2016年 12月 24日 ( 1 )

与えられるはずのなかった時間

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別れを告げた年だったと書いたら、心配して声をかけてくれた人がいた。今年は、父をはじめとして親族を多く送った年だったのだ。生身の親族と別れたことが応えたのはもちろんだが、ある日、墓参りに行ったらあるはずの墓が忽然と消えて更地になっていたことがあって、なにがなんやらわからなくなったこともあった。従姉妹の墓がなくなっていたのだ。後から聞けばどこかに移動したということだったが、いつも墓参りの度に花と線香を手向けてきた墓であったから、応えた。

生まれて1年せずに逝った従姉妹の墓はお地蔵さんの形をしていて、くちびるには赤が入れてあった。かわいらしいお母さんの子どもだったから、君が大きくなったらどれほどかわいらしくなったことか……いつもそう話しかけながら線香に火をつけた。そして、その従姉妹のお父さんも亡くなった。父と兄弟だとは思えないほどに、穏やかでやさしい方だった。

ただ、多くの人を送ったさびしい年であっても、感謝したこともあった。ホスピスに入った父と時間をすごせたのだ。何十年も放置した息子を父は責めなかった。ぼくも父がしたことを責めなかった。ぼくは幼いころから、与えられるはずのものがなぜ与えられないのかということを問いにしてきていて、そしてそれを根にもってもきた。だが今回与えられたのは、二人がしてきたことを差し引き計算すれば決して与えられるはずのない、ある意味で不条理だと思えるほど穏やかな時間だった。与えられるはずのないものが条理を越えて与えられたことへの感謝の気持ちを忘れることは、生涯ないだろう。

by enzian | 2016-12-24 16:02