カテゴリ:※街を歩く( 66 )

夜半の老婆

夜中コンビニに行ったら、かなり歳をとったやせたおばあさんが一人で缶入りのキャットフードを品定めしていた。缶に顔を近づけ、ラベルを食い入るように見ている。それに気づいたこちらは、もう自分の買い物どころではなくなった。おばあさんの異変に気づいたのは自分一人。このような場合、良い子のとるべき態度とはどのようなものなのだろうか?

勘違いをしているのかもしれないから、声をかけようか。「おばあさん、それはニャンコの食べ物で、人様の食べるものではないのですよ」。考えているはなから、これは言ってはならないことだと自分のなかで打ち消した。夜中の2時に老婆が、しかも一人でまともな食べ物を買いに来るなんてことは考えられないのだ。この時間に、一人で、人間の缶詰よりも若干安いキャットフードを買おうとすることには、それ相応のフカ~イ理由がきっとある。人間が食べても毒なわけでもなし、ここは知らぬふりをするのが良い子のとるべきキチンとした態度に違いない。

結局、良い子は買い物を済ませてコンビニを出ようとして、もう一度ペットフードの棚を見たら、老婆は忽然と消えていた‥‥「へぇ~やっぱり出ましたか、あそこの棚はねぇ」なんてことはまったくなくて、相変わらず、おばあさんはキャットフードの品定めを続けていたのだった。ヒュードロドロではないが、ある意味、それよりもイヤなものを見た気がする。

by enzian | 2004-10-15 22:08 | ※街を歩く | Trackback | Comments(0)

結局、そういうことか

久しぶりに三条大橋のたもとで「なんで屋」を覗こうとしたら、なくなっていた。世知辛い世の中、さもありなん、と思っていたら、木屋町三条でしっかりパワーアップして開業している。お題が増え、客もそこそこいる。前回は思いつめたサラリーマンらしい人が客だったが、今回は女子高生が二人、熱心に話を聞いている。こんな商売に女子高生が来るようなら、わが哲学も安泰と思いつつ通り過ぎるが、店のにいちゃんの横顔が少しカッコよさげなことに気づく。さもありなん。

by enzian | 2004-09-26 23:59 | ※街を歩く | Trackback | Comments(0)

サプリメント

近所に一件だけあるコンビニのサプリメントの棚が見るたびに立派になっている。かわいらしいデコレーションが施してあるから、店の狙いはティーンの女性なのだろう。どうもやな感じだ。何がやな感じなのか、分析してみる(つくづくヒマだね)。

1.そもそも薬というやつが嫌いで見たくない。この辺の事情については極めて個人的なヒストリーに触れなくてはならないので、詳細は略。いつか気が向いたら書こう。ただし、サプリメントは厳密には薬ではなく「栄養補助食品」だとツッコム人もいるだろうから、次。

2.サプリメントが薬っぽいかたちをしているのがイヤ。薬じゃないなら薬っぽいかたちをするな!まぎらわしくて仕方ない。それより、ビタミンCならレモンのかたちで、カルシウムなら牛の骨のかたちで、ビタミンAならヤツメウナギのかたちにすれば、キワメテわかりわすいではないか。しかし、そんな気持ちの悪い食べ物を誰が買うか、とツッコム人もいるだろうから、次。

3.ティーンの女性をターゲットにしているというのが気に入らない。この手の人たちは何だって無批判に買っちゃうわけだから、そんな大人気ないことを商業論理に組み込むのはフェアではない。これは今ひとつ意味のわからない大雑把なオジサン的見解であり、かつ、「あたしたちの眼力をバカにしないで!」といった轟々たる非難が該当者たちから飛ぶのは火を見るより明らかなので、「失礼をした」とすかさず撤回する。

4.補助的なものがエラそうにしているのが、イヤ。ツッコミのみなさん(誰?)、どうもありがとう。そうなのだ。これこそが、やな感じの源なのだ。脇役が主役よろしくふんぞり返っているのがイヤなのだ。“supplement”とは、主役がいない場合の泣く泣くの代役。代役ではなく主役を、ヤツメウナギを売れ、ヤツメウナギを、コンビニ(だから、それは無理だって)。

ともかく、どうしようもない場合にのみ仕方なくOKせざるをえないものを日常的にしてしまったら、いろいろ問題が起きる。原子力にしても、臓器の利用にしても、堕胎にしても‥‥(良い子は他の例を考えようね)。麻薬なんてその典型だけど、薬はこれが全体的にあてはまる。2に戻ると、薬と似ているから、サプリメントが薬の「どうしようもないときにだけOKするわよ」をなし崩しにするのもやなんだろうな。疲れたら腰に手を当てて「覚せい剤一本ゴクッ」、美容のためには「‥‥一錠ポイッ」みたいなノリ。ぼくは何をさしおいても次世代の課題となるのはドラッグの問題だと思っているけど、もう手遅れなのかもね。

by enzian | 2004-09-23 23:59 | ※街を歩く | Trackback | Comments(2)

マナーとルール

タバコのコマーシャルは相変わらずマナーの問題を強調しているが、そろそろごまかしはやめた方がいい。タバコが他者に与えるのは迷惑ではなく危害なのだ(迷惑と危害の差がわからないバブバブちゃんは自分で勉強しようね)。タバコの問題は、マナーの問題ではなくルールの問題。

by enzian | 2004-09-16 23:59 | ※街を歩く | Trackback | Comments(1)

合掌の憂鬱

墓参りに行く。昔から合掌が嫌いで、どうしてもこうしてもぎこちなくなる。小さな子どもが「手と手を合わせて幸せ(皺合わせの語呂?)」と言うコマーシャルがあったような気がするが、手を合わせることの意味がわからないのだ。それなりに本も読んだし、人の意見も聞いてきたつもりだが、いまだに解せない。意味はなくとも、敬虔な気持ちになったときに自然に手を合わせてしまうのが人間というものなら、当分、人間にはなれそうにない。

by enzian | 2004-08-15 23:59 | ※街を歩く | Trackback | Comments(0)

岐路

三条大橋で気になる三人を見る。西側には、毛布をすっぽりかぶった年老いた物乞い。空き缶に誘い金50円。橋の中央には、まだ年若い雲水。一心に経を読んでいる。東側には、「なんで屋」という新しい商売を始めた青年。日常生活の疑問をお題として並べ、客に選ばせて説明するらしい。一題、300円也。混じり合わない三様の道。自分が立ち尽くした岐路を思い出した。

by enzian | 2004-06-12 23:59 | ※街を歩く | Trackback | Comments(2)