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聖なる物語

なんでもかんでも東北のためにとか、被災地に勇気を与えるために‥‥といったストーリーで意味づけるひとがいて驚いてしまう(ついでに言うと、この「勇気を与える」という言葉づかいには違和感を覚える)。揚げ足をとられては困るのではっきり言っておくと、被災地のためになにかをすることにとやかく言っていっているのではない。そんなこと、言うわけないじゃないか。そうではなく、まったくそんなつもりもなくスポーツをしたり、働いたり、趣味に興じたりしているだけなのに、それを第三者が「それは被災地の方のためですよね?」といった感じで強引に結びつけるのはいかがなものかと思うのだ。

もちろん、被災地のためになにかをするのは立派なことだと思う。それは当たり前なのだが、純粋に自分が勝つためにスポーツしたり、自分の儲けのために仕事をしたり、キノコ鍋にするためにキノコ狩りに行ったりするのも大いにけっこうなことなのだ。ひとの行動を勝手に自分好みの聖なる物語の一部にすることは、個人の空想のなかでは自由だが、それを三次元の他人に押しつけるのは暴力以外のなにものでもないと思う。

by enzian | 2011-08-26 21:27 | ※テレビ・新聞より | Comments(2)

積年の願い

b0037269_0225723.jpg歳をとって好きなものが増えるのはうれしい。いまから思えば小さいころには食べ物の好き嫌いがたくさんあったのだが、どれも、いつのまにか好きなものになっている。

おはぎが好きになったのはひとつの大事件だった。粒餡が苦手だったし、「おにぎりを甘い餡でくるむ」という浮世離れしたコンセプトが許せなかった。そんなぼくを尻目に、祖母はめんどうのかかる小豆を毎年畑でつくって、くつくつ煮て、それを母といっしょにいそいそと巨大なおはぎにしていた。遠くから見ているぼくに、「お前は食べないのか?」といつも聞いた。

あんなに嫌っていた粒餡おはぎだったが、いまでは大好きな食べ物になっている。嫌いなものを好きになるというのは、それを好きになって欲しいという自分の好きなひとの願いがまずあって、自分もまた、いますぐにではなくてもその願いにいつか添いたいという願いが休むことなく働き続けてきた結果なのだ、そうにちがいない、と思い込んでいる。

by enzian | 2011-08-21 00:28 | ※その他 | Comments(4)

牧歌的対話

立派なひとがいると思う。ここでいう立派なひととは、生活や世界の全体にわたって肯定的な読み方ができるような回路を張り巡らそうとするひとで、けっこうどこにでもいる。自分の周囲が立派なものだと思うだけならよいが、自分もまた立派にならねばならぬと思うようで、いつもつま先立って、前のめりになって走りだそうとしていて、走り出すとなかなかストップがかからない。学生にもこんなひとがいるらしく、「完璧な世界」構築旅行の途中で燃料切れになってJAFのお世話になっている姿を、ちらほらみかける。

こういう学生をみかけると、「ちょっと、ちょっと、どこのゼミの方か知らぬが、そこのお方。そんな立派になってどうしようというのです、もっと肩の力を抜きましょうよ~ モ~ メェ~(牛や羊たちの声)」などと牧歌的に声をかけるが、ほとんど聞いてはもらえない。一本気な性質が災いして、じぶんをゆるさないのである。人間なぞ8割方どす黒いものだ(ちなみに、2割も大切ですよ、青少年のみなさん)、いつなんどきなにをしでかすかわかったものでない、などとは夢にも思ってはいけないと信じているのである。

こう書くと、燃料切れ学生のなかには反論するひともいるだろう。「そんなことおっしゃいますが、先生のゼミは厳格だと有名です。シラバスには3分の2以上の出席がないと評価対象としない、とか殺伐としたことを書いてるし。ゼミ生たちもみんなガクブルしてると聞きます。そんな牧歌的な声を出しても、本性バレてます」。それを聞いてぼくは「いまの君のその気持ち、決して忘れないで欲しい!」とだけ熱く告げて、去っていくのである。

by enzian | 2011-08-14 12:22 | ※キャンパスで | Comments(6)

