カテゴリ:※共感覚( 4 )

名前を着る!

b0037269_0123738.jpg久しぶりに共感覚の記事です。Cさんの色と文字の関係は左のとおりです(デコメール画像をパソコンモニターに映して撮ったので、汚い写真になった、あぁ‥‥)。Cさんの場合、以前、記事で取り上げたAさんのように見たことのない文字にもすべて色がついているということはなく、色がついているのは数字、アルファベット、ひらがな、一部の漢字、空間的な位置などに限定されているようです。(なお、10以上の数字は、それぞれの桁の数字の色の組み合わせになる。)

今回の記事で取り上げたいのは、色のアンバランスのことです。文字を色で見る人のなかには、例えば、英語の単語を覚えたりするときに、スペルはちがっていても色が同じ単語は区別して覚えられない、というようなことがあるようですが、Cさんの場合にも、色にまつわるアンバランスというか違和感があるといいます。まず数式で考えてみましょう。

3+5=8 これには問題がありません。水色(っぽい青)と黄色を混ぜれば緑になるからです。しかし 1+2=3 は問題です。白と赤を混ぜても水色にはならないからです。3+4+9=16 にも違和感があります。水色と赤とグレーを混ぜても白(=1)は出てこないからです。この意味で、1が白であることは問題です。11も12も13‥‥も、111も112‥‥も、みな一桁目に白を含むわけですが、一方で、大きな数であればあるほどその数字になるにはたくさんの1から9までの数字を合算せねばならず、他方で、一般に多数の色を混ぜれば混ぜるほど白ではなく黒に近くなるからです。「1が黒であったら自分の人生は変わっていた」、とCさんはいっておった。逆にいえば、多くの人にとって違和感を感じる 1+2=7 や 1+4=7 は、Cさんにとっては安定した関係を示すものであるといえます。

次に名前と色の関係を考えてみましょう。一部の漢字には色があるので、名前に色がある人がいます。Cさんの名前に入っている色はCさんの嫌いな色で、それも違和感になるといいます。ちなみにぼくの名前は漢字4文字なのですが、すべて色がついているそうです。先日、話していたら、「今日は先生は名前を着ている」といわれました。名前の4色から成るシャツを着ていたからです。ちなみに、ぼくの名前は「きのこ」と似ているそうです。

by enzian | 2009-06-07 00:21 | ※共感覚 | Trackback | Comments(36)

共感覚2

以下は、実話ではありません。

(努力不足)
哲学史の講義中、「黄色のチョークで文字を書かないでください。黄色で書かれた “A” と “K” と “N” と “T” を見ると、どうしても眠気が押さえられなくなるのです」と学生から懇願される。授業が終わってから、ぼくはその学生に訊くだろう。「君、昨日、何時に寝た?」怪訝(けげん)な顔で学生は言うかもしれない。「12時には寝ましたけど、それがどうかしましたか?」。学生の態度に唖然としたぼくは、わけもわからず学生を諭(さと)そうとするかもしれない。「なにかをおもしろくないと思うのは、多くの場合、自分におもしろいと思える引き出しが少ないからだ。そういう引き出しを増やそうとする努力が足りないのだ」。しばしの沈黙の後、「決まった♪」とカンチガイ教師は教室を後にし、学生は「やはりダメだったか」とため息をつく。

(トラウマ)
哲学史の講義中、窓際に座っていた学生がとつぜん嗚咽(おえつ)する。驚いたぼくは学生にたずねる。「どうしたの?」学生は答える。「○とか←を組み合わせた図で説明をしないでください。そういうのを見ると、涙が止まらなくなるのです」。授業が終わってから、ぼくはその学生に聞くだろう。「以前、なにかあったの?」学生は答える。「自分でもなぜだかわからないのですが、○とか←を見ると悲しくなるのです」。ぼくは言うかもしれない。「ひょっとすると、小さいころに←○をもった人に追いかけられて、怖い思いをしたのかもしれない。それが君の心の片隅に残っているのかもしれないよ、うん、きっとそうだ」。「してやったり、掘り出したり♪ 」とカンチガイ教師は教室を後にし、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして学生は立ち尽くす。

――――――――――

以下は、「共感覚」というぼくの記事によせられた、あるいはこの記事に触発されて記事を書いた学生たちの切実な言葉です。読者のみなさんは、どうお考えになるでしょうか?

