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ソーダ水

b0037269_013095.jpg強い炭酸飲料水が好きだという学生がいて、コカコーラより強い炭酸飲料水はないのではないか、といっていたことがあったので、いつしか、ご当地ソーダを見つけると、すかさず買ってきて飲むのが習慣になった。

いまも飲んでいる。「スワンサイダー」というもので、「スワン」と名がつくが、なぜか佐賀県のもの。いつかコカコーラより強い炭酸を見つけて教えてやろうと思っていたのだけど、そうこうしているうちに当人は卒業してしまった。ソーダのよさは、味でも歯ごたえでもない、のどごしの際の一種の圧迫感・抵抗感のようなものだろうけど、それを生命を維持するための飲料水の付加価値にしてしまうとは、ほんとうにおもしろいと思う。

学生からの影響で趣味になったり、好きになったりしたものは多い。きらいになったもの?もあるのだろうけど、探すのはやめておこう。せっかくの土曜日の夜なのだから。

by enzian | 2011-07-30 23:40 | ※その他 | Comments(0)

ちょっとウェットなトロピカル気分

スーパーにヤングココナツ(若いココナツ椰子)というのが並んでいた。昔、椰子の実を割るのに難儀したことがあって躊躇していたのだけど、ヤングというぐらいだから、若くてやわらかいものだろうと思って買ってしまった。トロピカル気分で家に帰ったのだが、それからがまぁ大変だった。なかにあるココナツジュースを飲もうとするのだが、これがかたくて、あと一息のところまでいくのだが、最後に頑丈な岩盤のようなものがあって、どうしても開かない。以下はその苦闘の記録。

土曜日 +のドライバーで挑むが、まったく歯が立たない。
日曜日 ハサミで挑みかかるが、破れ去る。
月曜日 包丁で切ろうとするが、包丁、欠ける。

頭突きをするわけにもいくまい――月曜日の夜、ぼくは途方に暮れ、冷凍庫に入れて、もうヤングココナツのことなどすっぱり忘れてしまおうと思った。冷凍庫のなかに入れておけば、やがて時がすべてを解決してくれるだろう(要はあきらめたのだ)。ところが今日見たら驚きましたな。あれほど頑丈だったココナツにひび割れが入っている。ココナツジュースが凍って体積が増え、あっけなく割れたのだ。南洋のココナツは自分が冷凍にされる場合など想定したことがなかったのだろう。

いまココナツにストローを入れて、ちょっとトロピカルな気分でキーを打っているけど、ココナツのなかにはココナツミルクの材料となる脂肪層があって、これをかたい部分で守っていたのだろうなぁと思うと、どうもそこはかとなく、いかんことをしたような気分にもなる。

by enzian | 2011-07-26 23:18 | ※その他 | Comments(6)

負の連鎖

「ダメなことはダメ、イヤなことはイヤ、といえなくなるのが仲良くなることなら、誰とも仲焼くならない」と書けば(書いているのだけど)、ひとはどういうだろうか?「子どもの世界ならまだしも、一般社会ではそうはいかない」と、一般社会の常識を教えてくれるひとは多いのかもしれないが、ぼくはそういう世間訳知り顔のアドバイスがキライだ。

「一般社会ではそうはいかない」という頭ごなしの言葉には根拠がないし、「子どもならまだしも」という部分にいたっては、目も当てられないほどのカンチガイだと思う。そんなこと、少し考えればわかるはずなのに、考えるひまもないほど、“一般社会” とは多忙という “崇高なもの” にもとづいたものなのだろうか。自分がすでに座っている位置を相手より高いと思い込ませたいというのは誰しも陥りたくなる甘い誘惑だろうが、自己顕示と助言とはちがう。学生を小バカにする世間訳知り顔のにわかアドバイザーたちが多くて困る。そしてもっと頭を抱えるのは、そのような言葉に憤慨した学生自身が、就職後2年もすればにわかアドバイザーになってしまうことなのだ。

by enzian | 2011-07-24 19:49 | ※その他 | Comments(0)

「じゃ、行こうか」

b0037269_22254713.jpgKは5年生のときに引っ越してきた。Kとは不思議と馬が合った。いつもいっしょに居るわけではなくても、なにかあるとKはぼくのところにとつぜんやって来る。

とある山奥に野生の蘭が生えているらしいとやって来たときも、子どもだけで行くのは危ないのではないかといった心配とかむずかしい理由づけなんてなしに、しごく当たり前のことのようにぼくらは出かけた。年に一度、T神社で秋祭りがある日の夕暮れにも、Kはとつぜんぼくの家にやって来た。「じゃ、行こうか」「よし」。こうしてぼくらは、いそいそと、どこへでも出かけるのだった。

