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傍らで眠る、ということ

b0037269_1126157.jpg近頃ネット上で見て印象に残った文章がある。遠来の友人を家に迎えたときのことを綴った女性の一文だ。

「そのうち彼女は眠ってしまった。コロコロ転がっているその姿を見ていると何かを思い出す。猫。そして少し安心した。眠ってくれて。すやすや眠ってくれたのが嬉しかった。」

誰かがあなたのそばで眠ってくれる、というのはどういうことなのだろうか。それは、誰かによって、世界中のほかの誰でもなく “あなた” が選ばれたということなのだろうか。世界中のほかのどの場所でもなく “そこ” が選ばれたということなのだろうか。

誰かがあなたのそばですやすや眠ってくれる、というのはどういうことなのだろうか。それは、自分のもっとも無防備な姿をあなたに見せてくれた、ということなのだろうか。たとえ無防備であっても、あなたであれば自分をけっして傷つけたりはしないと信頼してくれた、ということなのだろうか。あなたに自分の命を預けてくれた、ということなのだろうか。

あくせくした生活のなかで生じたさざ波が、くったくなく傍(かたわ)らで眠るものを前にして、なぜか、すっと静まることがある。

by enzian | 2007-10-27 23:00 | ※その他 | Trackback | Comments(35)

夜ごと枕を濡らして

法律関係の書類をさわっていて、この文章をこう表現すれば書き込む者は誤解せずにすむのに、こういう風に補足説明すれば読む者は混乱をせずにすむのに‥‥と思うところがいくつもあった。書く者や読む者の気持ちになって作っていない、配慮のない書類だとつくづく感じた。いつもながら思うのだが、どうして法律関係のこととなると、こう、いかめしくて、わかりにくいのだろうかと思う。ついには、このわかりにくさゆえに成り立つ職種の方々の威厳とか社会的地位を保つためなのか、これは?などと、とんでもない邪推さえしてしまう。

もちろん、世間知らずのこちらの勉強不足は認める。それなりにむずかしくならざるをえない事情があることも、わからないではない。それでも、規則は(それがあてはまる)万人のためにあるのであって、少数の専門家の飯の種にするために作られたものではない。わかりにくい書類やいかめしい条文は、規則に無関心な怠け者や、法にたてつく犯罪者や、我田引水な解釈者たちに口実を与えるぐらいの能しかない。ごく一般の人にわかってもらえない規則など、なんの意味もない、というか、正確に言えば、マイナスの意味しかないのだ。

なにしろ、あのいかめしいテツガクシャたちだって、近頃はそれなりにわかりやすい言葉で書こうとして、あれこれ奮闘して、なかなかうまくいかなくて、夜ごと枕を濡らしたりなんかしているのだ。法律関係の方々は、そういう挫折をしたりしているのだろうか?

by enzian | 2007-10-27 15:10 | ※その他 | Trackback | Comments(8)

共感覚2

以下は、実話ではありません。

(努力不足)
哲学史の講義中、「黄色のチョークで文字を書かないでください。黄色で書かれた “A” と “K” と “N” と “T” を見ると、どうしても眠気が押さえられなくなるのです」と学生から懇願される。授業が終わってから、ぼくはその学生に訊くだろう。「君、昨日、何時に寝た?」怪訝(けげん)な顔で学生は言うかもしれない。「12時には寝ましたけど、それがどうかしましたか?」。学生の態度に唖然としたぼくは、わけもわからず学生を諭(さと)そうとするかもしれない。「なにかをおもしろくないと思うのは、多くの場合、自分におもしろいと思える引き出しが少ないからだ。そういう引き出しを増やそうとする努力が足りないのだ」。しばしの沈黙の後、「決まった♪」とカンチガイ教師は教室を後にし、学生は「やはりダメだったか」とため息をつく。

(トラウマ)
哲学史の講義中、窓際に座っていた学生がとつぜん嗚咽(おえつ)する。驚いたぼくは学生にたずねる。「どうしたの?」学生は答える。「○とか←を組み合わせた図で説明をしないでください。そういうのを見ると、涙が止まらなくなるのです」。授業が終わってから、ぼくはその学生に聞くだろう。「以前、なにかあったの?」学生は答える。「自分でもなぜだかわからないのですが、○とか←を見ると悲しくなるのです」。ぼくは言うかもしれない。「ひょっとすると、小さいころに←○をもった人に追いかけられて、怖い思いをしたのかもしれない。それが君の心の片隅に残っているのかもしれないよ、うん、きっとそうだ」。「してやったり、掘り出したり♪ 」とカンチガイ教師は教室を後にし、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして学生は立ち尽くす。

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以下は、「共感覚」というぼくの記事によせられた、あるいはこの記事に触発されて記事を書いた学生たちの切実な言葉です。読者のみなさんは、どうお考えになるでしょうか?

