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幸せ詰め合わせ♪

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by enzian | 2008-07-29 23:24 | ※写真 | Trackback | Comments(14)

黒いサンタ

新聞投稿に見入ってしまった(7月20日、朝日新聞、朝刊)。紹介せずにはおれない気持ちなので、紹介する。 
私の三男が幼稚園の時、他の園児の絵と描き方が違うので、家庭に問題があるのではないかと呼び出されました。そこには三十数人の園児がそれぞれに描いた可愛いサンタの絵がありました。
 その中で、息子の絵はおでことほっぺ、ひげの3カ所が黒いクレヨンで汚れていました。「上手に描けているなぁ。でも、黒いのは何かなぁ」と尋ねてみると、彼は得意満面で、「サンタさんは、えんとつから入ったから、すすがついていて黒いんだよ」。その言葉を聞いたとき、抱き上げて「よう描けたなぁ」と褒めてあげました。
〔全て文章はママ〕
その後、息子さんは絵に興味をもったという話しが続く。常日頃、よくわかりもせんのに普通の人とそうでない人を “選別” し、後者を治療かケアの対象として固定したうえで速やかにしかるべき人に引き渡すことにだけ心を砕いて、うまくさばいた!と爽快な気分になっている自分をぎくりとさせるには十分な内容だった。

by enzian | 2008-07-27 10:27 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(27)

夕暮れ

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青と赤がせめぎ合う空。

by enzian | 2008-07-26 15:41 | ※写真 | Trackback | Comments(4)

王将

Yちゃんの家を下ってきたところにはKという万屋(よろずや。生活に必要ないろいろなものを売っている店)があって、暑い日には日に何度も自転車で駆けつけたものだ。ジュースやらアイスクリームやらを買い食いするのだ。ぼくのお気に入りは王将というアイスクリームだった。黒と赤と白の縞模様になっていて、けっこう安かった。そしてなにより、当たりつきのアイスクリームだというのがよかった。当たりが出れば、王将をもう一本もらうことができた。その当時はいろいろなものに当たりがついていて、ジュースの王冠の裏側にも50円とか100円とかの当たりがついていたりした。

Yちゃんの家は大工さんで、Yちゃんは勉強もスポーツもよくできた。神社の隣のちびっこ広場で遠投比べをして、何回投げてもYちゃんにかなわなかったのはショックだった。そのときまで、ぼくは自分よりも肩の強い小学生がいるなんて、考えもしなかったのだ。

ある日、Yちゃんがぼくの首をひったくるようにして物陰に引き込んで教えてくれたことがある。「王将には当て方があんねん。王将はな、三つの色がくっきり別れているやつを買うたらあかん。三つの色が汚く滲んでいるようなやつを買うてみ。それが当たりやねん」。さっそく二人でKに行って、Yちゃんが冷蔵庫から選んでくれた王将を食べた。当たりだった。もう一本Yちゃんが選んでくれた王将を食べた。それも当たりだった。次は自分で選んだが、それも当たりだった。Yちゃんの言うことは本当だったのだ。だけど不思議なことに、その三本目を境にして、それ以降、ぼくが王将を食べたという記憶はない。

by enzian | 2008-07-26 14:55 | ※山河追想 | Trackback | Comments(6)

自由時間

b0037269_010183.jpg朝から小学生たちがたむろしていると思えば、ビニール製の手提げかばんにいろとりどりのタオルやらなんやらが見えている。学校のプールへ行くようなのである。もう夏休みなのだな。

小学校のプールと言えば、授業がひとしきり終わったあとの自由時間がとてつもなく楽しかったことを思い出す。ばしゃばしゃ、ぶくぶく、ごくごく、げぼっ。ほんの短かな時間だったけど、全身全霊を傾けて遊んでいたような気がする。遊び終わった後は鼻がつ~んとして、横隔膜が痛かった。

なぜあれほどまでに楽しかったのだろう。水の冷たさがここちよかったのか、それとも、ほどほどに重い水の抵抗がよかったのか。

by enzian | 2008-07-24 00:13 | ※その他 | Trackback | Comments(13)

ブログの趣旨を無視した戯言

忘れ去られてしまうというのはとても耐えられないことだ。私たちは自分が他者のなかにいくばくかの位置を占めていて、その部分が他者の判断や行動に影響を及ぼすことを願っている。だから、私たちはいつまでも変わらずに私を覚えていてくれる永遠の存在を求めるのであろう。石が私たちの考えるもっとも持続的なものであるとすれば、そこに自分の名前を刻もうとすることは、私たちが永遠の存在を求めることのアナロゴンである。

だが一方で、私たちは自分自身が永遠であることに耐えることができない。人魚を食べて不老不死になった男の昔話がそれを教えてくれる。自分の心づもりひとつでいつでも無になりうるという前提において、かえって私たちの心は安定することができる。ただし、いつでも無になれるということと、実際に無になるということとは、まったく別のことだ。

by enzian | 2008-07-21 21:35 | ※その他 | Trackback | Comments(2)

ちゃぶ台

人と待ち合わせて食事。先に着いて待っていたら、店に電話がある。10分ほど遅れるという。あぁと思う。待たされたことにではなくて、“待たせたりしたら危険な人物だ” と思われていることに対して。仕事で間に合いそうにないことがわかってから、ずいぶん焦ったのだという。

学生にもよく言われる。「せんせいは、嫌われたら、見切られたら、それで終わりだと思う」と。(´ρ`)あぅあぅ。待ち合わせた人にはそんなことないよ、怒るときには理由があるといった旨の言い訳をしたのだけど、ぼくの周りにいる人たちはみんなそう思っているのだろうな‥‥‥

ぼくが誤解されているか否かは大切なことではない。問題は、“下手な扱いをしたらちゃぶ台をひっくり返しかねないむずかしい人” という認識が、過剰に周囲に気をつかわせて、負担となっていることなのだ。しかももっと問題なことは、そういう風にぼくが負担を負わせている学生が、けっしてぼくが嫌ったり、見切ったりするタイプの人ではないことなのだ。少しは負担を負って欲しいとつねひごろ願っている人は、ちゃぶ台のことなど、微塵も気づかない。

by enzian | 2008-07-20 23:17 | ※その他 | Trackback | Comments(35)

enzian、オオハシとインコにめろめろになる、の巻

鳥を撮ってみたいと思っていた。でも、ぼくのもっているレンズでは野鳥は撮れないので、神戸のポートアイランドにある「神戸花鳥園」へ行ってきた、というわけなのだ。

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by enzian | 2008-07-19 21:47 | ※リュック背負って | Trackback | Comments(13)

宵山

b0037269_23511573.jpg地下鉄の駅に降りると、浴衣の花が咲いている。肌触りのよさそうな浴衣は、蒸し暑い京都の夏にふさわしい。男の浴衣姿もちらほら。

学校では事務がcool biz をうたっていて、見るからに涼しげでよい。このクソ暑いのに毎日ネクタイをしているなんて、アホだっせ。

教員も浴衣姿で授業ができれば、さぞや涼しくてよいだろう。“教員浴衣デー” とか作ってくれないかな。強制でもされんことには、こっぱずかしくて着られんのだ。

by enzian | 2008-07-16 23:52 | ※街を歩く | Trackback | Comments(9)

蔵書

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(ぼくの、ではなく、恩師の書庫の蔵書です。)

by enzian | 2008-07-14 23:51 | ※写真 | Trackback | Comments(2)