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サワガニとモクズガニ

b0037269_1826940.jpg(1)                 
郷里には井手川(いでがわ)という川が流れていました。川幅せいぜい数メートルほどの小さな川でしたが、夏でも水が枯れることはなかった。農業用水としても重宝されていたようです。

水のなかにはさまざまな生きものがいて、それらと戯れるのは、地区の子どもたちの楽しみのひとつでした。魚の種類は多くなく、フナ、カワムツ、タナゴ、ヨシノボリ、ドンコの五種類だけでした。

一番たくさんいたのはカワムツでした。一般にカワムツはオイカワ(ハエ)釣りの外道として嫌われるようですが、子どもたちにはよい遊び相手でした。かなり大きいのがいたように思います。一番の大物は、バケツに入った魚体が折れ曲がっていたことを覚えていますから、優に20センチを超えていたのでしょう。繁殖期のオスは婚姻色に染まって、それはそれは美しかった。網に入った美しい婚姻色を見てそれで十分に満足した少年たちは、そっとカワムツをもとの流れに戻してやるのでした。 

(2)
繁殖期のカワムツをもしのぐ美しさを誇っていたのがタナゴ(バラタナゴ)でした。「バラ」は婚姻色の美しさをバラの花にたとえた呼び名ですが、じっさいには、バラ色というよりも、青紫や緑や桃色を絶妙にまぜた、小さな宝石箱のような魚でした。

美しい魚は、謎を秘めた魚でもありました。井手川のたった一箇所でしか姿を見ることがなかったのです。集落にほど近い、墓地へと続く道に架かった橋の下の小さな淀み、「はかんか」と呼ばれた池から出た水が流れ込む場所でした。

「はかんか」という呼び名は、「墓の角にある池」がなまったものでした。あるとき、はかんかの護岸工事がはじまりました。重機が持ち込まれ、たくさんの人たちが働き、夜には酒盛りの声が聞こえることもありました。半年も続いた工事が終わって行けば、はかんかの周りにはおびただしい数のドブガイの貝殻が捨てられ、積み重なっていました。その量たるや、はかんかのドブガイすべてを食べつくしたのではないか、と思えるほどでした。貝殻の焼け跡から、工事の人たちが夜な夜なそれを焼いて食べていたらしいことは、察しがつきました。

工事の後、井手川で小さな宝石箱を見ることはなくなりました。タナゴがドブガイに託卵をする珍しい習性をもった魚であることを知ったのは、ずっと後になってからでした。

(3)
フナは清流よりも泥深い湖沼を好みますので、タナゴと同じように、大半は、はかんかの池から流れてきているようでした。ふだんはそれほど数は多くなかったように思いますが、とつじょとして井手川がフナで溢れかえることがありました。一年に一度、池の水を抜く池さらい(池干し)がはじまったときです。

たくさんの人がこの時期を楽しみにしていました。池の水が徐々に少なくなってくると、魚の逃げ場がなくなって、ジャコトリ(雑魚取り)ができるからです。すっかり水がなくなった池には、それまで水底だった泥地がひろがっており、ところどころにホテイアオイや、鋭い棘がついた実を茹でると栗のような味がするというヒシ(菱)が乗っかっていました。

水草もそこそこに、大人も子どもも泥だらけになって、逃げる魚を追いかけまわしました。網もなく、なんの造作もなしに魚が手づかみにできるのです。楽しかった。全身泥だらけになって、フナで一杯になったバケツを提げて意気揚々と家に戻りました。フナは祖母の大きな鍋で甘露煮になりました。

はかんかには噂がありました、骸骨があるという。教えてくれたのは二人の幼なじみでしたが、にわかには信じがたいことでした。犬でもなければ猫でもない、人間の骨なのです。好奇心が恐怖心をわずかに寄り切り、二人の案内を受けることにしました。数日前まで水底であったところに、それはありました。頭骨の上部のお皿の部分だけが、緑色に変色して横たわっていました。

