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特別扱い

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テレビを観ていると、「特別な許可を得て撮影しています」というテロップが流れることが多くなりました。どんな角度から押し寄せてくるかわからないクレーム対策にテレビ局も大変なのでしょう。これなどはわかる気がするのですが、テレビ番組のロケで訪れた文化財やなんかに「今日は特別にお見せします」というのが多くて、ときに違和感を感じます。特にNHKの番組のなかにはこれが多いような気がします。天下のNHKだから見せましょう、ということもあるのでしょう。

いつぞやは「ふだんは公開していないのですが、今日はタモリさんのために特別にお見せします」なんてまじめに言っているお坊さんがいて、ちょっと引きました。NHKとタモリ氏と視聴者(ぼくを含む)は得をした気になるわけですが、一方で番組を観て気分を悪くする人はいないのかと心配になったのです。なにがしかの謝礼やら恩恵はあるわけでしょうから、特別の人への「特別拝観の許可」ということになるのでしょうか。ぼくはもう少し、誰でも見られる光景でありながらも切り口が違う……といった番組で最後まで徹底すればいいと思うのですが、それではふつう過ぎるのかもしれません。

by enzian | 2017-01-29 18:14

鈍感と敏感

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聞いたようなことを言えば、自分に話しかけている声に応えようとすることが責任なのだろうと思います。その昔、先輩から「挨拶を返せないとバカだと思われてしまうぞ」と言われて、「形式的な挨拶に外見だけの挨拶を返したら人格者になるのか」と、ひねくれた少年は反発したのですが、やはり総じてバカだったのだと思います。世の中の人は、誠実な問いかけに自然に(好んで)応答できる人と、自然にはできないけど不誠実だと思われては困るので応答する人と、応答しない人に分けられるのでしょう。

先日、駅の改札で朝から大音量の放送を流しながらのぼりを立てて「挨拶運動」なるものをしている一群の方々がおられたのですが、冷たい目で通り過ぎました。自分は昔からなにも変わっていないのかもしれません。自分のことはわかりませんが、四方八方からの問いかけに敏感過ぎる人はおのずと宗教に境を接してしまうように思います。自分の力ですべてに応えられるわけがないからです。ある意味では過度に敏感な人が別の意味ではあまりにも鈍感である、抜け落ちてさえいる……ということはよくあるわけですが、この鈍感さは、情報過多の時代に自分を守るための術でもあるのでしょうか。

by enzian | 2017-01-22 11:59

磨りガラス

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親が他所様(よそさま)に迷惑をかけなったか……ずっと親のことを心配し続けなければならない子ども。誰しもめいっぱい自分のことを心配したいし、ときには不安に感じたいのに。ただ自分のことだけを不安に思い心配できる者は、ある意味、幸せなのかもしれない。(写真と文章は関係ありません。いつものことですが。)

by enzian | 2017-01-21 22:47

それなりの努力が必要

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学生たち(女性)が話している。「女性専用車両は加齢臭を吸わなくてすむので助かる」。本当に「助かった~」といった顔をしながら話す学生の横顔を見ながら、彼女たちがふだんいかに加齢臭に悩まされているのかがわかって、はっとした。そんなに辛い思いをしているのか……。妙齢の男性としてひとに迷惑をかけないで生きていくためには、ただ自然体でいるだけではだめで、それなりの努力が必要なのだ。それは致し方ないことなのだが、それにしても、自分と違う立場にあるひとの気持ちを理解するのはむずかしいね。(写真は嵐電の妖怪電車、怖い写真ではありませんよ。怖いけど。)

by enzian | 2017-01-08 17:47