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絆創膏

b0037269_22153892.jpg定期試験も終わり、大学はお別れへの助走期間に入った。たくさんのさよならをするのだ。

ぼくは「また会いましょう」という言葉をほとんど使ったことがない。方々で「鬼」と評され、そしてその評価はじつに正確なのだが、かといって「また会いたい」という気持ちがないわけではない。ひとたび出会って情が移れば、もう二度と会えないなんて誰だってやなこった。そんなの、当たり前じゃないか。

ぼくが「また会いましょう」といわない理由はふたつ。ひとつは、再び会っても、喜んでもらえるようなものはなにも持ち合わせていないと思うからだ。もう会わないことは、運悪く一度出会ってしまったことへのおわびのしるしなのだ。もうひとつは、ぼくの場合、追いかける(というより、正確には追尾する)能力が人並み以上に備わっているので、追わないでおくこと、視界に入れないようにすることに全力を尽くさねばならないからだ。もう逃がしてあげなきゃ。目を閉じて、包帯をぐるぐるに巻いて、その上に絆創膏を貼って留める。

by enzian | 2010-01-31 22:18 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(12)

「慈悲ガ過ギタ」

b0037269_23475858.jpg奈良県の北のはてに西大寺という名刹がある。鎌倉時代、西大寺には忍性(にんしょう)という律宗の僧侶がいた。彼は宗学よりも、非人の救済を含む広い慈善活動に力を注いだ。そうした活動への忍性の傾きは強く、師の叡尊から「良観房(忍性)ハ慈悲ガ過ギタ」と苦言を呈されるほどであったという。

そのような忍性を語る逸話が『元亨釈書』に残っている。

西大寺から離れた奈良市中のはずれ、奈良坂というところに癩者の物乞いが住んでいた。手足はよじれ、物乞いに出かけるのもむずかしく、数日食事ができないこともあった。忍性は物乞いを憐れみ、夜明けに住まいに行き、背負って運び、物乞いをしやすい市中に置いた。夕方には背負って連れ帰った。これを何年も休むことなく続けた。癩者は臨終にこう言ったという。「我、必ず又此間(この世)に生まれ、師(忍性)の役となりて師の徳に酬わん」。彼はまたその印として顔に瘡をとどめておくと言った。その後、忍性の弟子に顔に瘡のある働き者がいて、人々はあの癩者の生まれかわりであるとささやいた。

by enzian | 2010-01-29 23:52 | ※その他 | Comments(0)

大学の責任

先日、定時制高校の教員の話をNHKでやっていたので観た。すごく単純化して言ってみれば、学生との対話を重視している先生の話しで、おもしろくなくはなかったのだが、特別に感心したこともなかった。学生との対話を重視しているというのなら、研究を抱えた大学の教員でも普通にしていることだからだ。むしろ学生との対話という意味なら、個人研究室をもった大学の教員の方が環境としては整っているだろう。もちろん、なかにはいまだに自分を「教壇に立つ者」などと定義する時代錯誤な方もおられるのだが‥‥。

その定時制高校の先生は言っていた。自分がこのように学生との対話を重視するようになったのは、一人の学生の退学を止められなかった苦い経験からなのだ、と。その話を聞く限り、その先生に落ち度はないと思えた(もちろん、話せないような事情もあるのだろうが)。そして、それ以降、一人の退学者も出していないのだという。毎年何人かの学生を退学させてしまっているぼくは、心底、驚いてしまった。

何人かのなかには明らかに自分の失敗だと思える例がある。これには、歯ぎしりしながら、二度と同じミスは繰り返すまいと誓うしかない。だが、できる限りの時間を費やし、考えうる限りの手段を尽くしても退学を止めることは不可能であったと思える場合は、はるかに多い。退学に賛成して、そこから教師と学生ではない、人間と人間の長いつきあいがはじまった例も少なくない。そのいくつかは墓場まで続くのだろう。4年の教育に責任をもつべきことは当然であるにしても、4年の教育だけが大学の責任なのではない。

by enzian | 2010-01-25 22:48 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(4)

布団のなかの哲学

b0037269_22553145.jpgふかふかしたお布団や毛布にくるまれてぬくぬくする。これは幸せですよね。これがなんで幸せになるのかわかりませんが。この時期、夜遅くまで受験勉強を続けて、お布団にくるまるときだけが幸せなんだ、なんて受験生もたくさんいることでしょう。

ですが、このふかふかのお布団が今朝のような寒い朝にはそのままで忌々(いまいま)しい存在にもなります。昨夜あれほどやさしく受け容れてくれたあのお布団が、今はぼくをすっぽり呑み込んだまま、なかなか吐きだしてくれないのです。ふかふかのお布団は天使でも魔物でもあるのですよね、なんてことを言うと、お布団と毛布は責任転嫁するな!と怒るかもしれませんが。

そうこう考えているうちに非常用のふたつめの目覚まし時計がジリジリ鳴って、ぼくはようやくふかふかのお布団からの自立を決意した。今日も朝から仕事、仕事。

by enzian | 2010-01-18 22:32 | ※その他 | Trackback | Comments(6)

彼方への私信

数年間をいっしょに過ごしたのですから、お別れするのはつらいことでしょう。完璧な付き合い、後悔を一切残さない別れなど、きっとないのです。出会えたこと、数年間いっしょに暮らせたことのお礼を込めて、送ってあげられればいいですね。自分を責めすぎないようにして。

by enzian | 2010-01-16 21:56 | Comments(0)

山田の向こうの山田

b0037269_2213347.jpgどの漢字を使ったらよいのかいつも迷う言葉がある。「こえる」だ。長いあいだ、「越える」と「超える」、どちらを使うかでぐらぐら揺れている。