理屈をこえたわからなさ

b0037269_11384989.jpg久しぶりにちゃんとテレビを観たら、画面上におびただしいほどのなにものかが表示されている。情報が多いのはよいことなのだろうが、こんなことも知らせますよ、こんなこともわかりますよとばかりに、狭い画面上をひしめき合い、占め合わなくてもよいだろうと思ってしまう。

こういう表示を隠す方法もあるのだろうが、それにはまたあの分厚いマニュアルを見んならん。それにしても、こんな複雑な道具、失礼だが、高齢の方のなかには、「怖くて使えない」といったひともおられるのではないか。

祖母は晩年、テレビがいちばんの楽しみだったようで、ずっとテレビをつけたまま、観たり、居眠ったりしていた。「水戸黄門」とかを楽しんでいた。でも「水戸黄門」も終わると聞いたような気がするし、そもそもテレビの操作方法がわからないなんてことになれば、テレビを楽しみにしているおばあちゃんのようなひとたちはどうするのだろうか。

あるとき、郷里の家の電話をジーコジーコと時計回りに回転するものから、プッシュフォン式に変えたことがあった。おばあちゃんの楽しみのひとつはジーコジーコを使って子どもたちと話すことだったのだが、プッシュフォンに変えたとたん、ぱったり電話を使わなくなってしまった。使い方を覚えることができなかったのだ。ぼくはそんな簡単がことがわからんわけがあるまいと、半分怒りながら何度も教えたが、けっきょくおばあちゃんはプッシュフォンを使わなかった。こうして、テレビだけが残る楽しみとなったわけである。

ぼくは基本的に、考えられることは考えないといけないと思っている。考えられることなのにさっさと屁理屈だなんて、他人を評するじぶんがいるとしたら、それは怠惰からくる傲慢以外のなにものでもないと思っている。だけど同時に、“理屈をこえたわからなさ” もあるのだ。それをどのようにじぶんのなかに受け入れ、はっきりとした位置をもったものとするのか――それが理屈っぽいと方々から敬遠されるじぶんの、生涯の課題なのだろう。

by enzian | 2011-08-13 11:49 | ※その他 | Comments(6)

106年

b0037269_2210131.jpg本郷館という建物がある。木造三階建ての下宿で、築106年。中庭があって、それを囲むようにして76室がある。先日の震災にも耐えたが、老朽化のために取り壊されることが決まった、という話は聞いていた。

ぷらぷら歩いていたら、取り壊しを前に、本郷館をしのぶ集いをしませんか。懐中電灯だけお持ち下さい。といったことが書いてある。明るいうちにひとしきり写真を撮り、記されていた時間に、ふたたび立ち寄ってみた。そこには、館を残そうとしたひとたちや、別れを惜しむひとたちがいるらしく、しずかにその思い出を語っておられた。明治以来、ここに多くのひとたちがいろんな目的のために、比較的長い期間の宿を求めてやってきたのだろう。

そうこうしているうちに、立派な木製の警棒をもった巡査が三人、自転車でやってきた。あらかじめ集会の通報を受けていたのだろう。「みんな懐中電灯を持っている」などと連絡を取り合っている。このようなしめやかな会でさえ警戒しなければならないと誰かが思うような経緯がそこにはあったのだろうが、いっしゅん、別の国の風景かと思ったのだった。

by enzian | 2011-08-09 22:32 | ※街を歩く | Comments(2)

それから

お母さんに絵本を読んでもらっている子どもがしつこいほどにたずねる。「それから、それからどうなったの?」。自分が幼いころもそうであった。とにかくそのさきが知りたくてしかたなかった。もちろん、いま自分で絵本を読んでも「それから」は気になるのだが、なにかがちがっていて、あのころほどの熱意はない気がする。

by enzian | 2011-08-06 19:20 | Comments(0)