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落とし穴が好き(【R】)

今日もハイジを見る。落とし穴を作ったりなんかしている。ヨーゼフとペーターを落とそうとして、けっきょく自分が落ちてしまう、というオチ。なんともカワイラシイことで。

そういえば、小さいころ、異様に落とし穴を作るのが好きだった。庭やら公園やらでやったらと作ってよろこんでいた。明日はどんな落とし穴を作ろうか、なんて想像するだけで、夜、ワクワクして寝つけないこともあったげな。

何がそんなに楽しかったのだろう。落ちた人がケガをしたり、苦しんだりするのが楽しいというわけではなかった。落とし穴までの動線(人の動く道筋)を緻密に想定し、さまざまな創意工夫によって巧みに動線にまで誘い込み、一歩一歩、着実に奈落まで追い込んでゆく‥‥。人が自分の策略に陥ってゆくプロセスを見るのが、たまらなくおもしろかったのだ。

あのスリリングさ‥‥今思い出しても、ドキドキする。さすがに今は地面を掘ったりはしないけど、あいかわらず見えない穴を自分の周りに堀り散らかしているのかもしれないですよ、みなさん。キャ~。(引かないでね。)

by enzian | 2005-03-31 20:38 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(20)

常識がない

ちょっとした発見をした。前々から??と思っていた、ブログのコメントの横っちょにある×の意味をついに理解したのだ。たまに「自分のコメントを削除しました」とか言う人がいるものだから、「なにを言っておられるのやら?」とは思っていたのである。まさかそんなことになっていたとは‥‥。

自慢じゃないが、常識のなさ、では自信がある。もし「常識がないおじさん選手権」なるものがあるなら、関西大会でシードされるくらいの実力はそなえている。なんせ十二支がどういう順に並んでいるのか、いまだに知らないのだ。ねーうしとらうーたつみーうまひつじさる‥‥ここまではなんとかたどりつくが、その先は謎。今年が平成の何年であるのかさえ知らない。そして致命的なことに、覚える気さえない。自宅や研究室の鍵だって、どちらに回したら開くのか、記憶にない。いつも、右に回したり左に回したりして、ガチャガチャガチャガチャやって、ひたすら開くのを待っている。

「当たり前のことを立ち止まって考える」とか「日常を見つめ直す」とかリッパなことを言ってるけど、常識を見つめ直すどころか、そもそも常識を知らないのだ。

by enzian | 2005-03-30 20:46 | ※その他 | Trackback | Comments(22)

シャバシャバの責任

八宝菜を食べました。片栗粉を使って “とろみ” をつけた料理が好きなのです。中華料理にはたくさんありますし、日本料理にもあります。

ある時期まで、そういう料理を食べる度に不機嫌になっていました。とろみが足りないと感じていたのです。どの店も、揃いに揃って、なにゆえここまでシャバシャバであるのかっ!!といつも怒っていました。でもあるとき、んっ??と思いました。いくらなんでも、いつどこで食べてもシャバシャバなのはおかしいのです。じじつ、いっしょに食べている友人の料理はトロトロしているのです。ぼくの皿だけがシャバシャバなのです。

唾液に含まれる酵素の具合で、とろみがすぐシャバシャバになってしまう体質(というか、食べ方の問題かもしれない)の人がいるのを知ったのは、ずっと後のことでした。

by enzian | 2005-03-29 20:16 | ※街を歩く | Trackback | Comments(22)

高校生の眉が気になる

高校生の眉が気になる。昨日まじまじ見たのは、東邦高校の球児たちの眉。えらく細い。極限まで細い。頭に毛がない(?)のに、眉まで細くする必要はないのに‥‥あっ、むしろ逆で、髪でオシャレできないから眉でオシャレしてるのかな、なんて勝手に考えてる。テレビに映るから、予選よりも念入りに、いつもより細めに眉毛の手入れをしてるのかもしれない。東邦高校に限らず、高校球児には工夫をこらした眉が多くて、退屈しない。

