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新種

前回、試験範囲には含めないと公言しておいた授業をする。みごとに学生は来ませんでしたな。受講者、わずかに6人。すかすかの大教室にわびをいれたくなった。しかも、教室の入り口付近にわがゼミ生が2人いて、授業はじまりにぼくがもう一度今日の授業範囲はテストに出さないと言うのを念入りに聞き届けてから去っていった。こういうタイプのゼミ生っていままでいただろうか?と考えながら授業をしていた。そもそもはじめから授業に来ないのや、試験に出ようが出まいが授業に出続けるタイプはいただろうけど。

by enzian | 2016-06-28 17:46

「ここにしかない徳島」

徳島へ行ったときに、高校での授業が終わって、眉山というところに登ったのだけど、そのときに流れていた歌。https://www.youtube.com/watch?v=Ulcq4PgHrfM
徳島は、海があって山があって、吉野川が流れていて、なんともよいところだと思った。「夏にはみんなであほになる」だよね。今年の夏は祭りに行きたくなった。

by enzian | 2016-06-26 18:29 | ※その他

美味しいということ

日本酒を飲むようになってきた。昔からさして飲めもしないのに地方へ行くと酒を買ってきて、飲みもしないのに家に置いていたが、ついに飲むようになってきたのだ。土地にはその土地によって育まれてきたものがあって、日本酒も土地ごとに違う。ぼくは親父が飲んだくれだったということがあって、また自身も体質的にアルコールに強くないということがあって、さらには職業柄あんまり方々をちどって歩くわけにもいかないだろうと思っていて、日本酒を飲むのをずっと避けてきたが、日本酒を飲むことで、それをかもし出してきたなにかを感じることができると思うと、美味しく感じてくる。

幼いころ、豆腐は好きで高野豆腐は好きではなかった。でも、それが土地で育まれた豆腐を凝縮したもので、土地での豆腐の食べ方だと思ったとき、とたんにその晩に食べた高野豆腐が美味しく感じられて好きになった。

趣味判断(美しいと判断する)では、美しいと感じるために知識が必要かどうかがときどき問題になる。例えば、キリスト教美術とか仏教美術とか。もちろん、ここではそんなややこしいことはどうでもいいけど、少なくともぼくが酒を好きになることにはなにがしかの知識が影響している。生まれた風土の違い、長い時間のなかで積み重ったなにか、それを凝縮した精華。いまは地の日本酒やビールぐらいの話だけど、いずれ焼酎や泡盛も、さらには難度の高そうな花酒も、いやもっとべつのものさえも好きになることだろう。

by enzian | 2016-06-19 12:34 | ※その他

謎がいっぱい

朝から一日中、謎の会合なのでありました。謎の会合の後、謎の店に行って、謎の広東飯というものを食べ、帰りに謎のハンバーグ屋さんの前を通ったら、夕方にもかかわらず、待ちの列ができておりました。びっくりしたな、もぅ。

by enzian | 2016-06-18 19:03

オープンキャンパス

徳島に行って阿波踊りが好きになった自分はどうかしていると思う。あれほど祭りごとが嫌いだったのに……。どうして好きになったか、なんてことは誰も聞きたくないだろうけど、ぼくが聞きたいからいつか書くことにしよう。そうなのだ、ここに書いていることは自分に聞かせてあげたいことだから書いているのだ。ともかく、明日はオープンキャンパス、会わなければならない人がいる。

by enzian | 2016-06-11 22:51

訪問記出版のこと

木曜日と金曜日は徳島の高校に出張でありまする。まあ梅雨時ですから雨ですな。自慢じゃないけど、高校へ行って雨で濡れネズミになって途方に暮れたなんてことはこの4年間、ざらにあったのだ。雨ぐらいどおってことはない。踏んではならないものをぐにっと踏んづけてしまったり、側溝にはまって流されかけた(名前が変わりかけた)ことや、森に迷い込んでウルシにかぶれた(くちびるがマリリンのようになった)こともあった。かと思えば、態度の悪い極悪ゴマフアザラシにホッケを投げつけてこらしめたり、時を忘れてシオマネキやカブトガニとたわむれたこともあった。じつに気持ちのよい好シオマネキと好カブトガニであった。かくのごとく、高校訪問の話しをはじめたら切りがないので、ぼくほこれを『キノコセンター長のなんくるないさー高校訪問記』としてまとめて出版するのだ。ウソをつくな。

by enzian | 2016-06-07 22:37

ぷらぷら

今日も賀茂川の河川敷を歩いて出町柳まで歩いて帰った。たしか村上春樹がジョギングコースとしてこの辺りが一番好きだと言っていたような気がするけど、世界のいろんなところで走っているひとが言うぐらいだから、よほどよい場所なんだろう。ぼくは賀茂川の河川敷を歩くのがことのほか好きなひとなのだが、この4年間はほとんどぷらぷらすることがなかったから、今日、大文字山を見ながら歩いていたら、たしかに生きているよなオレ、なんてしみじみ思ったりした。

橋の下で若者がギターを弾いて歌っている。「善悪の区別もつかずに、すべてを疑ってきて、いったいなにを得たというのだろう」。その気持ちはわかると思いつつ、一瞥もくれず通り過ぎる。カモのお母さんが7匹のコガモを連れている。ずっと見ていると、あわてるでもなく、しかし着実に人間との距離をとっていく。4年間で植物の植生は少し変わったようで、アカツメグサがやけに増えていた。今週はホタルが出てくるだろうか。

by enzian | 2016-06-06 22:11

夢みるカノムモーゲン

ときどき無性に食べたくなるものがある。なんの脈絡もないが、ホービーガンジューのサラダと、ミズのお浸しと、カノムモーゲン。どれも関西では食べにくい。ホービーガンジューは探すだけムダだが、ミズは先日、奈良のスーパーで売っているのを見つけてルンルン(死語か?)で買って帰った。カノムモーゲンは以前、大塚で好みのものを食べて以来、好きになって京都でも探しているがまだ見つからない。世界各地の料理が集結しているという意味では、京都は東京にはるかに及ばない気がする。この文章のどこに哲学性があるというのか。

by enzian | 2016-06-06 21:27

「歳をとる」ということ

「歳をとると涙腺が緩くなって」と言いながら貸した本を返してきたのは歳若い学生。その歳でなにをバカなことを、と言おうとしてやめる。たしかに、積み重ねなくてよいものを重ねてきた、ということはある。

「なんでもやってみたら」と新しいことを加えるようにそそのかすことは容易いが、無駄に積み重ねてしまってきたものをなきものにすることは、なにをどうしようたってできない。どちらかというと日々悶絶しているのは、後者をどうするかということ。

by enzian | 2016-06-04 20:12

匂いとトラウマ

少しずつ気温が上がってくると、苦手な匂いをしばしばかぐことになる。汗をかいた服を洗わずに何日も着ているような人の匂い。以前はほとんど気にならなかったのだが、一昨年、福井に高校訪問に行ったときに車両全体に鼻が曲がるほどの悪臭をただよわせている人がいて逃げるに逃げられなくて困ったとき以来、この匂いに敏感になった。匂いもまたトラウマに繋がるのだ。

by enzian | 2016-06-02 23:58