その横顔

ある宗教的な行事の一プログラムとしておこなわれた講演での話。一群の学生たちが座っている一角があって、なにかの授業の振り替えになったらしいことがわかる。講演に先立って、ある種の読経のようなものがおこなわれる(四弘誓願‥‥修行者が仏となる道を選ぶときに最初に立てる四つの願いのこと)。ぼくは僧侶でもないので、なにやら場違いの居心地の悪さを感じながら、誓いを立てる人たちの声を聞いている。

一群の学生たちのなかに、とりわけ熱心に唱えている人がいた。背筋を伸ばし、懸命に喉を震わせている。後ろ姿を見れば、髪型、服装‥‥きわめていまどきの女性だ。ぼくの目は釘付けになった。寺院に生まれた人なのだろう。読経し、手を合わせる彼女のさまは、どこまでも自然体なのであった。いくつになってもぎこちなく、自然に手を合わせることのできないぼくはじっと手のひらをみた。それはたんなる育ちの違いなのか、それとも、それ以外の理由によるものなのだろうか。

講演がはじまる。講演者は同僚。これが目的でここに来たのだ。ひとりの人間として話す私の声をあなた方もまたひとりの人間として聞いて欲しい――そう語りかける声が聞こえた気がした。残念なのは一部の学生たちの態度。講演の最初から居眠っている者がいるのだ。講演の内容がつまらないから眠るというなら仕方ない。それは話す者の拙さによるものなのだから。だが、最初から聞く耳をもたぬ態度がいかに話す者を傷つけるか‥‥それは、壇上に立った者にしかわからない。

暗澹(あんたん)たる気分になりはじめたとき、はっとした。さきほどの女性が、居眠りをして斜め45度に傾きはじめた人たちを懸命に起こそうとしているのだ。一度起こしてもすぐまた眠ろうとする人たちを突(つつ)き続けて眠らないようにしている。二列前の手の届かない学生たちには一列前の人たちに頼んで、眠らないように働きかけるよう頼んでいる。自分の利害にしか興味を示さぬ者が多いにしても、この学生は人の痛みのわかる人なのかもしれない。ぼくはその学生がどんな顔をしているのか、見てみたくなった。

by enzian | 2008-10-17 23:29 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(3)

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Commented by 毒きのこ at 2008-11-13 18:54 x
居眠るみなさまは自分に注目してほしいことの裏返し・・かな?

眠る側は気づいてないでしょうけど、人の話し(講演)より、まずは自分の世界を受け入れてほしいというような感覚でしょうか・・身勝手で自己中心的なのですがねぇ・・でもその場の目的は受ける授けるの双方向のことだからもっと神聖(?)にお互いにとりくまなくちゃいけないのでしょうけど・・
Commented by 毒きのこ at 2008-11-13 18:55 x
(つづく)

授業や講義はひとまず互いのプライベート(私利私欲)はおいておいて挑むようなものに思えます・・大学の講義前とかは(起立っ!礼っ!)とかありましたっけ?小学生の頃はまるで、神聖な儀式前かのごとくお清めみたいな感じでありましたねぇ。土俵入りのようとも言えますけど(*_*)

でもなんのかんの言っても話す側VS眠る側の、残酷な温度差の解消・・・やっぱり一筋縄じゃいきませんね~ (>_<)
Commented by enzian at 2008-11-15 18:26
毒きのこさん

>居眠るみなさまは自分に注目してほしいことの裏返し・・かな?

だとすれば、話す方としては困りものなのですが、
そういう人がいるのかもしれません。
少なくとも、かつて注目して欲しかったことがかなえられずに、
いまではすでにあきらめてしまっている、
という人はいるだろうと思っています。

>大学の講義前とかは(起立っ!礼っ!)とかありましたっけ?

ないですよ。
以前、専門学校で教えていたときに、
そういうのがあって、びっくりした。
お願いだからやめてください、と頼んだのだけど、
学校の方針でやらないと叱られる、
って学生たちが言うんだよね‥‥
ほんと困った。

>小学生の頃はまるで、神聖な儀式前かのごとくお清めみたいな感じでありましたねぇ。土俵入りのようとも言えますけど(*_*)

その神聖さには、
よい点とちょっと困った点、
どちらもあるのかもしれないなぁと思ってます。

>でもなんのかんの言っても話す側VS眠る側の、残酷な温度差の解消・・・やっぱり一筋縄じゃいきませんね~ (>_<)

そうそう。
日々戦いなり。^^;

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