でも、高校球児など足下にさえおよばない眉毛マイブームは、フィギュアスケートのとある選手だ。あの眉はどう考えても長すぎるし、細すぎる。おまけに、湾曲しすぎている。あの、なだらかに上昇傾向を描いたあとの突然の “撥(はね)”。生物オタクのぼくからすれば、カミキリムシの触覚としか思えないのだ(いい意味で言ってる)。“カミキリティ” なのだな。ゴメンネ、ファンのみなさま。

by enzian | 2005-03-28 20:11 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(10)

議事進行

初めての会議に出る。一言居士(いちげんこじ)というか、ともかく何か言いたくて参加しているような人が多い。あちこちから意見が出る。ああしろ、こうしろ。ああでもない、こうでもない。ケンケンがガクガク。

耳を傾けてみると、どの人の意見もそれなりに正しいように思える。まったくの間違いを言っている人なんていないのだ。議長も困り果てている。自分が議長だったらどうしようかと真剣に考えていたら、気分が悪くなった。

議事進行役には、ある程度の強引さが必要なんだろう。ぼくには向いていない。

by enzian | 2005-03-27 14:03 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(12)

刹那的に生きる

土曜の夜、なぜか浮かれてコンビニに行く。「お腸婦人」と「マサイの戦士」を探すのだ。どちらもドリンクの名前。1年ぐらい前に見かけてから、見ない。おそろしいスピードで商品が入れ替わっているのだ。

「今の若者は刹那(瞬間)的に生きている」という声はあちこちで聞く。「世の中の物の動きが刹那的だから、そこで成長した人間が、空気を吸うようにそれに染まって刹那的になる」という評論にいたっては、耳にタコだ。

そうなんだろうか?むしろ、替わり、移り変わってゆく事実を前にするからこそ、掛け替えのないもの、変わらないものを探し求め、それがやすやすとは見つからない事実に挫折し、傷つく人もいるのではないか?

そこに生きることで空気を吸うようにそれに染まって刹那的になるということと、傷ついた人が結果として刹那的にならざるをえないこととは、たぶんまったく別のことなのだ。

やはり、「お腸婦人」と「マサイの戦士」はなかった。

by enzian | 2005-03-26 23:05 | ※街を歩く | Trackback | Comments(25)

第二幕

今日から第二幕です。よろしくお願いします。

by enzian | 2005-03-26 14:03 | Trackback | Comments(12)

山と釣りの本

個人的には大のお気に入りなのだけど、きっと誰も知らない、説明したところで、多分誰も読まない、仮に読みたい人がいても、すでに絶版で入手のしようのない本たちの紹介です。こういう非生産的な営みが、たまらなく愉快、愉快。

b0037269_21413370.jpg『山がたり』(正・続・続々)(斐太猪之介、文芸春秋、1967・71・72年)

斐太は生涯、ニホンオオカミの生存を信じ、追い求めた。後述する山本が語る山人が杣人(そまびと)なら、斐太が語るのはマタギ。文学としては山本に及ばず、また思い込みが強すぎて追随できないところもあるが、マタギと山の動物との関係が詳細に語られる。私が特に好きなのは、続々編のうわばみ(大蛇)にまつわるエピソード。今でも、その箇所だけときどき繙く。絶版。斐太には『山中奇談』(みき書房、1975年)という希少本がある。


b0037269_2142738.jpg『逃げろツチノコ』(山本素石、二見書房、1973年)

かつて日本全国に「ツチノコブーム」が吹き荒れたが、その火付け役になったのがこの書。ツチノコのバイブル。後にいいかげんなツチノコ研究家が書いた本は、多かれ少なかれこの本の盗作。このような未知の爬虫類!が実在する可能性に、少年はどれほど胸をときめかせたことか。絶版。


b0037269_21424069.jpg『釣山河』(山本素石、二見書房、1975年)