「言葉を聞いて、その色が目の前に出てくるというのは
みんなもそうなんだと思っていたんです。
漢字にも単語にも大学名にも全部色があって、ピアノの音にも色があって・・・。
聴くと目の前に色が出てきて、
そのせいで勉強がはかどらなかったりするときもあります(高校生なので)。」

「文字や数字に色がついていると学校で英語や数学をやるときとても大変です。
英語の場合は日本語と英語の色が合わないんです!!
こういうときはどうしたらいいんでしょうか??」

(アルバイト中の話)
「文庫本の補充。
何故だか、ア行がすごく多かった。
それでもア行やる!って言ったら、
○○さん(ワタシデス)がやったら1時間かかるよ…。
とあゆむくんに言われてしまった。。
カ行からでいいじゃん!ってことになり、
あたしがカ行、あゆむくんがサ行。
カ行かぁ~って思ってたけど仕方ないかぁ。って。
でも実際やってみると、なんかダメだった。。
これこそ説明が難しいんだけど、
カ行だから、やっぱりみんな色が似ていて、
順番がわからなくなって、
しかも黄色だから、ちかちかした。

なので、私は、
あゆむくん、カ行は黄色くて、私できないよ。。。
と泣き言を言ったら、
あー例のあれっすかー。
と返ってきた。
この子覚えててくれたんだー!!とちょっと感動してたら、
じゃあサ行はできます?交代しますよ。
って。

サ行は水色だからできるよーーーーーー!!!
(心の叫び)

えっいいの!?
いいっすよ~。

こんなささいなことが嬉しかったりした。」

引用させていただいたみなさん、もし不都合があれば、言ってください。すぐに削除します。ご意見などは、上記「共感覚」のコメント欄にお願いします。

by enzian | 2007-10-21 18:49 | ※共感覚 | Trackback(1)

共感覚

文字(アルファベット、数字、漢字、ひらがな‥‥)や人を色付きで見たり、色を音で聞いたりするような人はいませんか?「共感覚」(synaesthesia)という言葉があります。一つの感覚刺激に対して同時に複数の別の感覚が反応することで、特定の視覚に別の視覚が伴う人、音を見る人、味を感触する人‥‥無限のパターンがあります。ちょっと例を挙げてみます。

ABCDEFGHI
JKLMNOPQRSTUVWXYZ

1234567891011

boy girl people book child

ドイツ アメリカ

○赤=ファ♯ 青=なし 黄=レ 黒=シ♭ 薄めのオレンジ=ラ
くすんだオレンジ=ファ 黒=ド♯ ピンク=ミ 水色=ソ

上に挙げたのは、ぼくの知っている人(Aさん)がぼくに教えてくれたものを再現したものです(透明の部分は白、24色の色鉛筆を使って表現してもらったもので、正確に表現するには限界があった)。Aさんにとっては、アルファベットにはすべてあらかじめこうした色がついているとのことです。同じように、アルファベットで構成された単語にも(アルファベットの順序組み合わせによって色は変わる)、数字にも、漢字やひらがなにも色があるということでした。また、例えば、特定の人、山田太郎という人がいるとすると、山田太郎という漢字特有の色とともに、実際の山田太郎を見た場合に見える色にも特有の色があるとのことでした。くわえて、それぞれの色には音があるとのことでした。赤はファ♯、黄はレといった、つまりAさんは色を聞いているわけです。

もちろん、アルファベットや単語には、それぞの経験によってイメージがついてまわる可能性がありますから、このようなことはある程度、起こりうるわけですが、Aさんの場合は単なる経験的なイメージとはレベルが違うのではないかと思わせるものがありました。それは以下のようなものです。

