カテゴリ:※海を見に行く( 13 )

ずっと会いたかった誰か

b0037269_230432.jpg三木清は「孤独は山にない、街にある」と言ったが、孤独は山にも海にもない。田舎者のぼくには、「街」という言葉自体がどこか孤独の影を引きずっているように思えてならない。街の孤独に疲れてひとは旅に出るのだ。

旅には誰かに出会えるのではないかという一抹の期待がついてまわるが、旅行にはそれがない。いやその必要がない。すでに傍らにいるひとと連れだって彼の地に行くこと、それが旅行だからだ。海辺には、ずっと会いたかった誰かがいるにちがいない。

by enzian | 2010-02-17 23:09 | ※海を見に行く | Comments(0)

低音

半島の先端にある集落を訪れた。どう表現したらよいのかわからないような低音が彼方から間断なく響き続けていて、それが足下からせり上がってくる。押し寄せた荒波を少し沖合にある珊瑚礁の端が打ち消している音なのであった。それは不快な音ではない。陳腐な言葉を使えば、どこか懐かしい思いを呼び覚ます音なのだ。

少年に会った。このような音のなかで育ってきた人とはどんな人なのだろうか。砂浜に降りて、貝殻を拾う。大きなものもある。耳につけてなにかを聞いてみようとした。波を砕く低音のベースに新しい音が加わった。貝殻の音は流れる血液の音だと聞いたことがある。

by enzian | 2008-12-06 18:50 | ※海を見に行く | Trackback | Comments(5)

海だ、海が見える。

b0037269_22295041.jpg不意に見える海が好きだ。電車の車窓から見える町並みが不意に途切れて、思いもしない海が見えたとき。なだらかな坂道を自転車で登り切り、とつぜん、眼下に広がる海を見たとき。

そういうとき、「海だ、海が見える」と叫ばないでいられる人とは、どんな人なのだろう。山育ちのぼくには、想像できないのだ。そんな海なら、グレーでもいい。

ぼくの場合、「海だ、海が見える」の感動は、ちょっとほかにはないタイプの感動なのだ。たぶんその瞬間、コンマ何秒かは我を忘れて、なにか普段とはちがうものになっている。

by enzian | 2008-04-10 23:16 | ※海を見に行く | Trackback | Comments(0)