2005年 12月 19日 ( 1 )

悩みの相談員

有名人による悩みの相談室というのはどこのメディアでもやっていると思うけど、ぼくにはこういう “相談員” をあまり信用していない節がある。以前は相談者の言うことをろくろく聞かずに、自分の価値観を押し付ける暑苦しい人が多かった気がするけど、ここ何年かは、相談を受ける前にとりあえず臨床心理学もどきというか、一億総カウンセラー系(?)の本をかじってからはじめる人が多いらしく、いかにも相手の言うことをよく聞いていますよ、受け入れていますよ、というような常套句からはじめる “型” どおりの対応をする人が多くて、「素人なんだから、カウンセラーを装う必要もないだろうに‥‥」などと余計なことを考えてしまう。

そんなこんなで悩みの相談室系コラムは素通りすることにしているのだけど、この方の回答なら読まずにおけないという人もいる。ひとりは重松清(以下、敬称略)で、この方のことは「今週のピックアップ・ブロガー」のインタビューで書いたので、そこをお読みいただくとして、もうひとりはピーコだ。どこがいいのかと問われれば、厳しいなかにもやさしさが感じられるところ。ダメなことははっきりダメだと言うのにそれでいてまったくイヤミがなく、ふさぎ込んだ相談者に寄り添おうとする気持ちがひしひしと伝わってくる。突き放されたようでいて、はっと気づくとそばにいてじっと自分を見つめている、というような絶妙の距離感なのだ。

先日も、自分がゲイであることに気づいて悲しんでいる男子高校生の相談に、押さえるべき点は押さえてけっこう厳しいことを言っているはずなのに、なぜか最後にはやさしい気持ちだけが残るような温かい回答をしていた。ゲイであることを「悲しい」と言う高校生は、ピーコにとってはいわば自分自身の存在を否定しているに等しい相談者のはずなのに、回答のなかではそれを気に留めているそぶりをまったくみせなかった。簡単にまねできることじゃないと思う。

by enzian | 2005-12-19 22:15 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(34)