2007年 04月 01日 ( 1 )

負けを認めること

NHKのBSで『あしたのジョー』特集をやっていて、夢中になって見てしまった。子どものころは毛嫌いしていたアニメなのに、どういう心境の変化なのかと思いながら、画面にかぶりついていた。もちろん、いくつになってもキライなものはキライだ。孤独、不信、暴力、嘔吐、罵声、怒号、汚れ、貧困、流血、死、そして、総じて男とはこうあるべきだというステレオタイプの “男観”‥‥。幾つになってもそういうものをすんなり受け入れることはできないけれど、なにがそんなに惹かれるのかと考えていたら、矢吹丈にしても力石徹にしても、けっこう負けることに気づいた。いつもいつも放送時間残り時間5分で大逆転勝ちを収める常勝主人公には飽きてしまう天の邪鬼なので、これは嬉しい。

でも、矢吹や力石が負けることなど、昔から知っていたはずだ。今回、惹かれたのは、矢吹や力石が負けるだけでなく、彼らがその負けを認め、同時に、ぎりぎりの努力をもってしてもかなわない相手のとてつもない強さを称えていることに気づいたからなのだ。8回戦で力石に敗れた矢吹に段平が、同時代に力石のようなボクサーがいることはわれわれにとって不幸だ、というようなことを言ったときの矢吹の答えは、かつての救いようのない荒くれ者の印象のかけらも感じさせないものだった。「ちがう。そういう立派なボクサーと闘えたことを心底幸せだと思う」。敗北は相手に対する優先権の “喪失” なわけだけど、心から負けを認めるとき、すでに敗者は勝者から少なからぬ影響を受けているのであって、多くのものを得ているのだと思う、と言えば、あまりにも当たり前か。

難易度:中の下(虫がお嫌いな方は、開かない方が‥‥)

by enzian | 2007-04-01 22:48 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(29)