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自分の道づくり

b0037269_2153415.jpg行きたい方向のめぼしがあったのに、道なりに歩いているうちにもとの通りにもどってきて、びっくりしてしまった。びっくりしたといえば大げさに聞こえるかもしれないが、山道ならまだしも、街中では長くこんな体験がなかったのだ。

こういう体験がないことを持ち前の方向感覚の鋭さによるものだろうと自画自賛してきたが、今回のことでどうもちがうような気がしてきた。要は、しばらく街といえば碁盤の目のように通りが整理されたところばかり歩いていたので、もとにもどってくるはずがなかったのだが、ここのような下町の曲がりくねった道を歩いていると、よほど慣れていないと、おのずとそういうことになってしまうのだ。

同じ道を行くなら、学校の行き帰りであっても、できるだけ細くて曲がった、昔からの道を歩きたい。そんな道には意外な出会いがあるし、迷いながら苦労して歩いた道は自分の道になって体のどこかに残るからだ。曲がりくねった細い道には自分のものにできるというよころびがある。それは誰にも開かれたまっすぐの道(路)にはない密やかな愉しみ。あと三ヶ月、どれだけ自分の道ができるだろうか。

by enzian | 2011-06-30 22:04 | ※街を歩く | Comments(0)

なぜミョウガであって、白髪ネギではないのか?

やはりちょっとしたスペースにはドクダミがわさわさ生えている。ドクダミといっしょにミョウガが生えた場所もいくつかみつけた。近所には見事なシャガの群生もある。いずれも水気を好む植物。江戸の多くの部分はもともと低湿地帯だったと聞いたことがあるが、ほんとうなのかもしれない。もっともここは台地だから、多くの川が流れていたような場所だったのだろう。そのせいかどうかは知らないが、東京の料理にはしばしばミョウガが使われていて、ミョウガを食用にすることに反対しているぼくは、「なぜミョウガであって、白髪ネギではないのか?」と、ときどき皿と東京人に向かって問いかけることになる。

ミョウガといえば、ぼくにとっては食べるよりも、「みょうがの宿」という昔話のほうが好ましい。そして、みょうがの宿を思い出すと、必ず「とろかし草(うわばみ草)」が連なって出てくる。どちらも、おおかたの子どもには受けない話だろうが、ぼくのなかでは名作。

by enzian | 2011-06-28 23:49 | ※街を歩く | Comments(0)

猿沢池の巨大スッポン

b0037269_20483059.jpg奈良には猿沢池というきちゃない池がある。いつだったか、15年ぐらい前だったのかもしれない。池にきたぼくは、池の小島のようなところに巨大なスッポンがべったりと乗っかって、甲羅干ししているのにでくわした。

その大きさは半端なく、ぼくは全長70センチと目算した。池の真ん中は岸から10メートルぐらはあるのですぐ近くというわけではないが、巨大スッポンの周りにいた20センチほどのスッポンたちの大きさからして、三倍はあるとみえた。いま心を落ち着け、頭上にアイスノンを載せて、泣く泣く妥協に応じたところで、50センチは下らなかった。

ふつうスッポンの甲羅はすべすべしているが、そやつはずいぶんと年を食った年代物らしく、なんかごつごつした、ところどころ白くはげたような甲羅をしていた。が、かといってそれがスッポンでないということはなく、決してワニガメとか、外国のスッポン(その可能性はあるかな‥‥)とかそういうものではなく、たしかに日本のスッポンだった。周りにいたひとたちも、指をさしながら、「あれなんやろか、カメやろか」とかいっていた。それはカメのスケールを超えた、“池のヌシ" と呼ぶにふさわしいものだったのだ。

それは数十年は生きていると思えるものだった。その素性を明らかにしたいと思いつつ、すぐにいなくなることはないだろうとゆだんして、ぼくはそれから身辺忙しくなってしまって、ひさしぶりに2年ほど前に池にいったら、アカミミガメばかりで、もうまったくスッポンはいなかった。もちろん、巨大スッポンの姿もなかった。誰しもあのとき白黒つけておくべきだった、いまとなってはもうどうしようもない、くやじい!といった後悔の思いをいくつかもっているだろうが、ぼくのなかにあるそのうちのひとつは、この巨大スッポンのこと。

by enzian | 2011-06-24 20:58 | ※自然のなかで | Comments(0)