もちろん文脈にもよるのだけど、院生のころは好んで「超える」を使っていた。自分が明らかにしようとしているものは「超える」ものにちがいない。「越える」では弱い気がした。実際はさしてちがわない意味なのかもしれないが、ぼくのなかでは、「越える」は同質のものへの変化であり、「超える」は質的に異なる――しかも優(上)位にある――ものへの変化という印象があるのだ。

中学に入って間もないころ、地区の山に登ったことがあった。山の向こうになにがあるのかどうしても見たかったのだ。そこはもう大阪なのだと聞いていた。稲も作れそうにないような山田を過ぎて、うっそうとしげる熊笹をかきわけて、やっと山の頂にいたった。視界が開けた。見下ろしたそこには、こちらとなにも変わらない山田が広がっていた。

by enzian | 2010-01-11 18:57 | ※山河追想 | Trackback | Comments(12)

理路整然と否定されることのすがすがしさ

会議などで理路整然と否定されるのは、たとえ自分の意見が完膚無きまでに論破されても、すがすがしい気分になれたりする。こういう気分になる理由は、ひとつには自分が根拠として弱いと秘かに恐れていたところをずばりとついてくれるからだ。これはある意味で自分が正しかったと言ってくれているのに等しいし、誤ったことを強引に実行することが引き起こす良心の呵責を取り除いてくれてもいる。もうひとつは、自分が想像だにしていなかった誤りを指摘して、自分の無知を知らせてくれるからだ。正しいことは正しい、正しくないことは正しくないと互いに言えるひととの議論ほど楽しいものはない。逆に、はじめから結論を決めている者と話し合うことほど不毛なことはない。

by enzian | 2010-01-10 23:53 | ※その他 | Trackback | Comments(4)

アンダーライン喪失

個研には本を置いているわけだが、どう気をつけていても、年に数冊は紛失する。たいていは誰かに貸してそのまま行方知れずになるのだが、たしか誰かに貸したという記憶はあっても、それが誰だったか、思い出すことができない。もちろん、何パーセントかの紛失が生じることは織り込み済みだし、買い換えればよいことで、そのためのお金など惜しくないのだが、打ち明ければ、ひとつがっかりすることがある。

ぼくは自分が読んでおもしろい、勉強になると思った本しか貸さない。つまらないと思った本は、「読んでも時間のムダだからやめておいた方がいい」とはっきり言う。あまりに主観的な‥‥と思うひともいるかもしれないが、自分が貸す本ぐらい勝手にさせてもらう。おもしろいと思った本には必ず鉛筆でアンダーラインが引いてある。さらにおもしろいと思った箇所には余白部分に◎が書き込んである。それは自分が最初に読んだときにおもしろいと思った箇所、そのとき抱いた自分の気持ちを示すものなのだ。

ときどきぼくはどんなところにアンダーラインを引いているのかと、好きな本を開けることがある。かつての自分に会おうとするのだ。未熟だと思うときもあるし、何年も前にこんなことに気づいていたのかと自画自賛することもある。そうして、しみじみ自分を懐(なつ)かしむ。アンダーラインを引くことによって、ぼくは著者のみならず、自分自身とも対話することができる。当たり前のことだが、買い換えた真新しい本にアンダーラインは引かれていない。

by enzian | 2010-01-08 22:11 | ※キャンパスで | Comments(0)

ミカンとスズメ

あまり信心深い方ではないが、正月を迎える前にはしめ縄ぐらいは張る。小さな梯子を使って玄関に取りつける。ミカンが真ん中にくるようにして、しっかり固定する。立派なしめ縄には昔ながらのダイダイ(橙)がついているのだろうけど、ぼくの家のは小さいしめ縄なので、「葉ミカン」というものだろう。「代々(栄える)」じゃなくて「未完」でよいのかなという気もするが、完成してしまうと先がないわけだから、けっきょく「未完」も「代々」も同じ意味なのかもしれない、どのみちぼくが後世に残すものなどないんだけど。

玄関の戸を閉めて、しばらくしてミカンが曲がっていないか確認したら、しめ縄にスズメたちが集まっていた。稲についた米を親子連れで強奪しているのだ。米をしごかれた稲はごわごわになっている。昔、「髪の毛をとかないと “スズメの巣” になるよ」と叱られながら髪をといてもらったのを思い出した。しめ縄のわずかばかりの米も山里で冬を越すスズメには大切なものなのだろう。この時期にしめ縄が張られることを知っていて、じっと待っているのだ。我が家のしめ縄は正月を迎える前にすっかり米なしになり、葉ミカンは残った。

by enzian | 2010-01-05 22:40 | ※その他 | Trackback | Comments(10)

始末書ブログ

ずっと苦々しく思っていた。「なにげない日常を」といいつつ、いま起きていることはなにも書いていないと。誰しもそうだろうが、ぼくもまた日々学校で起こっていることをつぶさに書くことはできない。書けるのはせいぜい、幼いころの情景や10年以上前の昔話ばかりになる。いつから懐古趣味になったのかと、ブログをはじめてから内心では嘆いていた。

だが最近、そうした嘆きは誤りだと思うようになってきた。ひとつの光景や場面をもう一度とりあげ、せっせと水をやって、できた種をまた自分で耕した畝(うね)に植え直す――そういう時間のかかる作業を経なければ、ぼくはそれを言葉に落とし込めない質(たち)なのだ。けっきょくのところ、「植え直すのに失敗しました^^;」という自分自身への “始末書” ぐらいしか書けないんだけどね。

さあ今年も、始末書ブログのはじまり、はじまり。

by enzian | 2010-01-01 21:58 | ※その他 | Trackback | Comments(13)