2017年 06月 12日 ( 1 )

紫陽花のこと

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寺に行ったら紫陽花が咲いていた。ガクアジサイというのだろうか、花全体がそれほど大きくはなく、中央に密集したつぼみのひとつひとつの色が微妙にちがっている。ぼくが幼いころはこんな繊細なものはなくて、紫陽花といえばもっと大作りのものだった。知らなかっただけなのかもしれないけど。

母の郷里では昼間はおじやおばたちは仕事に出ていて、幼いぼくはひとり留守の家にいた。狭くて、子どもが遊ぶようなものはほとんどない家だった。この小さな家で母とおじ2人とおばが育ったというのは信じがたいことだった。ぼくはおじが帰ってくる夕方まで延々と待ち続けた。部屋には母の父が書いたという色紙がかかげられていて、難しい字が書いてあった。漢詩であったか。

粗末な書棚がひとつ置いてあり、『旅』という雑誌が10冊ほど並んでいた。他にやることがなくて繰り返し読んだ。陽光きらめく沖縄へなんていうような記事はなくて、ひなびた信州のランプの宿‥‥みたいな、白黒の印象の記事が多かった。おばに妻籠に連れて行ってもらったことがあったから、雑誌はおばのものだったのかもしれない。たしか司馬遼太郎がコラムを書いていて、その文章の調子が心に残っている。

読み疲れると、家を出て隣のガレージに行った。紫陽花が植わっていて、その芽の部分を摘み取って遊んだ。冬にはそれを家に持ち込んで、ストーブの上で焼いたりもした。焼くといやな匂いがした。いやな匂いがするならやめておけばよいものを、毎日そんなことをしていた。その紫陽花は梅雨時になると大きな花を咲かせた。

by enzian | 2017-06-12 22:53