緑豆を水に浸ける。

緑豆ぜんざいを作ろうと思い立った。なぜかとつぜん作ってみたくなったのだ。どうもぼくには一年に一度ぐらい無性にアジアンなデザートが作りたくなるときがあって、一昨年はココナツプリンを作って、昨年は愛玉子(オーギョーチ)を作ろうと画策した。自分でいうのもなんだが、ぼくは料理がうまいのだ。小さな緑豆のつぶつぶを買ってきて、さきほど水に浸けた。どうなかったかなぁとなんかいか見にいった。この気持ちは、昔、わけもわからずパンをつくろうして、一次発酵の様子をなんども見ていたときと同じだと思う。

by enzian | 2011-06-21 22:15 | Comments(0)

知性あるひと

いくつか仕事をいっしょにしたことのある元同僚に久しぶりにメールを書いたら、電光石火で返信があった。もともと仕事のできるひとだったから、「相変わらず仕事が早いですね」とじょうだんっぽく書いたら、仕事が早いことはないが、「すぐに、反応よくお返事した方が、なんとなく、○○先生とまだしっかりつながってる感じがしますから」という返事であった。

これをみて、「仕事」という言葉を使った自分の非礼に気づくとともに、あらためて、大学は失ってはならないひとを失ってしまったと感じた。

反応よく返信した方がつながっている感じがするというのは、自分への言葉であると同時に、ぼくへの言葉なのだろう。元同僚は、メールの返信が遅ければ、ぼくがあれこれ心配したり、悲しんだりする可能性があることを想定して、忙しいなか、返信を急いだのだ。そしてぼくが真に驚いたのは、「なんとなく」という言葉。さりげなく添えられた五文字のこの言葉が、いったいどれほどの他者への配慮やら想像力を駆使して書かれたものであることか。ぼくは、こういう言葉を使えるひとが知性あるひとだと思う。(ごめん書いてしまった、読んでいたら、許して。)

by enzian | 2011-06-18 21:42 | ※その他 | Comments(0)

希望

自分からひとに会おうとすることは、ほとんどない。珍しく会ってみたいと思うひとができたところで、まず会わない。恥ずかしいし、なによりも、ぼくはひとがぼくと出会ってしまうことを一種の不幸だと思っているからだ。世の不幸は少ない方がよい。

だが、ここしばらくの勉強で、二人、会ってみたいひとが出てきた。昔の学僧なのだが、もともと自分が雲水になりたかったことを差し引いても、二人と話してみたいと思う強い気持ちには自分でも戸惑ってしまう。ここには二人の学生時代の写真があって、そのうちのひとりなど、強い意志にふちどられた冷徹な目をしている。そしてそれは同時に、なにかを悲しむような目でもある。この目に、自分もまた学生時代にもどって、対等な立場でこう聞いてみたいのだ。「お前ならこれをどう思う。お前の考えを聞かせてくれないか?」

by enzian | 2011-06-16 00:02 | ※その他 | Comments(2)

ウナギの蒲焼きが放つのは香りなのか、においなのか?

「ウナギのいい香りがするぅ~」。前を歩く女子高生らしいふたりがいうので、「ウナギはにおいだろう」と、心のなかでツッコミを入れるが、ツッコミを入れてすぐ自信がなくなる。ひょっとしたら自分が知らないだけで、すでにウナギの蒲焼きは香りを放つというのが一般常識になっているのだろうか。ちなみに、ぼくは生活に密着した庶民的なものが放つよい匂いが「におい(匂い)」で、生活から離れたやや高貴なもの、嗜好品的なものが放つよい匂いが「香り」だと思っている。一方、よくない匂いは「臭い」になる。

そういう考えが前のふたりに当てはまるかどうか知らないが、ウナギというのはもう庶民の食べ物ではなくなっているのかもしれない。じっさい、ぼくはどちらかというとウナギよりもアナゴ党で、とりわけ安芸の宮島付近のアナゴめしをこよなく愛するひとなのではあるが、こちらに来て、東京のウナギがあまりに高価なことに驚いた。蒲焼きの梅が2800円って、いったいどんな立派なお方が召し上がるのか?梅が2800円なら、ぼくは杉とか檜とかでよい。ともあれ、たしかにウナギはサンマとはわけがちがうしろものになっているのかもしれない。サンマはにおいでも、ウナギは香りになってしまうわけだ。そういえば、ぼくの郷里では昔はマッタケがどっさり採れたらしく、そういう記憶のある祖母や父は断固としてマツタケの香りとはいわず、においといっていた。少年時代、血眼になって山を歩き回って、たった一度もマツタケを自分では(厳密にいうと、アシストしてもらって一回だけ見つけた)見つけることができなかったぼくにとっては、マツタケが放つのは香りである。