甘露煮への食欲はうせました。自分ひとりでは抱え切れなくて、祖母に告げました。「はかんかにな、骨あってん」。甘露煮を見ながら、祖母はさも当たり前のように答えました。「はかんかはな、上にある墓から骨やらリン(燐)やらが流れてくるさかい、(魚は)美味いねんで」。墓地は土葬でしたから、雨などでリンが流れることあるかもしれないとは思いましたが、骨が流れ出すというのはどういうことなのか、よくわからないままでした。

謎は謎のままで、次の日も楽しいジャコトリに集中することにしました。その日は泥の池には入らず、池の水が流れ出る排水口の周囲で魚を取ることにしました。はじめてすぐに素足に当たる鋭いものがありました。取り上げれば、それは背骨でした。驚いて水に戻して、周りを見れば、あたり一面、骨だらけでした。排水口から出る強い水流で泥が洗い流され、池の堆積物が姿を現していたのです。

はかんかと墓地のあいだには竹薮がありました。墓地は明治以降の比較的新しい墓地(はかち)で、竹薮は江戸時代以前の人たちの墓地(はかち)であったこと、池の水が少しずつ竹薮を浸食して、そこから昔の人たちの骨が池に流れ込んでいることを知ったのも、しばらく後のことでした。

今、はかんかを見下ろす墓地には、あの日、甘露煮を作ってくれた祖母が眠っています。何百年かして、やがて祖母が生きていたことを知る人が誰もいなくなったころ、現在の墓地もまた、はかんかに侵食されて、祖母の骨も池に流れ込むのかもしれません。

(4)
命を育み、夏も枯れることのない井手川の水はいったいどこから流れてくるのだろうか。いつしか、井手川を遡り源流を突き詰めたいという押さえがたい思いが芽生えていました。井手川は、「神が鎮座する山」の意味をもつ甘南備山(かんなびやま)から流れ出ていました。その山は子どもが行くことを禁じられていた “聖域” でした。

あるとき、禁を破り、井手川の源流を求める “小さな冒険” に出ることを決意しました。タナゴがいる淀みを過ぎ、はかんかを通り過ぎて、道は遥かに続きます。心細くも、とぼとぼと歩き続ければ、そこは山間(やまあい)の地区にしてなお「山田」と呼ばれた山深い場所でした。いつしか井手川は魚の影も見えない小川となり、甘南備山の手前で、山の麓を取り巻くように東西に分かれていました。

東の流れはやがて小さな沼に続いていました。うっそうとした木々が覆いかぶさっています。浅く、水は透明でした。水面は鏡面のようで、木々のあいだから射し込んだ光を反射していました。美しいながらも、長くいてはならないと本能的に感じるような幽鬼漂う場所でもありました。早々に立ち去り、二度と行くことはありませんでした。

見つけたいのは、水がこんこんと湧き出る場所、そここそが井手川の源だと言える場所でした。西の流れはさらに山間へと続いていました。小川を伝い、萱原を、木々をかき分け、山に分け入ります。ポインターを連れた二人のハンターと出会いました。「坊(ぼう)、こんなところに来たら危ないぞ」。そんなことは、はなからわかっているのです。二人をそこそこにやり過ごし、山をよじ登ります。やがて、わずかな流れが崖を伝っている、滝と言うには程遠い場所にたどり着きました。山はとつじょとして急峻となり、根っこで岩を抱え込んだ木々がせり出しています。源まであとわずかに思えましたが、これ以上子どもが登るのが無理なことは明らかでした。夕暮れも迫っていました。

この、岩伝う、いかにもたよりない流れが求めていたものだったのか――はっきりとしたなにかを見つけられるはずだという思いは肩透かしにあったような気がしました。下流で遊び相手になってくれたカワムツもタナゴもフナもそこにはいません。寂しい思いが全身を刺しはじめ、甘南備山に登ってはならぬという大人たちの言葉が脳裏をよぎったとき、足元の石と石の隙間に動くものがありました。サワガニでした。石を裏返せば、小指の爪ほどの小さなサワガニたちが這い出してきました。下流では見たことのない生き物でした。うれしかった。

