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金柑

丸ごと食べられる金柑を食べました。皮だけでなくて中身まで甘いのです。詳しく言うと、皮と中身の甘みは別の味で、どちらかと言えば、中身の甘みの方があっさりしていて親しみやすい気がしました。それにしても、外よりも中が甘い金柑となれば、それは金柑界の“コペルニクス的革命”だとぼくは思うのですが、そうですか、誰も思いませんか。

中身を捨てる必要がないのはいいですね。丸ごと食べられるのは楽ちんです。でも、なんでもかんでも甘くするのはいかがなものか。昔の金柑は皮の甘さのすぐ下には気合いの入った酸味が控えていて、甘さだけを楽しみたい子どもたちには口先での慎重な作業が必要でした。歯を入れるのがちょっと深いと酸味が舌を突き刺します。そうやって酸いと甘いを噛み分ける術を身につけたのです。甘さと酸っぱさのきわきわが楽しいのです。日頃、学生たちから「スィートさん」と呼ばれる私であっても、甘いだけじゃイヤなのです。

実家には金柑の木があって、真冬でも黄色い実がたわわになってました。祖母はよく歌っていたものです。「きんかん、かわくて、みぃやろか♪」(金柑の皮を食べて、中身をあげようか)。歌い終わるといつも祖母はぼくの方を見て、にやりと笑うのでした。

by enzian | 2011-02-28 00:07 | ※その他 | Comments(0)

貨物列車

b0037269_22324780.jpg引越屋に、このごろは電車では運ばないのですかと聞いたら、責任問題があるとかで、ほとんど使わないらしい。

ときどき京都駅などで貨物列車が通るのを見るが、昔のようにいったい何両あるのかと思うような長いものはない。来たと思ったら、すぐに最後の車両が通りすぎてしまう。貨物を乗せていない空の車両も多くて、以前とは隔世の感がする。物資の運送の中心は電車ではなくてトラックになったのだろう。母の実家のすぐそばの瀬田川から、ガタンゴトンと陸橋を渡っていく貨物車両がいつまでも続くのを見るのが好きだった。いまでも瀬田川に行くことがあると、長い貨物列車が来ないかと鉄橋の方を見る。

by enzian | 2011-02-19 21:02 | ※その他 | Comments(0)

雪だるま

寒い。ほとんど雪の積もることのない我が家の周辺でも、この冬ばかりはなんども雪が積もった。近所の家の軒先には、子どもたちの手になる雪だるま氏たちがいつまでも溶けることなく、棒っ切れやらなんやらでつくられた虚(うつ)ろな表情を変えることもできずに突っ立っている。最初はぎゃーぎゃーと騒がしかった子どもたちも薄情なもので、自分たちがつくった人の形のことなどさっさと忘れて、別のことにご執心の様子である。かく言うぼくも、ひとつの論文を書き上がらぬうちに新しい論文、また新しい論文、別の書類と書かねばならぬものが増えていって、心のなかに虚ろな雪だるまをつくり続けている。

by enzian | 2011-02-17 00:13 | ※その他 | Comments(0)

目を閉じて感じ取る

いつも6時すぎには目が覚めるのに、雨戸を閉じて寝ていたら、起きるのが遅くなってしまった。雨戸を閉じていると、朝の訪れを感じることができず、どうしても起きるのが遅くなってしまう。そんなことだから、ゆっくり寝て睡眠時間をとりたいときには、わざと雨戸を閉めたりすることもある。目を閉じていても、目は薄いまぶたを通して日の光を感じ取っているのだろう。「目を閉じる」とは、すべてをシャットアウトすることではない。

by enzian | 2011-02-13 23:17 | ※その他 | Comments(0)

無縁仏

b0037269_223568.jpg「保険料が三分の一になるご提案です」。「私には関係がないようなので、けっこうです」。

そう断って、「関係がない」という言い方でよかったのかわからなくなった。保険の契約をするつもりはないにしても、もっと別の言い方はなかったのだろうか。とつぜんドアをノックした見ず知らずのひとのことだから気にする必要もないはずなのに、変にいつまでも気になって困った。

(「紅」に続いて)
蓮が彫られた石の台をすぎると、ひときわ大きな石塔が立っていた。そこには地域から出兵して亡くなったらしいひとの名前と軍隊での地位らしいものが彫られていた。不思議と、そこに花が供えられているのをぼくは見たことがない。立派な石塔の足下には小さなお地蔵さんのような石塔が乱雑に置かれ、積み重なっている。路傍の石ころと変わらない石塔たち。それらはみな江戸時代以前の墓石、無縁仏なのであった。小さな石ころたちの前に来ると、祖母は決まって花を手向け、線香を供えて手を合わせた。祖母はそれをずっと続けた。

by enzian | 2011-02-11 20:41 | ※山河追想 | Comments(0)

