<   2017年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

祈る

b0037269_22591033.jpg
力になれればいいけど、貸せる力がないことがあります。万策尽きているのです。そういうときにはなにも力になれません。別のなにかがなんとかしてくれるのを待つしかないのです。貸せる力はあっても貸してはいけないときもあります。そういうときにも、なにも力になれません。自分でなんとかしてくれるのをじりじりしながら待つしかないのです。「祈る」ってどういうことなのでしょう。

by enzian | 2017-02-19 23:01

神から友人

b0037269_17382060.jpg
今日は大学院の入試日。受験生ではないのに、院試と聞くと、そわそわして落ち着かなくなります。その昔、試験のときに問題1枚分を見落として、_| ̄|○的な気分で試験を終えたことを思い出してしまうのです。試験が終わったとき、同じ試験場で受験していた人が急に神々しく見えたのでした。といっても、一週間後には友だちになっていっしょに飲んでいたのですが。

by enzian | 2017-02-17 17:39

てぃんがーら

b0037269_22081340.jpg
ゆめぴりかという北海道の米を食べる。いつも食べるご飯よりもつややかな感じがするので、ぴかぴかしているからぴりかと言うのかと思えば、「ぴりか」はアイヌ語で「美しい」の意味らしい。

こういう美しいご飯を昔の人は「銀舎利」と呼んだのだろうが、「舎利」はもともと仏陀の遺骨の意味で、「銀」は銀河の由来がそうであるように、白さを意味するのだろう。その昔、天の川は今以上に白々と光って見えたのだ。そして昔の人は「白さ」ということで骨をもイメージした。ヨーロッパの人だったら、「milk」って言うのかな。

今回、「ぴりか」という美しい響きの言葉を知ったけれど、ぼくがとても好きな響きの言葉がもうひとつある。それは「てぃんがーら」という沖縄の言葉。「天の川」(天の河原)を意味する。

by enzian | 2017-02-11 22:21

聖俗を越えて

b0037269_15244569.jpg
その方は、ことあるごとになにが大切かをまっすぐに問うた。この大学に残った者がなにをしなければならないのかを問った。「ぼくは坊主だからこういう言い方になるけど‥‥」。そこには自分を聖として相手を俗なるものとして切り分けるようなそぶりはどこにもなかった。

by enzian | 2017-02-11 15:40

節分

b0037269_21593500.jpg
ラインで話していたら、自分は邪鬼の側だと思うみたいなことを言われて、自分もそう思いました。でも、この場合の「そう」ってどういう意味なんでしょう。ぼくの場合、四天王に踏みつけてもらって、どやされているぐらいでちょうどいい。それでこそ、ようやくそれなりに安心して生活ができるぐらいなのです。むしろ、踏まれなければ地獄。この邪鬼も、踏まれて喜んでいるのかもしれませんよ。興福寺には、立ち上がって仏の道を照らそうとしているような立派な邪鬼がいますが、それはぼくの世界ではありません。

*パソコン版のスキンをちょっと変えてみます。記事をクリックすると全文が読めるようになります。

by enzian | 2017-02-03 22:19