1.上には表現できなかったが、色や音のイメージが極めて詳細かつ具体的であって、単なるイメージというより、今そこに見て、聞いているとしか思えないような表現をしたこと。

2.そのようなイメージは本人の経験や意志とは関係なしに生じているように思わせるものがあり、本人には変更のしようのないものだと思えたこと。

3.非常に多くの(上記のような基礎的なものだけでなくAさんのこれまで出会ったことのような単語を含む)単語を恣意的に例に挙げ、その色をメモした上で、時間を置いて再び聞いても、その色にまったく狂いはなかったこと。

次いで、以下の文章は、Aさんとはまったく無関係な、Bさんの文章です。

「山吹色のぎふはとっても綺麗な場所で、ここで生まれてよかったなぁ
なんて夕方の風景を見たりして思うんだけど、
‥‥早くピンクのさいたまに帰りたいんだよ。
‥‥1年半後には緑のとうきょうへ移住しなければいけない。
黄緑のきょうとにしておけばよかったなんてそう思うこともたまにあるけど、
やっぱりピンクでよかったよ。ピンク好きだし。」

「不安な気持ちが強くて何かどうしようもない時は、
頭の右上から黒いのがじわじわ来るような気がします。」

「お腹のそこのほうが締め付けられる感じ。
のどのあたりが苦しくなる。
青色のものが下の方からじわじわ頭の方までやってきて
そのせいで目から涙がこぼれる。
あえて言葉にするのなら。
これが寂しいってことかなぁ。」

AさんとBさんが共感覚者であるかどうかは、素人の(共感覚を判定するプロなんて日本にはいない)ぼくには断定できません。でも、共感覚者の割合は一説では10万人に1人程度だと言われますが、実際にはもっと多いはずです。なぜなら、ほとんどの共感覚者は、自分の感覚の仕方が特別であるとは感じていないだろうからです。ほかの人も自分と同じだと信じているわけです。共感覚者のなかには、共感覚者でない人(多数派)の感覚にしたがって作られた社会システムに違和感を感じる方もあるかもしれませんが、非凡な才能だと思います。心当たりのある方、おられませんか?

(参考)
■共感覚を自分の体験として分析して書いている方(Ryさん)の記事です。ぼくの記事よりもはるかに実感がこもっていて、参考になると思います。
共感覚-私を形成するもの- (←総論的な内容となっているので、まずこれを。)
共感覚-他人からの理解-
共感覚-弊害-
共感覚-他者の感覚-

■ぼくが書いた他の参考記事
アルファベットを色つきで見る人
共感覚2

by enzian | 2005-09-23 20:12 | ※共感覚 | Trackback(1) | Comments(165)

アルファベットを色つきで見る人

b0037269_11171691.jpgパトリシア・リン・ダフィー著『ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界』を読む。日本語で読める共感覚の文献には、もう一冊、シトーウィックの『共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人』があるが、著者自身が共感覚者であることもあって、こちらの方がはるかに読みやすい。共感覚とは、一つの感覚刺激に対して同時に複数の別の感覚が反応すること。音を見る人、味を感触する人‥‥無限のパターンがあるが、著者は、アルファベットを色付きで、七つの曜日を色付きの立体構造で見るという。

特におもしろかったのは、幼児はみな、感覚の分化しない共感覚的な世界に住んでいるという説。逆に言えば、通常、成長にともなって分化するはずの各感覚が何らかの理由で分化しない場合に、人は共感覚者になる。もう一つおもしろかったのは、痛みに色を見る女性のエピソード。深刻な体の不調から来る痛みと、心配のない痛みの色が違っていて、医者の診断の間違いを指摘することさえできたという。

共感覚者の割合には諸説あるが、社会的に少数派の彼らのなかには、多数派の視点から作られた社会システムに違和感を感じ、不適応を生じる者がいるかもしれない。青や緑に痛みを感じる共感覚者が、同じ色に安全や安らぎをイメージする社会で生きるのは、容易なことではないだろう。

by enzian | 2004-07-04 23:59 | ※共感覚 | Trackback | Comments(0)