま駅長もどこかにおいでかと
遡ってみたのだけど彼はやはり和歌山にお帰りあそばされた
ご様子、残念(T_T)・・。
でも助役さん健在よかった~ありがとうございます。

卒論って書く側より見るほう?書かせる方?が
きっとより以上に辛い作業なのでしょうね。
想像に余りある気がします。。。ご苦労さま。
Commented by enzian at 2008-09-17 00:01
玉虫さん

>遡ってみたのだけど彼はやはり和歌山にお帰りあそばされた
ご様子、残念(T_T)・・。

^▽^)

>卒論って書く側より見るほう?書かせる方?が
きっとより以上に辛い作業なのでしょうね。

ありがとうございます。^^

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