(5)
少年時代も終わりを告げるころ、井手川で、それまで見たこともないカニを見つけたことがあります。二つのハサミに藻(ないし毛)のようなものを生やした20センチほどの大きなカニでした。それがモクズガニと呼ばれるカニであることは図鑑からの知識で知っていましたが、なぜ井手川にいるのかわかりませんでした。モクズガニは海で孵化して川を遡り、成長するとまた川を下る(降海、あるいは降河口する)カニです。そのようなカニが、海から遠く離れた山里の小さな川にいる理由がわからなかった。戯れに誰かが放したのかとも思いました。

戯れではありませんでした。橋から井手川を見下ろせば、数匹のモクズガニが淀みの底をうごめき、死んだフナに集(たか)っていました。ながく井手川とともに暮らしながら、そのようなカニがおそらく毎年のように遡上していたことに気がつかなかったのです。

モクズガニは少年を不安にしました。甘南備山のサワガニには感じなかった感情でした。井手川を遡ろうとした少年にも、川を下ろうという気持ちはついぞ起きなかったのに、モクズガニははるばる海から自分でやってきた。小さな井手川は大きな木津川に流れ込み、木津川はさらに大きな淀川となってやがて海に注ぎます。遥かに遠く、どこまでも茫洋たる突き詰めようのない巨大ななにか。それが海のイメージでした。モクズガニは海を知っていましたが、山里に “陸封” されていた少年は海を知らなかったのでした。 (了)

by enzian | 2005-12-29 15:24 | ※山河追想 | Trackback | Comments(40)

サンタクロース四方山話

サンタクロースにまつわる思い出話、二題。学生から聞いたもの。しっかり聞いてなかったので、不正確かもしれん、ゴメンね。

学生A: クリスマスの夜、寝ていたらガサガサという怪しい音がして、パッと眼を覚ましたら、プレゼントを握り締めたおじいちゃんと眼が合いました。そのときのおじいちゃんの恐怖にひきつったような顔を、今もありありと思い出します。

学生B: ずっとサンタクロースさんを信じてました。毎年プレゼントを楽しみにしてました。でも、二十歳になった年、プレゼントといっしょに枕元に手紙が置いてあったのです。そこにはこうありました。「サンタクロースさんも疲れたので、定年を迎えることになりました。だから今年が最後です」。これまでサンタクロースさんに負担をかけていたんだなぁと思いました。

後者は、ひねくれ者のぼくには、ちょっとうらやましくもある話でした。

by enzian | 2005-12-25 11:43 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(47)

吹雪の日の奈良交通バス

吹雪のなか、バスはいつにも増して込んでいた。ぼくは最後部の席に座っている。前には母娘が立っている。奇跡的に隣の席が空いて、母が座る。母は自分の膝を指差して、言う。「どーぞ♪」大学生風の娘は迷うことなく母の膝に座る。――たったこれだけのことだけど、ぼくはちょっと感動して、びっくりもしてしまった。これはこの母娘にだけ起こりうることなのか、それとも、どこでもある話なのだろうか?考えてみよう。

1.母(座席)―娘 (膝)
2.母(座席)―息子(膝)
3.父(座席)―娘 (膝)
4・父(座席)―息子(膝)

娘と息子は20歳、父母は50歳としよう。1は今回の事例で、じっさいに起こった。2はちょっと考えにくい。ただし、埼玉から一歩も出たことのない埼玉人のぼくにはわからないけど、日常的にウケを狙っている人種の多い大阪近辺では、一種の “ボケ” として十分に起こりうることではないか(関西在住の方、教えてください)。3は起こりうるが、発生確率は1より低いだろう。4は考えること自体を拒否したくなるような性質のものではあるが、やはり大阪近辺なら、それなりの発生確率があるのだろう。したがって、ぼくの考えでは、発生確率は、1>3>2>4(ただし、大阪近辺ではこの限りにあらず)となる。だから、それがどうしたというのだ。

by enzian | 2005-12-23 12:10 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(58)