別の考え方もできる。前を歩いているふたりの自宅のキッチンには夏の土用になるといやというほどウナギの蒲焼きが転がっていて、「もうウナギなんて見たくもないわ」、ぐらいの勢いなのやもしれぬ。したがって彼女らはウナギが放つものをにおいと表現することができるが(なんか論文っぽくなってきた)、にもかかわらず、彼女らはウナギを香りと表現し続けているとしたらどうだろうか。それはたぶん、「におい」と表現すると、「臭い」か「匂い」に聞こえて、前者はよろしくなく、後者はなにやらなまめかしい。そういう誤解を避けるためではないか。要はめんどうなカンチガイを避けて、臭いものに蓋をしているということになる。

by enzian | 2011-06-15 23:18 | ※街を歩く | Comments(0)

ストレプトマイシン以前以後

いま勉強している明治人のなかには、若くして結核で亡くなっているひとがいる。勉強しているわけではないが、この近所にはその昔たくさんの文人が集まっていたらしく、やはりそういうひとたちも20歳そこそこで亡くなっていたりする。その当時のひとたちにとっては、結核というのはいつ誰が罹(かか)ってもおかしくないもので、罹ればまず助からない病だったのだろう。そして、かといって逃げ出すこともできずここで暮らしていた明治のひとたちにとっては、おそらくぼくが感じたことのないほど身近に死が漂っていたのだろう。ストレプトマイシンが発見されて、宗教や文学はどう変わったのだろうか。

by enzian | 2011-06-15 22:34 | ※その他 | Comments(0)

三味線

二階より高いところに住んだことがなかった。でも縁あって、いまは少し高いところに住んでいる。きっと心のどこかで、いちどぐらいは少し高いところに住みたいと願っていたのだろう。心の端っこの方で願っているようなことは、たいてい現実になる。心のまんなかでぎんぎんに願っているようなことは不相応に膨らみすぎて、そして功を急ぎすぎて、どちらかと言えば失望とか焦りとかに彩られることが多くなるだろうし、一方、端っこにさえない有象無象(うぞうむぞう)は、そもそも「実現した」と意識することができない。さして期待していないがあわよくば‥‥ぐらいがちょうどよい具合だということなのだろう。

高いところに住んでいると、音が上がってくるという経験ができる。どういう拍子でか、地階で聞いていればそれほど大きくはなかっただろうような音が、とつぜん、はっきり聞こえたりする。どこからともなく、風呂の床に水桶を落としたような音、二人の子どものひそひそささやき合うような声が聞こえたこともあった。今日は三味線の音が聞こえた。

by enzian | 2011-06-10 21:23 | ※街を歩く | Comments(0)

じゅうやく

b0037269_21244368.jpg街のなかといっても、どこにも土がないというわけじゃない。街路樹は植わっているし、ビルとビルのあいだにはいくばくかの土があったりする。そこには不思議とドクダミがたくさん生えていて、これほどいたるところに生えているのを見るのは記憶にない。

郷里では、これを祖母は何日か天日干しして、「じゅうやく」と呼んで煎じて飲んでいた。家には薬缶(ヤカン)がふたつあって、ひとつは祖母が摘んできて焙じた番茶で、もうひとつの小さい方はじゅうやくが入っていた。じゅうやくは強いクセのある飲み物だったが、物心ついたころから飲んでいたぼくには、むしろ美味しいぐらいのものだった。ぼくは好んでこれを飲んだ。

祖母はいつもいっていた。「じゅうやくは悪いものをみんな出してくれる。せいだい(盛大=たくさん)飲み」。祖母のいう「悪いもの」がなにを指すのかはわからなかったが、家の薬箱にはいつも「たこの吸い出し」という毒々しい緑色をした軟膏のようなものが入っていて、どこかが化膿したりするとこれを塗ると効果てきめんに膿を排出してくれる魔法の薬だったから、じゅうやくもそんなものなのかな、とぼんやり思っていた。幼いころのぼくは幸い、それほどやっかいな病気にはならずにすますことができたが、ひょっとしたら、祖母のじゅうやくのおかげだったのかもしれない。じゅうやくが「十薬」の意味だと知ったのは、いつのことだったろうか。
(写真は八重のドクダミ。ピンぼけ。)

by enzian | 2011-06-09 21:35 | ※山河追想 | Comments(2)