<   2016年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

1000投稿目 (≧o≦)ノ~''オメデトでちゅ♪

b0037269_15412533.jpg
というわけで、1,000投稿目です。2004年の5月30日がはじめての投稿でしたから、ここまで12年半ぐらいかかりました。ぼくって継続性あるよなぁと、自分で祝って自分で喜ぶという自己完結型のお祝いをしております。

今日は写真ではなくイラストを添付します。ブログの初期のころ、たくさんコメントを書いてくれた座敷童氏に描いてたもらったものです。なぜぼくが羊になっているのか……その意味をわかる人はもういないかもしれませんね。座敷童さん、その節はありがとう。正直、いまどのような方がこのブログをみておられるのか、わかりません。いまはわからないのですが、このブログがきっかけになって知りあった人はたくさんいました。ブログをみて哲学科に来ました、という人も相当の数になります。

記念の投稿をどういう内容にしようかと思ったのですが、あまりいい手が思いつきませんでした。思いつかなかったので、これを区切りとすべく、個人的に印象に残っている過去の記事を、タグをつけたもののなからちょこちょこと選んで、下にあげておきます。もうほんとうに単なる自己満足にすぎません。

■おちゃめなやつ。
①ちょっとウェットなトロピカル気分 http://enzian.exblog.jp/16010513/
②ホームポジション http://enzian.exblog.jp/15576650/
③全身クッツキムシ男の怪 http://enzian.exblog.jp/9876272/
④眼に沁みる香り http://enzian.exblog.jp/4639780/

①と②は東京時代に書いたもの。②は近所で千鳥っていた酔っ払いの話です。②で書いたような東京の飲みの文化から少しずつ馴染みはじめて、すっかり東京が好きになりした。③と④は書き方が似ていますね。ばかなことを書いているようで、実際にばかなことを書いているのですが、柔軟に多角度からあれこれ考えるという意味ではいちばん哲学的な記事なのかもしれません。

■哲学的ではありませんが、ぼくにとっては忘れられない情景を描いたもの。
⑤善知識 http://enzian.exblog.jp/17442267/  
⑥すべてを捨てる http://enzian.exblog.jp/14176175/
⑦鍬 http://enzian.exblog.jp/13090261/
⑧ミーニャ http://enzian.exblog.jp/12914831/
⑨バレンタインデーの贈り物 http://enzian.exblog.jp/12836663/
⑩プランクトン http://enzian.exblog.jp/12486008/
⑪ヘッドライト http://enzian.exblog.jp/12078408/
⑫「利他的衝動」 http://enzian.exblog.jp/10756001/
⑬小さな出来事 http://enzian.exblog.jp/7892301/
⑭書くということ http://enzian.exblog.jp/7659358/
⑮サワガニとモクズガニ http://enzian.exblog.jp/3964604/
⑯どうしようもないことも、ある http://enzian.exblog.jp/3095188/
⑰ストライク http://enzian.exblog.jp/2231693/
⑱美と崇高 http://enzian.exblog.jp/1609343/
⑲立派なおっちゃんを見た http://enzian.exblog.jp/1037115/
⑳学問との出会い http://enzian.exblog.jp/675918/

⑤はぼくの大学時代の二人の恩師について書いたものです。残念ながらお一方は鬼籍の人となられましたが、いまでもぼくにとっての変わらぬ善知識です。⑥はぼくが敬愛するキリスト教の聖人、アッシジのフランシス(フランチェスコ)について書いたもの。⑦と⑫は祖母ですね。⑨~⑫は母がかかわっている。⑬は大学の職員さんについて、⑰はぼくの親友について、それぞれ一瞬にして揺さぶられた出来事を。二人は気づいていないでしょうけど。⑲がなぜ印象に残っているのかこれまで不思議だったのですが、ごま塩頭のおっちゃんは、どうも父に似ているらしいといまになってわかりました。外見の話です。そして、20個あげた記事のなかで最も印象に残っているのがじつはこの記事なのです。ぼくはこのおっちゃんのような人になれたら……と思ってやってきたのです。なれないですけどね。