悩みの相談員

有名人による悩みの相談室というのはどこのメディアでもやっていると思うけど、ぼくにはこういう “相談員” をあまり信用していない節がある。以前は相談者の言うことをろくろく聞かずに、自分の価値観を押し付ける暑苦しい人が多かった気がするけど、ここ何年かは、相談を受ける前にとりあえず臨床心理学もどきというか、一億総カウンセラー系(?)の本をかじってからはじめる人が多いらしく、いかにも相手の言うことをよく聞いていますよ、受け入れていますよ、というような常套句からはじめる “型” どおりの対応をする人が多くて、「素人なんだから、カウンセラーを装う必要もないだろうに‥‥」などと余計なことを考えてしまう。

そんなこんなで悩みの相談室系コラムは素通りすることにしているのだけど、この方の回答なら読まずにおけないという人もいる。ひとりは重松清(以下、敬称略)で、この方のことは「今週のピックアップ・ブロガー」のインタビューで書いたので、そこをお読みいただくとして、もうひとりはピーコだ。どこがいいのかと問われれば、厳しいなかにもやさしさが感じられるところ。ダメなことははっきりダメだと言うのにそれでいてまったくイヤミがなく、ふさぎ込んだ相談者に寄り添おうとする気持ちがひしひしと伝わってくる。突き放されたようでいて、はっと気づくとそばにいてじっと自分を見つめている、というような絶妙の距離感なのだ。

先日も、自分がゲイであることに気づいて悲しんでいる男子高校生の相談に、押さえるべき点は押さえてけっこう厳しいことを言っているはずなのに、なぜか最後にはやさしい気持ちだけが残るような温かい回答をしていた。ゲイであることを「悲しい」と言う高校生は、ピーコにとってはいわば自分自身の存在を否定しているに等しい相談者のはずなのに、回答のなかではそれを気に留めているそぶりをまったくみせなかった。簡単にまねできることじゃないと思う。

by enzian | 2005-12-19 22:15 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(34)

お肌ツルツルの秘密

○HKのBS1で先日はじまった「今日の美容」は、美容なんてものとはまったく縁のないぼくでも楽しく見ることができる好番組だ。昨日は、「今なら間に合う!クリスマス直前の必勝美容術」という特集をやっていた。いったいなにが「必勝」なんだ!などとおとなげないツッコミを入れながら、○HKも思い切った特集をやるようになったと感慨にふけりつつ、テレビっ子はけっこう真剣に見ていたのだ。

特におもしろかったのはヒアルロン酸の話だった。ヒアルロン酸は、ご存知のように、人体に含まれる成分で、微量でも大量の水分を保持できることから、お肌を美しく保つためにとても重要だと近頃もてはやされている。ぼくはどちらかと言うとしっとり系なのだけど、さすがに冬になると肌がカサカサしてきて、人前でしゃべるのにあまりみっともない顔はできないということで、それなりに困ったりもしてもいた。体内に含まれるヒアルロン酸を手軽に増やす画期的な方法があるということで、飛びついたのだった。

その方法は至って簡単で、あまり人には教えたくないという気もするけど、いつもお世話になっているブロガーのみなさんへの哲学者からのちょっと早目のクリスマスプレゼントということで思い切って言ってしまえば、“夜明けごろに散歩をして朝日をたっぷり浴びる” ということなのだ。朝日を浴びるだけではだめで、浴びながら適度の運動をしていることが大切だということだった。激しい運動は逆効果で、散歩ぐらいがちょうどよいらしい。

