カテゴリ:※通勤途中( 48 )

朽ちてゆくハト

線路わきにハトが死んでいるのを毎日見ている。寒空の下でも、日一日と朽ちてゆく。あのハトは自分がいずれ死ぬことを知っていたのだろうか?‥‥ぼんやり考えている。すぐに打ち消す。もし “知る自分が無くなること” が死なら、自分の死を “知る” ことなんて、誰もできないのではないか?そもそも死がなんであるかなんて、よくわからないけど‥‥。「自分が死ぬこと」を知っていることが「人間の尊厳」だと言った人もいた。その意味は、まだ実感できない。

by enzian | 2005-12-10 10:57 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(70)

幕の内男

今日の通勤電車はおかしくて仕方なかった。前の座席に幕の内弁当をじつに幸せそうにバクバク食べている青年がいて、それだけでも十分におかしかったのだけども、その隣に座ったおばちゃんが恐ろしげな顔で10秒おきぐらいにその青年をにらみつけていて、いかにも度し難いといった表情で首を横に振っていたからだ。おばちゃんの “サイン” に永遠に気づきそうもない脳天気な青年と、怒りにうち震えた般若のような表情のおばちゃんとの、あまりの落差がおかしかったのだ。

ぼくが隣にいたとしても、般若の面にはならないけど、青年にはそれなりの違和感をもっただろう。オカズを膝の上にコロコロされてもイヤだし、マヨネーズをピュッピュッと飛ばされてもイヤだ。でも、たぶんそれだけが理由じゃない。コロコロとかピュッピュッがなくても、電車のなかで幕の内弁当を食べる人には違和感をもつと思うのだ。隠そうとするわけでもなく、マナーでしばられるわけでもなく、衆人環視のなかで欲望(食欲)丸出しのままでいられる “幕の内男” のたくましさ(?)に、心のどこかでジェラシーを感じているのかもしれない。

by enzian | 2005-12-06 20:14 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(58)

想定の範囲外

電車のなか。姿は見えないが、優先席付近で高校生らしき若い女性が携帯で話しているらしい。声の大きさは半端じゃない。しかも一言一言はっきりとしゃべっている。優先座席で、しかもわざと一言一言、はっきりと大声でしゃべるなんて、まったく変なやつだ。世も末だな‥‥。

駅に着き、女子高生?が降りる気配がした。いったいどんなやつなのか、ちょっと顔を見てやろう。場合によっては、にらめつけてやってもいい――ドアから降りたのは、腰の曲がった小さなおばあさんの手をひいた女子高生だった‥‥すべて私が悪ぅございました!

by enzian | 2005-12-03 21:05 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(46)

空間感覚

電車に乗っているとときどき感じる不思議な感覚がある。いつもと変わらない勝手知った路線のはずなのに、ふとした折に、電車がまったく逆向きに走っているかのように感じるときがあるのだ。ほかの人にもあるのかどうかわからないけど、ぼくの場合、熟睡して目を覚ましたときによく感じるし、眠っていなくても、ふと気を抜いた?すきにも感じることがある。「あらら、逆に走ってるぞ」てな具合で、なにやら落ち着かず、あまり気分のよいものではない。

そう言えば、先日、朝、目を覚ましたら、どういうわけか以前住んでいた実家の自分の部屋で寝ているような錯覚に陥って、ちょっと混乱して、変に不安になった。どこに位置してどちらに向かっているかが曖昧なままであるのは、記憶が不連続であることと同じくらい自分が自分であることにとって、なにかと不都合なことなのだろう。

by enzian | 2005-11-25 18:37 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(41)

ルール無効のアナウンス

電車にアナウンスが流れる。「車内での携帯電話での通話はご遠慮ください。優先座席付近では電源をお切りください」。乗客は、なにごとも聞かなかったように携帯の画面を見続け、楽しそうに話し続けている。バスにアナウンスが流れる。「危険物を持ち込まないでください」。このアナウンスで危険物の持ち込みを思いとどまる者など、万に一人もいないだろう。

ルールが口先だけのもので、じっさいには誰も守るはずのない虚しいものであること。ルールがまったくの効力をもたない無力なものであることの “アナウンス” が今日も流れる。こうしたアナウンスのシャワーを全身に浴びながら、子どもたちは育つのだ。

by enzian | 2005-11-22 21:42 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(29)

お人形さんのようにかわいい

電車のなか、四人の親子に出会う。お父さんアメリカ人、お母さん日本人、そして、三歳と四歳の姉妹(すべて、当方の推測)。娘たちは、おめかしして、ちょっとしたドレスのようなものを着せてもらっている。子どもがやたらと好きだというタイプではないが、自然と「お人形さんのようにかわいいなぁ」と思う。自分の気持ちにちょっとホッとする。

