<   2004年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

アンバランス

MLB放送を見る。7回の裏、観客は “God Bless America” に続いて “Take Me Out to the Ball Game” を口ずさむ。自国中心主義と娯楽――アンバランスな取り合わせだ。

by enzian | 2004-07-30 23:59 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(0)

切ないエロティシズム

b0037269_1056781.jpg近藤ようこ『水鏡綺譚』を読む。コミックとしては久々の当たりだった。全体にエロティックな雰囲気が漂うが、「タブーの侵害」といったケバケバしい意味でではない。ワタルのストイシズム、心を失った鏡子の虚ろな目と天真爛漫さ――これが、えも言われぬエロスを醸し出す。 “切ないエロティシズム” とでも言うべきか。

by enzian | 2004-07-28 23:59 | ※好きな絵本(コミック) | Trackback | Comments(0)

脱力文化

ルーズソックスやダボダボズボンに見られる若者の現象を「脱力文化」と呼ぶ人がいる。脱力文化の美徳は「あきらめ」。単なる横並びのファッションだと言えば身も蓋もないが、そこには、「しっかり」「きっちり」「たしか」「すっきり」といった既成のモラルを否定する(詳しく言えば、この否定の方法は以前は暴力的であったが、今はあくまでも力を込めず、スマートに “いなす” )ことによってアイデンティティを確かめたいというアナクロな思いとともに、努力した後に否応なしに見えてくる自らの無力さに傷つきたくないという切ない現実逃避も隠されている。

ルーズソックスこそ見ないが、大学もまた脱力文化の花盛り。教壇で努力や忍耐を声高に叫んでも、アパシーの静けさのなかで空しい思いをするのが関の山。これが山の頂なら、せめて木霊なりと返ってくるだろうに‥‥。

by enzian | 2004-07-13 23:59 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(0)

結晶

水晶を採りに行く計画をたてる。鉱物の結晶、とりわけ石英の結晶には目がないのだ。どれくらい好きかと問われれば、親指大の水晶がごろごろしているところに連れて行ってもらえれば、脈拍が上がってそのまま昇天するかもしれないぐらい好きだと答える。それ自体で幾何学的に完璧な自然の造形美に惹かれるのだ。なぜ幾何学的な模様に惹かれるか、自分でもわからない。削って指輪にするセンスも、わからない。

by enzian | 2004-07-10 23:59 | ※自然のなかで | Trackback | Comments(4)

アルファベットを色つきで見る人

b0037269_11171691.jpgパトリシア・リン・ダフィー著『ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界』を読む。日本語で読める共感覚の文献には、もう一冊、シトーウィックの『共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人』があるが、著者自身が共感覚者であることもあって、こちらの方がはるかに読みやすい。共感覚とは、一つの感覚刺激に対して同時に複数の別の感覚が反応すること。音を見る人、味を感触する人‥‥無限のパターンがあるが、著者は、アルファベットを色付きで、七つの曜日を色付きの立体構造で見るという。

特におもしろかったのは、幼児はみな、感覚の分化しない共感覚的な世界に住んでいるという説。逆に言えば、通常、成長にともなって分化するはずの各感覚が何らかの理由で分化しない場合に、人は共感覚者になる。もう一つおもしろかったのは、痛みに色を見る女性のエピソード。深刻な体の不調から来る痛みと、心配のない痛みの色が違っていて、医者の診断の間違いを指摘することさえできたという。

共感覚者の割合には諸説あるが、社会的に少数派の彼らのなかには、多数派の視点から作られた社会システムに違和感を感じ、不適応を生じる者がいるかもしれない。青や緑に痛みを感じる共感覚者が、同じ色に安全や安らぎをイメージする社会で生きるのは、容易なことではないだろう。

by enzian | 2004-07-04 23:59 | ※共感覚 | Trackback | Comments(0)