そんなわけで、これまでありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

by enzian | 2016-12-31 17:40 | ※その他

喧騒に身を置く

b0037269_11423135.jpg
久しぶりにエキサイトブログの知り合いの方々のブログをみてまわったら、知らぬうちにブログを閉じておられる方がいて、しまったと思った。「しまった」と思ってどうしたかったのかはわからないけど。ぽつぽつ続いているブログもあるが、以前のように頻繁に更新しているのはほとんどなかった。そうだろうと思う、ぼくがブログをはじめて12年以上が経つのだから。10年もあれば生活はいかようにも変化する。いろいろな事情があるだろうから、ブログを書き続けられるというのは少数だけなのかもしれない。もちろん続けないといけない理由なんてまったくないし、ブログとは別の媒体で、ブログ以上に盛んに活動しておられる方もあるのだろう。

ぼくはと言えば、途中ほとんど更新しない時期があって適度の休みになったのか、このブログをぽつぽつ書きはじめている。facebook も twitter もしたことがあったが、積極的にはなれなかった。広くブログも含めてSNSというのは自己承認欲を満たすための道具なんだろうけど、スピードの速いSNSには他者の欲求が生のままに出ていてウゲゲとなってしまうことがある。自分は自分で、よく考えずもせずに拙速に欲望を顕示するものだから、書いた後にもっとうまくアピールしたらよかった……と地団駄を踏むことになる。LINEなんか一回書いてしもたら消せへんやないかと突如、関西弁になってしまうぐらいしっくりこないのだ。グループは喜んでやってるけどね(どっちなんだ)。

今年の年末はお正月の準備がないので、大学からの持ち帰り仕事も手をつけることもなしにぼ~っと年の瀬を迎えている。お正月を迎えるとなるとデパートに行っておせち料理の食材を探したりとか、注連飾りを買ったりとかすることも多いのだが、そういう行事がぽっかりと抜けているのだ。明日が大晦日で明後日からお正月という気分がない。大晦日から正月というのは過ぎ越し1年を静かにしみじみと思う時間なのだろうけど、それに至るためには、一度、アメ横やら黒門市場やら錦市場に行って喧騒に身を置くという “禊(みそ)ぎ” が必要なのかもしれない。

by enzian | 2016-12-30 11:52

その根を知りたい

b0037269_16480871.jpg
棟方志功展に行ってきた。「二菩薩釈迦十大弟子」の現物を観ることができてうれしかった。白黒の作品だけでなく、美しい色使いを観ることができた。そして棟方の版画を観て、関係ないけど、小さいころから見てきた滝平二郎の版画もいいなと思った。『三コ』が山に腰掛けている姿とか、『八郎』のすっくと立った姿とか、『花さき山』の山姥(的なおばあ)の倒れそうな具合で立っている姿なんかたまらんのだ。それと、棟方が生まれ育った青森に行ってみたいと心から思った。ある人の郷里を知りたいと思ったとき、ぼくはすでにその人のことが好きになっている。

by enzian | 2016-12-28 16:51

作務衣

b0037269_16363413.jpg
中退した彼がとつぜんやってきた。作務衣を着ていて、細身によく似合っている。「一度着たかったから着ました」と言う。「遠いところからやってきて、ぼくがいなかったどうしたの?」と尋ねたら、「書き置きして帰りました」とこともなげに答えた。先日も、ちがう卒業生が書き置きを残していったばかりだった。ぼくからすれば、せっかく来てくれた人を会わないままで帰してしまうなんてぞっとするほどいやなことなので、メールしてくれたらよかったのに……と思ったが、それはぼくの都合なのだ。