Kとぼくが出かけるときには、不思議と、事を果たさずに帰るということはなかった。山の中腹に蘭を見つけたときのことは昨日のことのように覚えている。秋祭りの露店ではいつも、最中の金魚すくいをつかって、金魚屋のおやじが「もうやめてくれ」と言うまで、すくい続けるのだった。Kはぼくと会えばなんでもなんとかなると信じているようだったし、ぼくの方もそんなことだろうと思っていた。いまでも祭りの露店を見かけると、瞬間にしてぼくの心は郷里の部屋に舞い戻って、Kがやって来るのではないかと窓の外を見ている気分になる。そしてぼくらはいまでもきっとこういうのだ。「じゃ、行こうか」「よし」。

by enzian | 2011-07-20 22:36 | ※山河追想 | Comments(0)

116年

街をあちこち歩いてるのには散歩というだけでなく、すこし理由もある。ぼくが勉強しているなんにんかのひとたちが百年ほどまえに、このあたりであれこれしていたからだ。そのときどきの場所に足を運べば、いくら文字覚えが悪くても、たやすくは消えないなにかが体のどこかに残るだろう。

そんなことを考えているが、ひとつ、どうしても見つからない場所がある。とある中学校なのだが、1895年に「谷中真島町」に置かれたというだけで、正確な位置を示す郷土誌はもうないらしい。そのあたりを歩いているご老人に尋ねても、彼らでさえ生まれる前のこと、詳しいことはわからずじまい。

そこには大きな校舎があり、たくさんの生徒たちの生活があって、教師たちもいたのだろう。高名な校長がいて、街のひとたちとも交流があったのだろう。そのころ、谷中でこの学校の存在を知らないというひとはいなかったはずだ。それから百余年、ひとりの人生に余るとはいえたった116年で、もうその位置をたしかめるすべさえ残っていない。

by enzian | 2011-07-17 13:12 | ※街を歩く | Comments(2)

境界を越えて

小豆を「しょうず」とも読むというのはこちらに来て知った。少し前まで、もし小豆を「しょうず」と読むひとがいたら、それはバカなのだろうと思っていたが、バカは自分だったという悲しいオチなのである。もうひとつ、先日、自分のバカさ加減に気づいて、熱帯夜にもかかわらず全身に冷や汗をびっしょりかいて、パジャマを着替える羽目となったミスがある。「○○の教主」という表現があるのだが(わかるひとにはわかる)、ぼくは小さいころからこれを「○○の救主」と覚えまちがえていて、5月のドイツでのシンポジウムでも、念入りに、「kyushu」と発音したあと、それを外国語にして説明してしまった。いろんな国のひとたちがホウホウナルホドとうなずいていたことを覚えている。

自分が日本的なローカルバカであることにこれまで気づいてなかったといえば嘘になるが、今年になって、じつは自分が国境を越えうるバカであることを確信したのだ。とはいえ、こんなことでくじけているようじゃ、この自分をやってけない。

by enzian | 2011-07-13 22:57 | ※その他 | Comments(2)

五叉路

b0037269_22591717.jpg五叉路に出くわすと、なぜか道に迷ってしまう。これまで五叉路にはあまり出会わなかったせいか、四方に方角を当てはめるのが習慣になっているからなのか、よくわからない。いやそんなむずかしいことを考えなくても、分母が多いと正解率が下がるのは当たり前のことか。

それにしても分母の大きな街だと思う。上から下まで、白から黒まで、天使の良心から悪魔のたくらみまで、ありとあらゆる選択肢がぐちゃっとなって路傍に転がっていて、雲の上に頭を出しているひとからすでに人間をやめてしまったひとまで、ありとあらゆる種類の人の形が跋扈している。

大きな分母の街で生きることは、選択能力という実力をもったひとにはチャンスだろうが、もたないひとにとっては、一歩のミスで身を滅ぼす、このうえない危険だともいえる。これは大学にもいえることだ。入学後半年で自滅するひとをどれほど見たことか。もう一種類、こんな街に向いていると思うのは、考えすぎて自分を追い込んでしまうような性質のひと。巨大な分母の前で思考停止に陥ることができるからだ。きっと楽になれるだろう。

by enzian | 2011-07-10 23:09 | ※街を歩く | Comments(0)

北鎌倉

b0037269_21312582.jpg北鎌倉にいきました。論文を書いているひとのゆかりの地があるのです。調べておきたいことがありました。北鎌倉ははじめただったのですが、早朝に訪れたせいか静かで、緑の多い、すがすがしい場所でした。いちどで好きになりました。京都と似ていますが、ところどころむき出しになった砂岩層がそうではないことを物語っています。石像も、風化しやすい砂岩から作られているのでした。

新しい土地にいくと必ずそこの植生をみることにしているのですが、めだったのはゼンマイが多いことでした。ミズもありましたよ。京都ではゼンマイは年々少なくなってきていて、郷里でも幼いころにはわずかにありましたが、いまではみなくなりました。ぼくが採りすぎたのかしらん。キノコ採りもそうなのですが、ゼンマイとかワラビ採りというのは、ひとをいかに出し抜くかということに収穫のすべてがかかっているものなのです。

わらびには
少しおくれし
この山の
草に坐れば
わが罪わかる
(相田みつを)

by enzian | 2011-07-03 21:43 | ※リュック背負って | Comments(0)