カテゴリ:※通勤途中( 48 )

達人の目

赤ちゃんにじっと見つめられ、照れる。カワイイからではない。何のてらいもないクリクリした黒目に、こちらの醜悪な品性を見抜かれた気がしたのだ。表情のない目は恐ろしい。ある意味、達人の凄味があった。赤ちゃんにこんなことを言うなんて、バチあたりかな。

by enzian | 2004-11-29 22:20 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(6)

紳士でいるのも大変

階段の前を紳士が歩いている。ポマード(死語?)をテカテカにつけて、スーツも決まっている。ステッキはないか、残念。足もとは?と見て、驚いた。スラックスのすそに、くっつき虫がひしめくようにくっついているのだ。この紳士、この格好でどんな草むらに入り込んでいたのだろうか?何の理由で?などと考えていると、おかしくなってきた。

階段を上がる度に両足のスラックスがこすれて、くっつき虫がパラパラ落ちる。あちこちばらまかれたいくっつき虫にとっては、さぞかし本望だろう。ひょっとすると、この紳士、こんな身なりをしていても、自然にやさしい自然愛好家なのかもしれない。だからわざわざ遠くからくっつけてきて、広域にばらまいてるんだ。そう思うと、ついに吹き出してしまった。となりのランドセル(死語?)の小学生君もゲラゲラ笑っている。

くっつき虫をくっつけているのが腕白小僧(死語!)だったら、小学生に笑われることもなかったのに。ゲラゲラ笑いは、こちらの想定とのギャップの笑い(ちなみに、ムフとかニヤニヤ笑いにギャップはない。これは想定通りの笑い)。足もとまで気を配らなきゃならないなんて、紳士でいるのも大変なんだな。

by enzian | 2004-11-25 20:24 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(5)

電車で福笑い

電車で、一心不乱に化粧をしている人を見る。まじまじと見つめるのはマナーに反するかとも思ったが、くちゃくちゃガムを噛みつつ、傍若無人な様子でまったく他人の視線を気にしていないようだったので、しばらく観察してしまった。こういう人は、きっと自分のターゲット以外の人なら、自分が化けてゆく(化粧だからね)過程を見られたところで、どおってことはないのだ。ターゲットには、「キャー恥ずかしい」とか何とか言うのだろうけど、ターゲット以外は、路傍の石ころのようなものなのだ。都合よく、石ころはそう思うことにした。

見たこともないレアなアイテムが次から次へと繰り出された。塗ったくったり、たたいたり、線を引いたり、挟んだり。一瞬の無駄な動きもない。クライマックスは、それまでなかった見事な眉が突如として出現したときだ。揺れる電車のなか、しかもくちゃくちゃガムを噛みながら、まごうことなき匠の技であった。お正月の福笑いよりもはるかに難しいだろうと感心したものだ。だから、これのどこが哲学なのか。

by enzian | 2004-11-22 21:24 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(3)

立派なおっちゃんを見た

駅に電車が着いた。当駅止まりのアナウンスが流れる。気づかずに若い女性が眠りこけている。放っておいても駅員がなんとかするはずだ、そうに違いない――。人の群れは急ぎ足で改札へと流れてゆく。が、くたくたの仕事着を着たごましお頭の初老のおっちゃんが一人、流れとは逆の方向に駆け出した。そのまま発車しては大変と、女性のそばに小走りで駆け寄り、肩をたたこうとしたのだ。

と、その瞬間、女性は目を覚まし、勢いよく手を上げたままのおっちゃんと目覚めたばかりの女性は気まずい雰囲気になった。なんとも照れくさそうな笑みを浮かべながら、なにも言わず、おっちゃんはまた改札へ向かう流れに消えた。自分の行為がなんの役にも立たなかったという恥じらい――それがおっちゃんの照れになったのだろう。でも、おっちゃん、それを見て、少しだけやさしい気持ちになれましたよ。

by enzian | 2004-11-16 21:53 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(2)

網棚を使いこなすプロのサラリーマン

電車に乗っていていつも感心するのは、網棚を使いこなせる人だ。サラリーマンのなかには、それほど大きなカバンでもないのに、電車に乗った途端にボーンと網棚に載せてしまって、そのまま座席に座って、あまつさえグーグー寝てしまう人がいる。どうするのだ、どうするのだ、とハラハラしながら見ていると、目的駅に着くとしっかり起きて、しかも忘れることなくちゃんとカバンを降ろして下車して行く。なるほど、プロのサラリーマン(変だね、この言葉)の所業だと感心してしまう。当たり前ではないか!と言われてしまいそうだが、一つのことに集中してしまうと他のことがまったく無いに等しくなってしまう、と言うと響きがよいが、もっと簡単に言うと間抜け野郎のぼくにとっては、多分、二三回生まれ変わってもできそうにない高等な芸当なのだ。

