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冬枯れ

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by enzian | 2008-12-23 17:21 | ※写真 | Trackback | Comments(0)

リアス式海岸

ときどき卒業生からブログを読みました、と言われることがある。ぼくはこのブログをいま接している学生のために書いているわけではないので、読んでいる学生はほとんどいないだろうし、なにを書こうと記事についてなにごとかを言われることもないが、不思議と、卒業生たちがなにかを言ってくれることがある。卒業して、大学とは似ても似つかぬ環境のなかに身を置けば、不意に大学の匂いが懐かしくなるときもあるのだろう。

先日も言われた。「ブログを読みました。せんせいがお母さんとお祖母さんについて書かれた文章が好きです」。祖母についてはいくつか書いているが、母についてはごくまれにしか書いたことがない。たくさんある記事をよほど遡って探し出してくれたのだろうと思った。そして、なぜ母と祖母について書いた記事がいいと思ったのか、気になった。

考えてみて、そのような記事のなかには、いつもの入り組んだリアス式海岸のようなぼくがいないからなのだろうと思った。普段着の自分の不誠実さには自信がある。だから、たいてい誰の前でも上手にウソをつくことができるが、祖母と母の前ではつけない。

by enzian | 2008-12-23 17:08 | ※その他 | Trackback | Comments(0)

自己満足

ある授業にひとり、とても気になる人がいる。もうかれこれ数ヶ月気になっている。名前はわからないのだが、どこかで見たことがある気のする人なのだ。ぼくは比較的人の顔を覚える方だから、きっとどこかで会ったことがあるのだと思う。でも、それがどこであったか、思い出すことがどうしてもできない。ひょっとすると、その人が高校生であったときになにかの機会でちらりと会ったのかもしれない。いっそ、ちょっとちょっとと呼び出して、どこかで会ったことがあるような気がするのだけど‥‥と聞こうかと何度も思ったけど、けっきょくやめた。知ったからといって、なんにもならないのだ。

by enzian | 2008-12-22 23:33 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(0)

チャレンジなんて、したくない。

ある人が「自分はチャレンジなんて、したくない‥‥平々凡々がいい」と言っていた。自分は変化なぞ望まないのだという。チャレンジしないのは、きゅうきゅうと現状維持にのみ努めるのは人間じゃないんだゾー、この続きはセミナーでねっ♪といった自己啓発命!的な風潮のないでもないこのご時世におもしろい(興味深い)ことを言う、と思って聞いていた。

とはいえ、ぼく自身はそれをおもしろいと感じても、挑戦しないことや現状を変えようとしないことを人に薦めたりはしない――と言えば、さすが人が能力を伸ばすのを手助けしようとする教育者ですねぇなどと言われるかもしれない。

ぼくが考えているのは、なにを “新しいこと” と考えるか、なにを “チャレンジ” と考えるかは人によって大きく違う、というそれだけのことなのだ。火星旅行のみを人がなすべき唯一の挑戦だと思う人もいれば、学校へ行く道筋を一本違(たが)えることがとてつもない挑戦だと考える人もいる。チャレンジしたくないと言った人も、たぶんその言葉とは裏原に新しいことに挑戦しようとしているのだろう、たとえぼくの目にはあまりに “微細” な変化に過ぎて見えないとしても――とぼくは勝手に思い込んでいる。

by enzian | 2008-12-21 13:12 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(2)

しなしなの恨み

朝からコーンフレークを食べていたのだ。ぼくは牛乳を飲むとお腹がゴロゴロするのだが、牛乳をしみ込ませてしなしなにしたコーンフレークが極度に好きなので、そのような危険を賭してまでも時にはコーンフレークを食べざるをえない。そうなのである。ぼくにとっては、めいっぱい牛乳がしみこんで、「もうこれ以上しなしなになることはできません、ぐふっ」というぐらいのぐだぐだでないコーンフレークはコーンフレークにあらずなのだ。パリパリカリカリのコーンフレークなぞ、小賢しくて、まったくもって片腹痛い。