釣りの文学と言えば、日本では、井伏鱒二とか開高健が有名どころだろうか。井伏は論外として、開高健の『オーパ!』(集英社文庫、1981年)は、アマゾンの熱気とねっとりとした開高の欲望が絡み合い、渾然一体の世界を醸し出した名著だが、いかんせん影がない(ちなみに、続編にはそうした欲望すら見えない)。釣りの本と言えば、私は山本素石を選ぶ。釣りはどす黒い欲望の世界、命を弄ぶ。欲望は影を伴うものなのだ。ただし、山本の本は、単なる釣りの世界だけではなく、彼が深山幽谷の渓流釣りをこよなく好むことから、都会の日常から懸隔された山人の世界をも描き出す。山人の世界を描いて山本の右に出る者はいまい。山本自身による版画の挿絵も、独特の世界を引き立てている。

本書は、すでに廃刊された月刊誌『釣の友』(釣の友社)に、同名にて1965年1月から147回にわたって掲載されたものの一部、絶版。入手は困難だろう。この書に限らず、山本の著作は『山本素石の本』1~4(筑摩書房、1996年)に収録されたが、これも絶版。私は小学校から中学校時代にかけて、半分は山本(と後述の福島さん)の文章が読みたくて、『釣の友』を定期購読していた。


b0037269_2143339.jpg『釣影』(山本素石、アテネ書房、1980年)

山本の私小説。釣りに興味のない人も読める文学作品。間違いなく名著だが、これを知る人はほとんどいないだろう。絶版。後に『つりかげ』(PHP文庫、1992年)として再版されたが、これも絶版。


b0037269_21433926.jpg『釣れなくてもよかったのに日記』(正・続)
(福島昌山人、釣の友社、1982・91年)

福島は、東本願寺の西側にある福島病院の元院長。山本の『釣山河』と同様、『釣の友』に同名のエッセイを掲載していた。山本の「影」が強すぎて息苦しいときに、こちらを読んだ。ただし、福島の文章にもしっかり影がある。島田アツヒトさんによる挿絵も、福島の文章と一体になっていて、味わい深い。続々編をずっと待っていたが、釣の友社が倒産した今では、それもかなわない。最も好きな本の一つ。絶版。

by enzian | 2005-03-21 22:02 | ※好きな本 | Trackback | Comments(2)

キノコの本

キノコの本はたくさんありますが、あまり専門的に過ぎない一般的な書物のなかで、特に参考になるもの、おもしろいと思うものを数冊あげておきます。

b0037269_21155020.jpg『山渓カラー名鑑 日本のきのこ』(今関六也他・編、山と渓谷社、1988年、4495円)

日本のキノコオタクのバイブル的存在。収録キノコ945種類。カラー写真の美しさといういう点では右に出るものがない。まず、これを参考にして机上で研究すべし。ただし、あまりに古いので、キノコの系統分類、毒性の有無については、最新の研究を参照しなければならない。新版が待たれる。


b0037269_21161432.jpg『きのこ』(山渓フィールドブックス10)(本郷次雄・監修、山と渓谷社、1994年、2330円)

収録キノコの種類だけなら、上掲書をしのぐ(1155種類)。ポケットサイズなので写真はやや小さいが、ポータブル。机上の研究の後は、これをもってフィールドへ飛べ。


b0037269_2116351.jpg『カラー版 きのこ図鑑』(本郷次雄・監修、幼菌の会・編、家の光協会、2001年、4700円)

「幼菌の会」というキノコ愛好会の編集によるキノコ図鑑。愛好会とは言っても、解説のレベルは高く、参考になる。日本ではキノコ研究だけでゴハンを食べている人なんていないから、アマチュアとプロの差なんて本当はないのだ。比較的新しい本なので、キノコの系統分類の正確さに関しても上掲書をしのぐ。


b0037269_21172781.jpg『きのこの絵本』(渡辺隆次、ちくま文庫、1990年、924円)