「言葉を聞いて、その色が目の前に出てくるというのは
みんなもそうなんだと思っていたんです。
漢字にも単語にも大学名にも全部色があって、ピアノの音にも色があって・・・。
聴くと目の前に色が出てきて、
そのせいで勉強がはかどらなかったりするときもあります(高校生なので)。」

「文字や数字に色がついていると学校で英語や数学をやるときとても大変です。
英語の場合は日本語と英語の色が合わないんです!!
こういうときはどうしたらいいんでしょうか??」

(アルバイト中の話)
「文庫本の補充。
何故だか、ア行がすごく多かった。
それでもア行やる!って言ったら、
○○さん(ワタシデス)がやったら1時間かかるよ…。
とあゆむくんに言われてしまった。。
カ行からでいいじゃん!ってことになり、
あたしがカ行、あゆむくんがサ行。
カ行かぁ~って思ってたけど仕方ないかぁ。って。
でも実際やってみると、なんかダメだった。。
これこそ説明が難しいんだけど、
カ行だから、やっぱりみんな色が似ていて、
順番がわからなくなって、
しかも黄色だから、ちかちかした。

なので、私は、
あゆむくん、カ行は黄色くて、私できないよ。。。
と泣き言を言ったら、
あー例のあれっすかー。
と返ってきた。
この子覚えててくれたんだー!!とちょっと感動してたら、
じゃあサ行はできます?交代しますよ。
って。

サ行は水色だからできるよーーーーーー!!!
(心の叫び)

えっいいの!?
いいっすよ~。

こんなささいなことが嬉しかったりした。」

引用させていただいたみなさん、もし不都合があれば、言ってください。すぐに削除します。ご意見などは、上記「共感覚」のコメント欄にお願いします。

by enzian | 2007-10-21 18:49 | ※共感覚 | Trackback(1)

たまには北に行くこともあるのだ、の巻

ぼくは嵐を呼ぶ男なのである。ぼくの方は「あんたなんかキライ!」と明確に意志表示をしているのだが、台風の方はこちらに惚れ込んでいるらしく、どこかへ行こうとするものなら、必ずじわじわとにじり寄って来る。たいてい飛行機が飛ばないか、なんとか飛んだとしても、来る日も来る日も雨か、分厚い雲の下で嘆息することになる。なんとかならないものか、と思っていたのである。

ある日、はたっと思い立った。暗い暗いと不平を言うのではなく、むしろ進んで運命を変えようと努めることこそ、いま、わたくしがなすべきことなのである。南にばっかり行こうとするからいけないのだ。その北の人は言った。「台風なんて、年に1回来るか来ないかですよ~ダイジョーブですよ~」。というわけで、台風が来そうにない北の果て、シリエトク(ないし、シレトク。アイヌ語で「地の果て」の意味)に行ったのだ。今度こそ、台風、バイバ~イ、なのである。

リス、増量しました。^^

by enzian | 2007-10-13 21:10 | ※リュック背負って | Trackback | Comments(34)

痕跡

b0037269_11261889.jpg母方の二人の祖父の墓参りをする。一人目の祖父は、年端もいかぬ娘を残して逝った。大した病気でもなかったが、滋養をつける食べ物も、医者にかかるお金もなかったという。一人目の祖父の顔を母は知らなかった。

墓石を前にして、一度も会ったことのない人に話しかけようとするが、言葉が出てこない。いつものように、一言だけつぶやく。

祖父の小さな小さな墓石は、斜めに傾いている。周りを見れば、彼岸だというのに花のない墓も多い。「この墓をご存知の方は、○月○日までにご連絡ください」。ぼくが来なくなれば、いずれ祖父の墓も無縁墓になってしまう。小さな墓石は、小さな石になってしまう。

墓地に面した畦道には、今年も彼岸花が咲いている。その昔、飢饉に備えて彼岸花を植えた人たちがいたのだろうか。その彼岸花が何百年も変わらずにこの場所で命を残し続けてきたというのだろうか。しゃがみ込んで彼岸花の球根を探そうとしていたら、仔犬が不思議そうに見つめていた。

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by enzian | 2007-10-06 11:59 | ※その他 | Trackback | Comments(24)