でも、「人形のようにかわいい‥‥」と感じるのには、違和感もある。もともと人間に似せて作ったはずのものに人間が似ている、と言って喜んでいるようなものだからだ。もともとなにかの意味で人間をモデルとして作ったはずのものが、いつしか途方もなく独り歩きして、それに似ていることを人間が誇るようなものになり、場合によっては、それに似ていることを迫ってきたり、似ていないことを罰したりする怪物のようなものとなることは、よくある。

by enzian | 2005-10-29 22:05 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(28)

電車で殴り合う古希、二人

電車での話。前の席で二人の老人が大喧嘩をはじめる。70歳を過ぎた老人たち。一方は杖を振りかざし、もう一方は怪獣のようなどなり声で、「表へ出ろ」(「電車を出ろ」のつもりらしい)などと言っている。尋常の光景ではない。二人分の席で、どちらかが半分以上の面積を占めてしまったらしい。そんな些細なことを互いに咎め合い、殴り合っている。

しょんぼりした。若者の喧嘩なら、しょんぼりすることもなかっただろう。ぼくには、歳をとること=人間的に成長すること(まるくなること)という偏見があるのだ。若者が殴り合いをするように、古希を過ぎた二人が殴り合いをしても、別におかしいことでもなんでもないのだ。経験値が上がれば自動的にレベルアップするゲームのようにはいかないのだから。

by enzian | 2005-05-25 21:32 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(45)

長靴

雨の日のバス。親子連れが乗り込む。お父さんも子どもも長靴をはいている。子どもはアンパンマンの長靴。茶目っ気のある子だ。いたずらをして水溜りを歩いたりなんかするのだろうか。

ぼくが小さい頃は、大人も子どもも雨が降ったら長靴をはいていたような気がするけど、今はそんなこともないのかな。子どもはともかく、大人が長靴をはいているのなんて、何かの作業をしている人以外では見かけなくなった。長靴を恥ずかしがっているのだろうか。「長ぐつをはいたネコ」はあんなに誇らしげだったのに‥‥。道が舗装されて、水溜りも減ったけどね。

by enzian | 2005-05-06 22:34 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(32)

イガグリは危険物なのか?

バスに乗り込み、発車を待つ。延々と同じアナウンスが流れ続ける。「危険物を持ち込まないでください‥‥」。このアナウンスを聞いて、「こらイカン。うっかり危険物をカバンに入れてきてしまった。家に置いてこなくちゃ!」なんて引き返す人がいるのだろうか? それに、危険物ってのは何なんだろう? お気に入りのイガグリなら、カバンに入ってるけど‥‥

by enzian | 2005-03-02 21:42 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(15)

潜在的な変態

電車の座席に座っている。向かいの席があいている。駅に着き、若い女性が乗り込んでくる。乗り込んできたドアに一番近いところにあるはずのその席をなぜかスルーして、わざわざ遠くの席へ行く。ン? 次の駅。また若い女性が乗り込んでくる。やはりドアに一番近いところにあるその席をスルーして、わざわざ遠くの、たいしてスペースもない席へ行く。ん?? けっきょく、おじさんが何の迷いもなくその席に座る。

二人の女性とおじさんの違いは何であろうか? うら若き乙女に遠出を強いるものとは何であろうか? 遠くの女性二人と正面のおじさんを、まじまじと見比べる。答えは簡単だった。二人の女性がスカートで、おじさんはスカートではない、ということなのだ。しかも、二人の女性は、このくそ寒い時期に、何ゆえそれほどまでに布地を節約せねばならぬのか、一種のガマン大会か?と思うぐらいの超ミニスカートなのだ。

だが、ここに問題がある。ミニスカートであることがなぜ、乙女たちをその席に座らせない理由になったのか? 女性二人の座席のロケーションとおじさんが座っている座席のロケーションを比較する。やはり答えは簡単だった。二人の向かいに座っているのは女性ばかりであるのに対し、おじさんの正面には両隣に女性をしたがえたぼくが座っているからなのだ。

二人の女性にとっては、「ぼく=顕在的な変態(あからさまな変態)」ではないにしても、「ぼく=潜在的な変態(ひょっとしたら変態になるかもしれない)」という図式が成り立っているにちがいない。彼氏以外の男はすべて最低限でも潜在的な変態で、そのうちの何パーセントかは顕在的な変態になりうる、だから警戒するに越したことはない、ってところか。

by enzian | 2005-02-12 17:39 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(14)