著者は八ヶ岳山麓にアトリエを構える画家。どういうわけかキノコのとりことなり、一年中キノコを追いかけ回している。42種類のキノコをめぐる美しいスケッチとセンスのあるエッセイは秀逸。食い意地がはっていていて、なんとかしておいしく食べようとするところもほほえましい。かなり毒キノコを食べているようだが、大丈夫だろうか?


b0037269_2118025.jpg『なにがなんでも!きのこが好き』(小林路子、日本経済新聞社、1998年、1470円)

やはり著者は画家。キノコ本の著者としては珍しい女性。深みのある渡辺氏のエッセイに対し、この著者のエッセイは軽快。若い頃は文学少女だったのでは、と思わせる。


b0037269_21181987.jpg『毒キノコが笑ってる――シロウトによるシロウトのための実録キノコ狩り入門』 (天谷これ、山と渓谷社、2003年、絶版)

著者はキノコとはまったく関係のないはずの都会の住人。やはりこの著者も筆が立つ。軽快な文章を書く。イラストも、オチャメでいい。シロウトが専門家に教わることなく自力でキノコ狩りをはじめると、どのようなモンダイが起こるのか。おもしろおかしく書いてある。楽しい。これを電車でニヤニヤしながら読んでいたら、隣のおばちゃんが席を微妙にずらした。そら、そうだろ。毒キノコの本を見て笑っているヤツは怖いだろう。

b0037269_21183753.jpg『日本の毒きのこ』(フィールドベスト図鑑)(長沢栄史、学習研究社、2003年、1995円)

収録されているのは日本産の毒キノコばかり約200種。最新のキノコ研究の成果。やや専門的。これを読めば、いかに多くの毒キノコがこれまで誤って食用とされてきたかがわかる。キノコを食べる気がうせる可能性もある。なお、ここにもスギヒラタケが毒性をもつことの記述はない。

by enzian | 2005-03-20 21:37 | ※好きな本 | Trackback | Comments(0)

八重山の本

個人的にどっぷりと八重山諸島にはまっています。もうたまらん、という状態です。八重山に一度も行かない人は人生を損しているとさえ思いますね。「ふらふらになるまで歩かずして何が旅かっ!」というタイプなので、じっくりと地面を踏みしめながら島々を回りたい人の参考になりそうな八重山関連の本を、独断と偏見でもって厳選して紹介しましょう。

b0037269_20403964.jpg『てくてく歩き21 石垣・竹富・西表島&那覇――気ままに船とバスの旅』(ブルーガイド・編、実業之日本社、2002年、1218円)

これはよいガイド本です。書名の通り、車を使わない人のためのガイドなのですが、実によく書けています。読む者にやさしくて、センスがあって、かわいらしいのです。これ一冊もって、飛行機に乗りましょう。

b0037269_20401578.jpg『南国世果報体験 やえやまGUIDE BOOK』南山舎 キョーハンブックス、2004年5月、1260円)

上掲書でカバーし切れない細かな情報を見ることができます。店の紹介も詳細です。いろいろ工夫してあります。旅立つ前に、しっかりおうちで下調べましょう。ただし、2003年6月に発売された号の方が出来がよろしいかと。

b0037269_2041919.jpg『やいまっぷ1・2・3』(南山舎、各525円)

「やいまっぷ」とは、やいま(八重山)のマップの意味です。1~3の三つが発売されています。1は石垣島の全図と市街図、2は竹富島、波照間島、与那国島、3は西表島、小浜島、黒島、鳩間島、新城島の詳細な地図です。1の石垣島、2の竹富島は『てくてく歩き』で十分ですが、あまりよい地図のない波照間島や小浜島や黒島をぶらぶら歩く場合には、この地図が心強い相棒になります。ぜひ、もって行きましょう。石垣島の書店やら石垣市特産品販売センターなんかでも売っています。

by enzian | 2005-03-19 20:37 | ※好きな本 | Trackback | Comments(0)