エリート意識

つくづく尻馬になど乗るものではない。彼氏をなじる彼女の尻馬に乗って彼氏を非難したり、親をあしざまに言う彼の尻馬に乗って親をなじったりしようものなら、いつ彼氏や親に向けられていた刃(やいば)がそのまま回れ右をして自分に向くかわかったものではない。くわばらくわばらである。本人が否定してよいからといって他人も否定してよいことにはならない。

とはいえ、ふらふらと尻馬に乗ってきた善良な当方に刃を向けるひとの気持ちもわからないではない。ぼくらは多かれ少なかれ、特定のものについては自分がいちばん知識をもっており、不可侵の権限があるという“エリート意識” をもっている。そういう意味で、彼女にすれば彼氏を批評するのは彼氏の “世界的権威” である自分だけの特権なのであり、彼にすれば彼の親を批評するのは彼の親の宇宙一の理解者である彼にだけ許される行為なのだろう。

そんなことはどうでもよい。ぼくが尻馬に乗ることに違和感をもつ理由はふたつ。ひとつは、かんたんに尻馬に乗るということが、自分の頭でものを考えようとしない思考の怠惰さを示しているから。もうひとつは、相手の意見を尊重しているようでいて、じつはまったく相手の人格を尊重していないからなのだ。この際の「人格」の意味については、説明を拒否する。

by enzian | 2011-02-08 22:38 | ※その他 | Comments(0)

b0037269_12413471.jpg墓地の入り口には六地蔵さんが並んでいて、祖母は手前から順番に「なむあみだぶ、なむあみだぶ」と唱えながら、線香を供えていった。

墓地に入ってすぐ、石でつくられた台が置いてあって、側面には蓮の花の模様が彫り込まれている。祖母に連れられながら、それを不思議に思っていたぼくは、あるとき聞いてみた。「これなんなん?」「これは棺桶を置くところや」。それを聞いて、幼くして亡くなった従姉妹を送ったときのことを思い出した。家系のなかではたったひとりの女の子であった。小さな子どもの体であっても、花やたくさんのもので満たされた棺を運ぶのは楽なことではないようであった。深い穴が掘られていたことを覚えている。

いま彼女を偲ぶよすがはお地蔵さんの形をした墓石になっている。唇には鮮やかな紅がさしてあって、もうずいぶんと年月が経つのに、ほとんど色あせずに残っている。やさしくてかわいらしいお母さんの子だったから、大人になればさぞやかわいらしい女性になったろう。いつもそんなことを思いながらその紅を見ている。

by enzian | 2011-02-06 12:45 | ※山河追想 | Comments(0)

いつも恥ずかしい。

当たり前だが、ひとが自分の行動をどう感じるか予測することなどできない。ひとがどう思うか制御できはしない。よかれと思って骨身を削っても、おぞましい悪意で “恩返し” してくれるひともいる。かといって、そんな不条理な世の中にさっさと絶望して、好きなもの、安全なものだけを自分の周囲に敷き詰めて、自分ひとりで甘いお菓子の国のような世界に生きようとするのも稚拙にすぎる。そんな世界、やがて夏がくればとろとろ溶けて、蠅がたかるに決まっている。残念だが、その辺にある純粋無垢の国はたいてい不健康な国なのだ。自分ができるのは、自分の行動をどうしようかとあれこれ考えること、結果はどうであれ自分に恥ずかしくないことをしようとする、ということぐらいなのだろうが、なんだかんだといつも恥ずかしい。

by enzian | 2011-02-06 01:01 | Comments(0)

奇妙なひっかかり

春から半年間、東京の大学で研究をすることになった。つい何ヶ月か前に、いつ行っても東京には慣れないとか偉そうなことを言い散らかした舌の根も乾かないうちに、そこで家探しをしている。まさかそれとかかわることはないだろうと思うような、どちらかといえばかかわりを避けていたようなこと、だけど、なぜか知らないが心のどこかにうまく説明できないような奇妙なひっかかりを残すようなこと。決まってぼくはしばらくしてそれと深くかかわることになり、後々、それとの出会いがなければいまの自分はなかっただろう‥‥と思うに至るような影響を受けることになる。

by enzian | 2011-02-03 00:44 | Comments(0)