ところが、今朝のコーンフレークは異様にパリパリのカリカリで、いくらスプーンで押して牛乳に浸しても、しなしなになりよらん。いつまでもしゃきっとしておる。しかたなく、さっさとしなしなを食べたい気持ちをぐっとこらえて8分ほど待って、やっと、ちょっと硬いけどまぁ及第点だと思えるぐらいのしなしなになった。そういうことで、ぼくはいっしょにコーンフレークを食べる人の分のもパリパリであってはさぞやお困りであろうと考え、コーンフレークの入ったお皿にトクトクと牛乳を注いでおいてやったのである。

今日も朝からいいことをしたと、しなしなになってゆくコーンフレークの様子を見ながらひとり微笑んでいたら、テーブルについたその人は言いましたな。「もぅ食べる直前がいいのに!」。ぼくはなんでもかんでもしなしながいい、とまでは言わぬ。が、有馬の炭酸せんべいとコーンフレークはしなしなが好きなのだ。しなしなの良さを見直すべきである。

by enzian | 2008-12-14 13:01 | ※その他 | Trackback | Comments(20)

光芒

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by enzian | 2008-12-14 12:40 | ※写真 | Trackback | Comments(2)

どんぐりこ

「どんぐりころころ どんぶりこ」だと聞いて、朝からびっくりした。長いあいだ、「どんぐりころころ どんぐりこ」だと思い込んでいたからだ。そう言われてみれば、「どんぶりこ」の方が筋はとおる。いつこの歌を覚えたかは忘れたが、幼いころからぼくは思い込みが激しかったのだろう。今でも、ちょっと部分をかじっただけで、すっかりわかってしまったつもりでいる。

「どんぶりこ」などたわいないことだが、いつも会話の途中でちょっとした、ほっとするようなエピソードをはさんでくれて感じのいい方だなぁと思っている人がこんなことを言っていた。大切な勉強会があったのだけど、そのメンバー全員が会場を間違えていて、どうしてはじまらないのか?と疑問に思いつつ、しばらくなんだかんだ言いつつ待ち続けたのだという。けっきょく、会合は無事開くことができメデタシメデタシだったそうなのだが、その話はぼくにはしみた。なんだかんだ言いつつあらぬものを待ってはいないだろうか。

by enzian | 2008-12-13 11:10 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(17)

低音

半島の先端にある集落を訪れた。どう表現したらよいのかわからないような低音が彼方から間断なく響き続けていて、それが足下からせり上がってくる。押し寄せた荒波を少し沖合にある珊瑚礁の端が打ち消している音なのであった。それは不快な音ではない。陳腐な言葉を使えば、どこか懐かしい思いを呼び覚ます音なのだ。

少年に会った。このような音のなかで育ってきた人とはどんな人なのだろうか。砂浜に降りて、貝殻を拾う。大きなものもある。耳につけてなにかを聞いてみようとした。波を砕く低音のベースに新しい音が加わった。貝殻の音は流れる血液の音だと聞いたことがある。

by enzian | 2008-12-06 18:50 | ※海を見に行く | Trackback | Comments(5)

子どもたち

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残念だけど、子どもの表情をブログに載せることはほぼ不可能だと思う。
この写真はインドの、しかも少し前の写真ということで許してください。

by enzian | 2008-12-05 23:07 | ※写真 | Trackback | Comments(2)

彼方を見つめる目

ぼんやりと遠い彼方を見つめているような目に会うことがある。現在ではなく、現在に連なる遠い過去を、現在に連なる遠い不確かな未来を見る目だ。それはすでに現在を明(あき)らめてしまったと感じている目であり、わかり切ってしまった今を見つめる必要などない、と考えている目なのだ。ひときわ手強い目でもある。

by enzian | 2008-12-05 22:37 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(2)