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カワウソ考

対馬でカワウソが見つかったというのは、久しぶりに胸躍るニュースだった。ぼくは昔からのカワウソ激推しの人だけど、このごろはカワウソを飼育する人が出てきていて、それはそれでかわいいから楽しいだろうけど、いずれあの多動性と獣っぽさにやられてしまって、捨てられ、川辺は野良カワウソだらけ……なんてことにならないかと心配していたりする。いやいずれそうなるのではないか。かつて野生化したアライグマのように。

対馬のカワウソは朝鮮半島から来たカワウソなのか、それともニホンカワウソの生き残りなのかまだわからないそうだけど、どっちでもいい。もともと動物というのは自然の力で、自分の力で、あるいは人為的に移動しながらもとの生息域を変えて、そこで根付いてきた。それが野生ということなのだ。が、もし対馬のカワウソが「かわいいから飼う→扱い切れないから捨てる→野生化した」カワウソなら、悲しい気がする。ぼくには、「かわいいから」に一定の距離を置く癖がある。堅苦しいことですまぬ。

by enzian | 2017-09-30 10:05

抱えて生きる。

高校生に、事実を知るのは幸せだと言えるかどうか、みたいな問いをした。高校生といっても、しっかり考察できる人たちがいて驚かされる。この問いの答えは高校生からあれこれ聞かせてもらったけど、見方を変えて、事実を知る側ではなく、事実を伝える側から考えてみればどういうことが言えるだろうか。つまり、知った事実を伝えるのは(伝える人にとって)幸せなことなのかどうか。知った事実が良い事実であったり、よい事実ではなくても聞いた相手をプラスの方向に向け変える可能性があるものであれば伝えるが、伝えても九分九厘、相手の意欲を削ぐだけで、伝えた者が恨みを買うだけに終わるようなことならどうだろうか。ぼくにはこの答えがわからない。ぼくの先生たちはこういうときには黙っておかれた。学生のころ、そういう先生たちの姿を傍からみてなんと冷酷なことかと震えたことがあるが、いまにして思えば、黙っておかれた先生たちはさぞや辛かっただろう。その辛さを抱えて生きられたのだと思う。それが証拠に、先生たちは、伝えなかった学生のその後をずっと心配しておられた。

by enzian | 2017-09-28 01:02

なにも変わらない。

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はじめて会ったときからその人は誠実で、それから長い年月が経ってお互いの立場が変わり、皺が増え、髪の色もすっかり変わったのに、あのときのように誠実だった。いつものように謙虚で、いつもように他人を思いやっている。なにも変わらない。世のなかにはこういう人がいることを伝えられればいいのだけど。

by enzian | 2017-09-24 10:28