朝日を浴びるとヒアルロン酸が増える理由はまだはっきりわかっていないそうだが、ともかく朝日と適度な運動の組み合わせが劇的な効果を生むらしい。「朝日を浴びて美しくなるセミナー」を主催しているという番組ゲストの講師(?)は、もともと人間は日の出とともに家から出てなにがしかの仕事をし、日が沈むとともに家に戻って眠るというのが自然のサイクルとしてあったから、そういう人間として本来あるべきサイクルが関係している、ともっともらしいことを言っていた。講師の話の真偽はともかく、要は、美容のためには、なんとか水とかなんとかクリームとかいった人工的なものを使うよりも、お金をかけずにそのままが一番いいということなのだ。たしかに、鬱の治療法として朝日に浴びるというのが昔から言われるくらいだから、朝日を浴びてヒアルロン酸の量が増えてもおかしくはない。

ぼくにも心当たりがある。記事には書いたことがないけど、これもプレゼントとしてそっと告白するなら、昨年の冬、ぼくはフェレット(「フェレちゃん」)を飼っていた。後に泣く泣く手放すことになったのだけど、昨年の冬は例年になくお肌ツルツルにしてニ○アスキンクリームが必要ないほどで、学生たちからも「どうして先生、そんなにお肌ツルツルなんですか?」などとうるさく聞かれたものだ。その時期、ぼくは毎朝散歩に行ってフェレちゃんとともに夜明けを迎えていたのだった。そう言えば、フェレットの早朝お散歩仲間(「フェレット倶楽部」)のみなさんも、みんなそろいもそろってお肌ツルツルだった。

ともかく、1週間もあれば十分効果が出るということだった。ハッピーなクリスマスイブを夢見るみなさん、今からでも間に合いますよ、いそげっ!――あ~ウソをついてすっきりした。怒らないでね。昨年の今頃もこんな記事を書いたような‥‥

by enzian | 2005-12-17 14:16 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(40)

オンリーワンであるべく呪われている

「私が図書館にいたとき、当たり前なんやけど、先生は個研にいて別のことをしているんやなぁと思った。みんな不安やないのかなぁ、と思った」。学生がポツリと言った言葉が頭から離れない。

あのとき生まれたのは私であり、いま生きているのは私であり、いつか死ぬのは私であって、ほかの誰でもない。私が跡形もなく消え失せたあとも、地球は相変わらず同じ速度で回転し続け、世の中はなにごともなかったかのように在り続ける。「私」であるとは、誰も代わりがないことであり、誰の代わりにもなれないこと、つまり、決定的に孤立無援であって、逃れようもなく孤独であることでもある。

オンリーワンが、ナンバーワンに代わる人生の目標のひとつとしてもてはやされたことがあった。だが本当のことを言えば、私はいつもオンリーワンであって、常にオンリーワンであるべく呪われている。得体の知れない私という生き物たちが、それぞれに交じり合うことなく、もちろん、助け合うこともできずに生きていること(たとえそのまったく逆のこともまた真であるとしても)の不安定さ――それが、学生が「不安」ということで言わんとしたことなのだろうか。

by enzian | 2005-12-15 22:22 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(33)

説得力、三割引き

ある人と、ちょっと深刻な問題について意見を交わした。深刻な話題だったのにいまひとつ集中できなかった。熱弁をふるうその人の鼻から鼻毛が一本、ビョーンと出ていたからだ。

ヒロヒロ~と気持ちよさげに鼻息サーフィンを楽しむそやつ(鼻毛)をチラチラ見ながら、「もう、どんなに熱心に話しても、この人の説得力は三割引きだな。相手が相手なら、百年の恋も冷めるだろう‥‥。生えている箇所がもう5ミリ下なら、単なる剃り残しのヒゲで済むし、眼球や唇なら、『いったいぜんたい、その毛はどうしたんですか?』などと心配して、はっきり “異変” を知らせられるのに、鼻ヒロヒロってやつは、とにかく異変を知らせることをかたくなに拒否して、しかもひたすらマヌケであり続けるという、所有者にとってはまことに過酷な運命を強いるものなのだな。それにしても、鼻の穴からはみ出した毛だけが、なぜそんなにもマヌケに見えるのだろうか?」そんなこんなをあれこれ考えていたら、深刻な説明はもうほとんど終わっていたのだった。

by enzian | 2005-12-12 21:58 | ※その他 | Trackback | Comments(22)

