船釣りはしない。

b0037269_22332040.jpgぼくには悪いくせがひとつあって、もうアホかアホにちがいないとわかっているのだが、どうにもなおすことができない。それは、「勝つに決まっている勝負はしない」ということなのだが、悲しいことに、ぼくのなかではそれはもう鉄則のようになっている。

ぼくはその昔、魚釣りが大好きだったのだが、船釣りは絶対しなかった。船に乗れば船頭が必ず釣れる場所に連れて行ってくれるわけだが、たくさんの魚を釣ってくる人たちを尻目にぼくはひとり、砂浜や防波堤で糸を垂れていた。もちろん、砂浜や防波堤にも定評のある釣り場があるのだが、決してそういうところに行こうとはしなかった。しかも、そこでそんな釣り方をする人はいないだろうというような、釣果を上げるにはきわめて不利な方法でいかに釣るのかに血道を上げていた。

当然のことながら、さんざん工夫したあげく、いつも一匹も釣れなかった。そうしてまた何時間もかけて来た道を引き返すのだったが、そのあまりのバカさかげんをしみじみ味わいながら、ひしひしと肌に染み込んでくる敗北感を受け取り抱きしめながら夜道をとぼとぼ歩いて帰るのが好きだった。そして、そういうことがいまもまちがいなく好きなままなのだ。

by enzian | 2008-09-16 22:32 | ※その他 | Trackback | Comments(20)

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Commented by bakri_ki at 2008-09-21 23:28
enzianさん、お久しぶりです。

船釣りよりも圧倒的に勝てる潜り釣りなるものもあるそうですね。

釣りって人間の知恵と魚が生きる為の駆け引きだと思っております。(「老人と海」然り)
私個人の考えとしては勝てる方法、勝てない方法どちらで相手に挑もうが、相手をきちんと食してあげるのだったらどっちでもいいかと。

方や生死をかけて挑んでいるというのに、食べない魚を釣る人はとっても失礼ではないのかと思っていたり。
(キャッチアンドリリースなんて失礼の極み)
以前それで論議になって以来疎遠になった方もおります。

どんな形であれ、生命をただ無駄に無くすのは私の精神衛生上絶対的に嫌。

なんて、久々のコメントで毒づいてしまいました。

あ、でも確実に勝てる方法を選択せずに勝てない方法で挑む精神は個人的にとっても理解できます。
「バカ」なのではなく、フェアプレー精神に則っているかと。
Commented by kenshining at 2008-09-23 08:51
すごくせつないのですが、私もこんな感じ好きなんです。
Commented by aroomwithaview at 2008-09-23 16:07
こんばんは。
>船に乗れば船頭が必ず釣れる場所に連れて行ってくれるわけだが

そんなことばかりではないんですよ。(漁師の娘曰く)
自然は厳しいですから。
って、そんな話ではないんですよね。(笑)

勝つことは気持ち良いのだろうけれど、負けることも
たくさん経験して欲しいと子育てしながら願っています。
enzianさんは、小さな子供の頃からそうだったのですか?
Commented by noe.saeki at 2008-09-23 21:49
せんせえ お久っす~♪
写真上手いですねぇ きれー
Commented by enzian at 2008-09-27 22:42
bakri_kiさん

おひさです。

>船釣りよりも圧倒的に勝てる潜り釣りなるものもあるそうですね。

一部マニアな人の情報によると、
そのようですね。^^

>釣りって人間の知恵と魚が生きる為の駆け引きだと思っております。(「老人と海」然り)

そうでげしょうなぁ。
それで昔は人間と魚が生きるための駆け引きだったんで
げしょうなぁ。

>方や生死をかけて挑んでいるというのに、
食べない魚を釣る人はとっても失礼ではないのかと思っていたり。

ぼくは釣った魚は食べますよ。
というか、ほとんどの場合、食べたいから釣るのです。
もう釣りに行く前から、調理メニューを考えて、
場合によっては調理方法に適した包丁まで
用意して釣りにゆくのです。
よだれじゅるり常態で。^^

あぁそう、釣れた魚を逃がす場合もありますよ。
食べられない魚とか、小さすぎて食べるところのない魚とか。

>キャッチアンドリリースなんて失礼の極み

ぼくは横文字好きの人って嫌いです。^^
欲望丸出しの殺生に
なにをきどってんだか、という感じです。
Commented by enzian at 2008-09-27 22:46
bakri_kiさん

そうだ、返信が遅くなったことのおわびを忘れてました。
すいません。

>あ、でも確実に勝てる方法を選択せずに勝てない方法で挑む精神は個人的にとっても理解できます。
「バカ」なのではなく、フェアプレー精神に則っているかと。

そうですねぇ。
ですが、勝てる試合に勝てるという強さはあるのでしょうね。
ぼくはたぶんそういうまっすぐな強さがない意気地なしだから、
勝てそうもない試合に勝とうとするのかもしれません。
Commented by enzian at 2008-09-27 22:47
kenshiningさん

せつなさを求めてしまう欲望というのも
あるのかもしれませんね。
Commented by enzian at 2008-09-27 22:57
aroomwithaviewさん

こんばんは。

>そんなことばかりではないんですよ。(漁師の娘曰く)
自然は厳しいですから。

そうでしょうね。
釣れないこともままあるのでしょうね。
でも、船釣りで釣れなくても
船頭さんの責任にできそうですね。^^

>勝つことは気持ち良いのだろうけれど、負けることも
たくさん経験して欲しいと子育てしながら願っています。

そうですね。
ぼくも以前そういう記事を書いたことがありますが、
例えば学校というのは負けるということを知り、
負けたことからの工夫を覚えるという意味でも
大切なところであると思っています。

ただ、ぼくの記事の場合に問題なのは、
ぼくが不可抗力的な負けから何かを学ぼうとしているのではなく、
勝てる確率の高い勝負をみすみす捨ててまで、
負ける確率の高い賭けをしようとしていることです。

ぼくは物心ついたときからそういう子どもだったのです。
Commented by enzian at 2008-09-27 23:02
noe.saekiさん

おぉ久しぶりです。
お元気ですか?

