2017年 01月 22日 ( 1 )

鈍感と敏感

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聞いたようなことを言えば、自分に話しかけている声に応えようとすることが責任なのだろうと思います。その昔、先輩から「挨拶を返せないとバカだと思われてしまうぞ」と言われて、「形式的な挨拶に外見だけの挨拶を返したら人格者になるのか」と、ひねくれた少年は反発したのですが、やはり総じてバカだったのだと思います。世の中の人は、誠実な問いかけに自然に(好んで)応答できる人と、自然にはできないけど不誠実だと思われては困るので応答する人と、応答しない人に分けられるのでしょう。

先日、駅の改札で朝から大音量の放送を流しながらのぼりを立てて「挨拶運動」なるものをしている一群の方々がおられたのですが、冷たい目で通り過ぎました。自分は昔からなにも変わっていないのかもしれません。自分のことはわかりませんが、四方八方からの問いかけに敏感過ぎる人はおのずと宗教に境を接してしまうように思います。自分の力ですべてに応えられるわけがないからです。ある意味では過度に敏感な人が別の意味ではあまりにも鈍感である、抜け落ちてさえいる……ということはよくあるわけですが、この鈍感さは、情報過多の時代に自分を守るための術でもあるのでしょうか。

by enzian | 2017-01-22 11:59