朽ちてゆくハト

線路わきにハトが死んでいるのを毎日見ている。寒空の下でも、日一日と朽ちてゆく。あのハトは自分がいずれ死ぬことを知っていたのだろうか?‥‥ぼんやり考えている。すぐに打ち消す。もし “知る自分が無くなること” が死なら、自分の死を “知る” ことなんて、誰もできないのではないか?そもそも死がなんであるかなんて、よくわからないけど‥‥。「自分が死ぬこと」を知っていることが「人間の尊厳」だと言った人もいた。その意味は、まだ実感できない。

by enzian | 2005-12-10 10:57 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(70)

カメムシ警報

ひとりの学生が、とある地方には、この時期(もちょっと前かな)、“カメムシ警報” ってのが発令されるのだ、と授業中しきりに主張していた(どんな授業をしてるのだ?)。冬の前には、カメムシが越冬のために屋内に入ってきて(カメムシって越冬したっけ?)、とにかくなにをやっても四六時中カメムシ臭くて仕方ないとのこと。「カメムシ注意」という看板もあって、下手をすると食べてしまうくらいうじゃうじゃいるらしい。学生の知り合いは三回食べたという。

「メンダー」を食べたという学生もいた。メンダーはタイ辺りで食用にされる昆虫で、タガメ(タガメはカメムシの系統)の一種だと思う。タガメをご存知ない方は、カメムシを巨大にして、他の昆虫を捕食するカマをくっつけたような、水棲の肉食昆虫だと思っていただければよい。メンダーには強い香りがあって、それをタイの人たちは好むらしいけど、学生は「もう食べたくない」と言っておった。ぼく自身、できることなら昆虫は食べたくないものだ。なぜイヤなのか?と問われれば答えにくいけど、たぶん、節がたくさんある系統のものが苦手なのだろう。サソリとかムカデかクモとかとは、あまり仲良くしたくない。

とはいっても、カニやらエビやらには目がないのだから、われながら勝手なものだと思う。まぁ、小さいときからクモを塩茹でして、酢かなんかにつけて食べ慣れていたら、「いやぁクモには目がないんですよね~とくにあのクモ味噌なんてたまらないでしょう。クモ好きがこうじて、冬には “クモクモエキスプレス” に乗って、クモ三昧のゼミ旅行に行くぐらいなんですよ、かっかっかっ!」なんて同僚たちと話すことになっていたんだろうな。クモがもう少し大きくて身だくさんだったら、クモとカニの立場は入れ替わっていたのかもしれない。よかったね、クモ。

by enzian | 2005-12-09 00:26 | ※その他 | Trackback | Comments(25)

幕の内男

今日の通勤電車はおかしくて仕方なかった。前の座席に幕の内弁当をじつに幸せそうにバクバク食べている青年がいて、それだけでも十分におかしかったのだけども、その隣に座ったおばちゃんが恐ろしげな顔で10秒おきぐらいにその青年をにらみつけていて、いかにも度し難いといった表情で首を横に振っていたからだ。おばちゃんの “サイン” に永遠に気づきそうもない脳天気な青年と、怒りにうち震えた般若のような表情のおばちゃんとの、あまりの落差がおかしかったのだ。

ぼくが隣にいたとしても、般若の面にはならないけど、青年にはそれなりの違和感をもっただろう。オカズを膝の上にコロコロされてもイヤだし、マヨネーズをピュッピュッと飛ばされてもイヤだ。でも、たぶんそれだけが理由じゃない。コロコロとかピュッピュッがなくても、電車のなかで幕の内弁当を食べる人には違和感をもつと思うのだ。隠そうとするわけでもなく、マナーでしばられるわけでもなく、衆人環視のなかで欲望(食欲)丸出しのままでいられる “幕の内男” のたくましさ(?)に、心のどこかでジェラシーを感じているのかもしれない。

by enzian | 2005-12-06 20:14 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(58)