思えば在学中も、いつも彼は個研に来るときあらかじめ連絡することなく現れた。それが彼の心遣いなのだ。ぼくが長く付き合うことになる学生には、無駄なくスケジュールを確認したうえで来る人よりも、とつぜん現れる人が多いような気がする。

by enzian | 2016-12-26 22:02

与えられるはずのなかった時間

b0037269_15571193.jpg
別れを告げた年だったと書いたら、心配して声をかけてくれた人がいた。今年は、父をはじめとして親族を多く送った年だったのだ。生身の親族と別れたことが応えたのはもちろんだが、ある日、墓参りに行ったらあるはずの墓が忽然と消えて更地になっていたことがあって、なにがなんやらわからなくなったこともあった。従姉妹の墓がなくなっていたのだ。後から聞けばどこかに移動したということだったが、いつも墓参りの度に花と線香を手向けてきた墓であったから、応えた。

生まれて1年せずに逝った従姉妹の墓はお地蔵さんの形をしていて、くちびるには赤が入れてあった。かわいらしいお母さんの子どもだったから、君が大きくなったらどれほどかわいらしくなったことか……いつもそう話しかけながら線香に火をつけた。そして、その従姉妹のお父さんも亡くなった。父と兄弟だとは思えないほどに、穏やかでやさしい方だった。

ただ、多くの人を送ったさびしい年であっても、感謝したこともあった。ホスピスに入った父と時間をすごせたのだ。何十年も放置した息子を父は責めなかった。ぼくも父がしたことを責めなかった。ぼくは幼いころから、与えられるはずのものがなぜ与えられないのかということを問いにしてきていて、そしてそれを根にもってもきた。だが今回与えられたのは、二人がしてきたことを差し引き計算すれば決して与えられるはずのない、ある意味で不条理だと思えるほど穏やかな時間だった。与えられるはずのないものが条理を越えて与えられたことへの感謝の気持ちを忘れることは、生涯ないだろう。

by enzian | 2016-12-24 16:02

境目

b0037269_10521788.jpg
旭川の最高気温が-7度だと言っている。三浦綾子の世界だなあと思ってしまった。

生まれ育った自然環境が人の考え方に影響を及ぼすことがあるのかどうか。内陸の旭川ではないが、冬の寒さ厳しい北陸ゆえに粘り強い、内省的な思想が生まれた……といった類いのことはしばしば耳にする。本当なのだろうか。暑すぎずも寒すぎずもない、乾燥しているわけでもなければ、しばしば台風に襲われるでもない、国境に面してもいない地域に育った自分にはよくわからない。和辻の『風土』は何度か読んだが、なにか印象に残ったかと言われると、なにも答えられることがない。だが、なぜか境目というか、ぎりぎりのところにはときどき、たまらなく行きたくなる。たまらなくなって行って、そしてどことなしか安心して戻って来る。

by enzian | 2016-12-11 10:54

NHK映像ファイル「あの人に会いたい」

b0037269_12300834.jpg
NHK映像ファイル「あの人に会いたい」の川端康成の回を観た。三島由紀夫との対談ではしきりに自分を「怠け者」だと言っている。三島が切り込もうとするが、「怠け者」だと言うばかりで、とりつく島がない。あまりよい感じはしなかった。

印象に残ったのは三島だった。作品だけでなく、日常からあんな言葉づかいをしていたのだ。わずかな時間話しただけでも、この人はこれまで人類が使ったことのない表現を使っているのではないかと思ってしまうような人がいるが、三島はそういう人なのだろう。でも、あんなにも鋭ければ、それはそれですぐに周りに批評するものがなくなってしまう。

「あの人に会いたい」はときどき観る。声が聞きたくなることがあるのだ。声には活字からは読み取れないものが入っている。オープニングとエンディングの音楽、イラストも好きだ。バイオリンが鳴り、時計が逆回りをして、去って行った人たちが10分間だけ戻ってくる。自分の一年を振り返れば、いろいろなことが終わった年だった。心のなかでたくさんの別れを告げた。さびしい一年だった。

by enzian | 2016-12-05 22:13