自慢ではないが、ぼくであれば、例えばいったん本を読むのに集中し始めてしまうと、しっかり目を覚ましていても余裕シャクシャクで駅を乗り過ごすだろうし、網棚どころか、自分の座っているシートの隣にカバンを置いていても、10回試みれば8回ないし9回は置き忘れて電車を降りるぐらいの自信がある。もちろん、そんなことになっては困るというので、必ずカバンには長いベルトがついたものを選ぶようにして、座っているときはできれば首からかけるか、そうでなくても常に膝の上に置くようにしている。長い傘は確実に忘れるので、折りたたみのコンパクトなものをこまめにカバンに入れるようにしている。それでも、これまで何度、忘れ物センターのお世話になったことか‥‥。渡る世間に鬼は無いようで、必ずどこぞのやさしき心根の持ち主が届けていてくれるのであったが。日頃の行いがよいからに違いない。

蛇足。ぼくのパソコンでは、「あみだなの」が「網棚の」ではなく、「阿弥陀なの」に変換されることを発見した。

by enzian | 2004-11-10 20:29 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(0)

羞恥心

帰りの電車で、ものすごい勢いではなをかむ女性を見かける。ちょっとした怪獣の鳴き声のようだった。車両中に響き渡る音だったので、何事かと驚いものだ。どうも中国人女性らしかったが、ヨーロッパ人もブーブーいわしてはなをかむから、恥ずかしがるのは日本人ぐらいなのかもしれない。

そう言えば、小学校くらいの頃、風邪ではなが止まらないときでも、かむのが恥ずかしかったことを思い出した。中学生になって、授業中に平気で勢いよくはなをかむ同級生を発見したときは、こいつは大人物なのか、それとも純粋なバカなのか、おおいに悩んだものだ。多分、バカだったのだろう。

「口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚す」とイエスは言ったが、鼻から出る鼻水が特別に不潔なものだとは思えない(もちろん、イエスの言う「汚す」の意味は倫理的な意味だけど)。鼻水に限らず、自分の体から分泌されるものを隠そうとする人間の心理とは何なのだろう? 己が体から、到底、己が分身とは思えないものが排出されることを許せないナルシシスティックな心理からなのだろうか。そんな心理がなければ、人間生活、ずいぶん楽になったろうに‥‥

by enzian | 2004-11-02 23:27 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(0)

雨の日のバス

雨の日のバスは憂鬱だ。日頃はガラガラの牧歌的なバスなのに、雨のときだけはなぜか乗客が増えて、席を探すのさえ苦労する。今日はなんとか座れたが、座れなかったらどうしてくれるのだ。それに、雨の日は絶対と言っていいほど到着が遅れる。今日なんか、最寄の駅まで25分かかりました。25分ですよ。京都市内の人なら、もう学校に着いてるのと違います?それからさらに1時間、近鉄と地下鉄に揺られるんですな。急いで一限目に行っても、学生は誰もいなかったけどね。

by enzian | 2004-10-19 19:08 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(0)

赤ちゃんの野望

これはきっとタブーで、こんなことを言ったら間違いなく変な人だと思われるだろうけど、変な人でないと思っているわけでもないので書くけど、赤ちゃんを見てかわいらしいと思ったことはほとんどない。

今日も、学校帰りの電車に赤ちゃんを連れたお母さんが乗り込んで来たけど、周りの女性が一斉に「まぁカワイイ」などと口々に言いつつ、満面の笑みで赤ちゃんをあやし始めたのにはびっくりした。ぼくには、赤ちゃんがいたいたしく見るに耐えない(「かわいい」の元々の意味)、とは到底思えないのだ。実際、何が気に入らないのか、赤ちゃんはビェービェー泣いている。おっぱいが欲しいのか、オムツを代えて欲しいのか知らないが、これって、ものすごい自己主張なのではないのか。赤ちゃんって、ある意味、欲望丸出しの、愛情独占をたくらむしたたかな生き物なのではないだろうか。そういう意味で、カワイクナイ。

by enzian | 2004-09-28 23:59 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(0)