いつのまにか、
フォトグラファーになったのです。 \(-_- ビシッ
Commented by どんぐりコロコロ at 2008-11-16 11:32 x
ごぶさたしていましたが、秋が終わらぬうちにと
やってきました。^^

先の「抜け殻」は
一度ならず幾度も
呼びとめる記事でした。
蝉の抜け殻・貝殻
一度は内で充満した存在の証でもありましょうね。

遡りこの記事が更に呼びとめてくれます。
初めて拝読してから日が経つのですが
印象に残る記事です。

>バカさかげん

わたしも似たようなことです。
子どもの頃からありました。
子どもならば、なお複雑な行為ですよね。
わたしは釣りに限らず・・・でした。

>ひしひしと肌に染み込んでくる敗北感を
受け取り抱きしめながら夜道をとぼとぼ歩いて帰るのが好きだった

この行も繰り返し読んでしまうのですよ。
私はそういう子どもでしたし、今もそう。
はじめはここから、懐かしいという感情が真っ先にきました。
今もそうなのに懐かしいは変ですね。
子どもの頃は、理由がよくわからなかったのです。
わからないままに行なった帰路では、歩く
帰るという感覚を強く引き寄せることができました。
この感覚が好きだったのです。
このことを懐かしいとおもったのです。
Commented by どんぐりコロコロ at 2008-11-16 11:34 x
続きです。

身を据えて確認したいことは内外にあります・・・。
わが身に課したことは、それなりの意味を持つけれど
わが身の外ではそれがどう・・理解されるのか
反映(影響)されるのかは、思案したとて及ばぬこともあり・・・
だから「なおのことそれでよかったのだと」
おもうことはあります。それは
「肌に染み込んでくる敗北感」という記述に近いものかもれません。

抜け殻の記事が(抜けきらず)胸に残り、この記事に留まるは
ひとつこの胸ゆえのことだからでしょうか。

私の側ではこの身に課せども据えきれなかった
そこに任せきれなかったと覚えるは
「肌に染み込んでくる敗北感」とは異なる不全感。
それを抱きしめるには所在無いくせに
連れ歩き帰るには重いです。

Commented by どんぐりコロコロ at 2008-11-16 11:35 x
つづきです

でも自身ではなく他をみる場合となりますと
また話が異なりもします。
抜け殻と字違いですが
空箱(お菓子・石鹸)は子どもの頃好きでした。
いろんな残り香が漂うから。
意図無くとも、存在そのものが関わった者を
何事か多様に満たしてくれてもいた・いる・のだと思います。
関わった者の胸からはこの経験はたやすく
抜け去りはしないとも思います。
殻が呼びとめているようで手にとり
連れ帰ったりさせるのだと思うのです。
出会えた喜びというのは大きかったりします。

記事の感想というよりも
私の覚えの羅列が続きましたので
読み流してくださいね。☆
Commented by enzian at 2008-11-20 22:44
どんぐりころころさん

お久しぶりですね。^^

「抜け殻」にせよ、「船釣りはしない。」にしても、
あまり注目されない記事だろうと思っていたので、意外です。
でもどんな記事でも自分が書き出したもの。
注目していだけるのは、うれしいですね。

>わたしも似たようなことです。
子どもの頃からありました。

どんぐりさんもそうでしたか。
ぼくも釣りに限らずそうなのですよ。
こんな仕事をしていることからして、そうです。^^;
まぁ好き好んでやっていることですので、
問題はないのですが。

>わからないままに行なった帰路では、歩く
帰るという感覚を強く引き寄せることができました。
この感覚が好きだったのです。

このあたりが複雑な部分ですね。
「歩くこと」ということはどういうことでしょう。
哲学者のなかには歩きながら哲学をした人が多いですが、
歩くことにはどういう意味があるのでしょう。

また、「帰る」というのも興味深いですね。
「帰る」ことは「行く」こととは違います。
なにか決定的に違うことがあるのでしょうね。
Commented by enzian at 2008-11-20 22:52
どんぐりころころさん、続き

>「肌に染み込んでくる敗北感」とは異なる不全感。

ぼくの場合、ここに書いた敗北感は、一種の充実感です。
ネガティブであろうとも、求めて得た充実感です。
しかし、不全感は充実感ではないですよね。

>関わった者の胸からはこの経験はたやすく
抜け去りはしないとも思います。

そうですね。
そう思っています。
Commented at 2008-11-22 11:20
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-11-22 11:21
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-11-22 11:25
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-11-22 11:26
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-11-22 11:27
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzian at 2008-11-22 16:50
鍵コメさま

コメント、ありがとうございます。

一番上のコメントでお書きになっていることは、
ぼくも誤解はしていなかったと思います。

下の四つのコメント、興味深く拝読しました。

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