カテゴリ:※山河追想( 46 )

人差し指は覚えている

右手の人差し指にはふたつの傷あとがある。ひとつは釣り上げたタチウオに噛まれたあと。大阪湾の夜の防波堤でのできごと。噛まれたあとも根性で釣り続けた。もうひとつは、ずっと記憶をさかのぼる。小学校に入ったばかりのころであったか。近所には小さな水路があって、緑の藻が生え、細長い魚が泳いでいた。澄んだ水の底には、とこどろころ赤やオレンジ色が塗られた瀬戸物の欠片が沈んでいるのがみえた。

あるときぼくらはそれを拾い上げ、壁に投げては割っていた。隣にいた、誰であったかもう覚えていない少年が欠片を投げたとき、指先に強い痛みが走った。ぼくは指先に流れる赤い血をみて家へ走って帰ったように思うが、それは曖昧な記憶で、夢であったか現実であったか、わからない。記憶でたしかめることはできないが、指の傷はそれが事実であったと語っている。思い出すことはできないが、きっと泣いて帰ったぼくに驚いたひとがいて、手当してくれたひとがいたのだ。ときどき人差し指をみて、傷あとをなぞってみる。

by enzian | 2011-11-01 23:36 | ※山河追想 | Comments(0)

「じゃ、行こうか」

b0037269_22254713.jpgKは5年生のときに引っ越してきた。Kとは不思議と馬が合った。いつもいっしょに居るわけではなくても、なにかあるとKはぼくのところにとつぜんやって来る。

とある山奥に野生の蘭が生えているらしいとやって来たときも、子どもだけで行くのは危ないのではないかといった心配とかむずかしい理由づけなんてなしに、しごく当たり前のことのようにぼくらは出かけた。年に一度、T神社で秋祭りがある日の夕暮れにも、Kはとつぜんぼくの家にやって来た。「じゃ、行こうか」「よし」。こうしてぼくらは、いそいそと、どこへでも出かけるのだった。

Kとぼくが出かけるときには、不思議と、事を果たさずに帰るということはなかった。山の中腹に蘭を見つけたときのことは昨日のことのように覚えている。秋祭りの露店ではいつも、最中の金魚すくいをつかって、金魚屋のおやじが「もうやめてくれ」と言うまで、すくい続けるのだった。Kはぼくと会えばなんでもなんとかなると信じているようだったし、ぼくの方もそんなことだろうと思っていた。いまでも祭りの露店を見かけると、瞬間にしてぼくの心は郷里の部屋に舞い戻って、Kがやって来るのではないかと窓の外を見ている気分になる。そしてぼくらはいまでもきっとこういうのだ。「じゃ、行こうか」「よし」。

by enzian | 2011-07-20 22:36 | ※山河追想 | Comments(0)

じゅうやく

b0037269_21244368.jpg街のなかといっても、どこにも土がないというわけじゃない。街路樹は植わっているし、ビルとビルのあいだにはいくばくかの土があったりする。そこには不思議とドクダミがたくさん生えていて、これほどいたるところに生えているのを見るのは記憶にない。

郷里では、これを祖母は何日か天日干しして、「じゅうやく」と呼んで煎じて飲んでいた。家には薬缶(ヤカン)がふたつあって、ひとつは祖母が摘んできて焙じた番茶で、もうひとつの小さい方はじゅうやくが入っていた。じゅうやくは強いクセのある飲み物だったが、物心ついたころから飲んでいたぼくには、むしろ美味しいぐらいのものだった。ぼくは好んでこれを飲んだ。

祖母はいつもいっていた。「じゅうやくは悪いものをみんな出してくれる。せいだい(盛大=たくさん)飲み」。祖母のいう「悪いもの」がなにを指すのかはわからなかったが、家の薬箱にはいつも「たこの吸い出し」という毒々しい緑色をした軟膏のようなものが入っていて、どこかが化膿したりするとこれを塗ると効果てきめんに膿を排出してくれる魔法の薬だったから、じゅうやくもそんなものなのかな、とぼんやり思っていた。幼いころのぼくは幸い、それほどやっかいな病気にはならずにすますことができたが、ひょっとしたら、祖母のじゅうやくのおかげだったのかもしれない。じゅうやくが「十薬」の意味だと知ったのは、いつのことだったろうか。
(写真は八重のドクダミ。ピンぼけ。)

by enzian | 2011-06-09 21:35 | ※山河追想 | Comments(2)

葦ちまき

b0037269_14383086.jpg近所の和菓子屋で、ちまきを買ってきた。「田舎ちまき」と書いてある。笹で包んだ三角形のもので、餅にはご飯の粒が残っている。新しい味だ。

ぼくの郷里では葦の葉を使っていた。葦は水辺に生える植物で、冬のあいだは枯れてしまうが、根は残っていて、春になるとみるみる緑色の芽を伸ばし、あっという間に岸辺を覆い尽くす。両脇にいっぱいの葦の葉を抱えて帰ると、祖母は練った米粉を葦の葉で包み、い草を使ってくるくる器用に巻いていく。見惚れるばかりの技だった。やがてちまきは蒸されて、葦のよい香りが辺りに漂う。砂糖をつけて食べる。何本でも食べられる。

祖母が亡くなって以来、祖母と同じ葦ちまきを食べたことがない。上品な半透明のものではなく白い餅で、砂糖は入っておらず、笹ではなく葦で包み、い草で巻いた細長い擂り粉木(すりこぎ)のようなちまき。あのとき見惚れてばかりおらず、巻き方を教えてもらっておけばよかったとも思うが、悲観してもいない。ぼくには、あのとき穴があくほど祖母の指先を見つめていた記憶が残っている。い草と、どこかでとってきた葦を前にすれば、自動的になにかがよみがえってきて、祖母と同じちまきを作ることができるだろう。ぼくは一度口にして美味しいと思った味を決して忘れない。もっとほかの記憶力がよければよかったのだけれど。

by enzian | 2011-05-05 14:58 | ※山河追想 | Comments(0)

無縁仏

b0037269_223568.jpg「保険料が三分の一になるご提案です」。「私には関係がないようなので、けっこうです」。

そう断って、「関係がない」という言い方でよかったのかわからなくなった。保険の契約をするつもりはないにしても、もっと別の言い方はなかったのだろうか。とつぜんドアをノックした見ず知らずのひとのことだから気にする必要もないはずなのに、変にいつまでも気になって困った。

(「紅」に続いて)
蓮が彫られた石の台をすぎると、ひときわ大きな石塔が立っていた。そこには地域から出兵して亡くなったらしいひとの名前と軍隊での地位らしいものが彫られていた。不思議と、そこに花が供えられているのをぼくは見たことがない。立派な石塔の足下には小さなお地蔵さんのような石塔が乱雑に置かれ、積み重なっている。路傍の石ころと変わらない石塔たち。それらはみな江戸時代以前の墓石、無縁仏なのであった。小さな石ころたちの前に来ると、祖母は決まって花を手向け、線香を供えて手を合わせた。祖母はそれをずっと続けた。

by enzian | 2011-02-11 20:41 | ※山河追想 | Comments(0)

b0037269_12413471.jpg墓地の入り口には六地蔵さんが並んでいて、祖母は手前から順番に「なむあみだぶ、なむあみだぶ」と唱えながら、線香を供えていった。

墓地に入ってすぐ、石でつくられた台が置いてあって、側面には蓮の花の模様が彫り込まれている。祖母に連れられながら、それを不思議に思っていたぼくは、あるとき聞いてみた。「これなんなん?」「これは棺桶を置くところや」。それを聞いて、幼くして亡くなった従姉妹を送ったときのことを思い出した。家系のなかではたったひとりの女の子であった。小さな子どもの体であっても、花やたくさんのもので満たされた棺を運ぶのは楽なことではないようであった。深い穴が掘られていたことを覚えている。

いま彼女を偲ぶよすがはお地蔵さんの形をした墓石になっている。唇には鮮やかな紅がさしてあって、もうずいぶんと年月が経つのに、ほとんど色あせずに残っている。やさしくてかわいらしいお母さんの子だったから、大人になればさぞやかわいらしい女性になったろう。いつもそんなことを思いながらその紅を見ている。

by enzian | 2011-02-06 12:45 | ※山河追想 | Comments(0)

おんごろ

b0037269_22395241.jpg子どものころ、悪いことをしたときに、「そんなことをすると○○が来るよ」という風なことを言っておどかされたことはなかったでしょうか。

ぼくの母は、ぼくが悪いことをすると、ときどき、「おんごろが来よるぞ!」(「おんごろ」を強調する)と言って、ぼくを怖がらせたものです。不思議なもので、おんごろがなにか知らなかったのですが、想像力の翼をもって世界を描きはじめた子ども心にはそれで十分な効果がありました。母はそれを特に夜に言ったものですから、夜に出没する「おんごろ」という恐ろしい妖怪がいるのだろうと考えていました。

後に、「おんごろ」とはモグラを意味する方言であることを知りました。郷里とはそう遠くないところには「おんごろどん」という風習があって、毎年、藁棒でもって地面を叩いてモグラを屋敷から追い出そうとするといいます。「どん」という表現からもわかるように、これなどは少しユーモラスな風習なのでしょう。でも、いまもってぼくは、あのとき母が言っていたのは「おんごろどん」ではなく、恐ろしい「おんごろ」だったのだろうと思っています。

by enzian | 2010-12-29 19:52 | ※山河追想 | Comments(0)

白い子猫

b0037269_184551.jpgちびっこ広場と呼ばれる広場があった。東側にはブランコなどの遊具が置いてあり、西側にはなにもない土地ががらんと広がっていた。学校が終わると、ぼくらはそこで毎日暗くなるまで野球をしていた。ある日、野球を終えて、なぜかぼくはまっすぐ家に帰ろうとはせず、東側のブランコの方に向かった。雨が降ったりやんだりしていた。

薄暗がりのなかから小さな白い物体がこちらに向かって歩いてきた。ずぶ濡れで、小刻みにふるえている。ふるえながら、脚を踏み出す度に左右によろめきながら、ゆっくりこちらにやってくる。白い物体が顔を上げ、弱々しく「ミャ~」と鳴いた。手のひらに乗りそうなほどの子猫であった。がりがりにやせ、あばら骨が浮き上っている。子猫がなぜぼくに向かって鳴いたのか、わかっていた。「助けてください」と鳴いているのだ。薄暗がりの雨のなか、人家離れたこの公園に来るひとはもうひとりもいないことだろう。

持ち帰ろうかと迷ったが、子猫の片目を見て、気持ちは萎えてしまった。片目はふさがっていた。ぼくは子猫に背を向けた。歩きはじめて、「ミャ~ミャ~」と呼ぶ声に後ろを振り向いた。よろめきながら子猫はぼくを追おうとしているのであった。このチャンスを逃せば自分の命が尽きてしまうことを知っているのだ。子猫は二三歩前に進んで、ことりと倒れてしまった。子猫はなおもぼくを呼んでいたが、ぼくは走ってその場から逃げた。

by enzian | 2010-10-17 23:03 | ※山河追想 | Comments(0)

綿菓子

b0037269_16503579.jpg窓を開けるとキンモクセイの香りがした。もうそんな季節になったかとため息が出るが、ともかく、これから一週間ほどはこの香りに包まれて暮らすことができる。強(したた)かな雨が花びらを散らしませんように。

香りと言えば、桂の落葉は綿菓子の香りがするというので、確かめに行った。ハートのような若葉の形にばかり目をとられて、落葉に香りがするとは思ってもみなかった。少し茶色くなりかけた落葉を手に乗せてくんくん嗅いでみたら、なるほど、ちょっと酸味がかった綿菓子のような、キャラメルのような香りがする。

割り箸をくるくるしながら綿菓子を作ったことがあったっけ。当時珍しかった綿菓子の機械を買って小学生相手に商売をしようとしたおやじがいた。ちょっと目つきの悪いひとで、足を引きずって歩いていたことを覚えている。最初うるさいほど押しかけた小学生たちも、すぐに飽きると、もう見向きもしなくなった。使われなくなった綿菓子の機械は埃をかぶり、錆びるがままになっていた。やがておやじの家は空き家になり、ほどなく更地に戻った。

by enzian | 2010-10-03 17:11 | ※山河追想 | Comments(0)

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刺激の強い表現を含むので、隠します。

by enzian | 2010-03-20 23:02 | ※山河追想 | Trackback | Comments(0)