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お猪口な人

人には器というものがあります。お猪口に一升瓶の水をどくどく注ごうとするのが土台無理な話で、注ごうとする人がいけないのです。――そんなこんなで、このところ「忙しい」が口癖になっていますが、「忙しい」を連発するような人はまぁ仕事ができひんもんなのです。ぼくは自他ともに認める仕事のでけへん人なので、迷うことなく連発しますけどね。「イソガシイヨ、イソガシイヨ、ママ、タスケテ」。

本当に仕事ができる人は、殺人的スケジュールをいかにエレガントに捌くのかを考えるのが趣味であるかのように、けっこう嬉々として仕事をしているものです。“複雑なもののなかにエレガントな法則を見つけたい症候群” に罹っているのが学者だとすると、仕事ができるのは学者肌の人なのかもしれません。“スケジュール管理オタク” と言った方がいいかもしれないですけどね。学者と言っても、オタクと言っても、認知度の差ぐらいで、似たようなもんです。

できる人には勝手に四方八方から仕事が集まってくるわけですが、自分からスケジュールをぎゅうぎゅう詰め込まないと満足できない人もいるようです。スケジュールに空白があるのが怖い人ですね。スケジュールを詰めることが強迫観念になっているのでしょうか。自分のことを考える暇があるのが怖いだけなのかもしれませんが。ぼくは学者肌でもスケジュール管理オタクでも空白が怖い人でもないので、夏休みはゆっくりしたいのです。

by enzian | 2006-08-03 00:11 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(22)

眼に沁みる香り

電車で楽しく本を読んでいたら、眼に沁みるような強烈な香りを漂わせた人が隣に座る。人工的な苦手なタイプの香りだ。とても耐えられそうにないので、次の駅で降りるふりをして隣の車両に移動する。ぼくは上品な人だから(ツッコミましょうね)、「失礼ですが、気分の悪くなるような香りを漂わせておられるので、席をかわっていただけますか?」などとは口が裂けても言えないのだ。それでも口惜しかったので、移動しながら、はっきり「臭い!」とは言えないにしても、どうしたらよかったのか、次善の策をあれこれ考えた。

(解決策1)「香りのバカ~」とかなんとか叫びながら、
夕陽(海も可)に向かって走ってゆく。
(問題点)周囲から痴話げんかと勘違いされる。しかも、夕陽などない。

(解決策2)扇子で扇いで香りを返す。
(問題点)手がだるくなる。

(解決策3)おもむろに酸素を吸いはじめる。
(問題点)体調が悪いと思われる。

(解決策4)おもむろにマスクを取り出す。
(問題点)たんなる風邪か花粉症と思われる。

(解決策5)鼻をつまむ、もしくは鼻にテイッシュを詰め込む。
(問題点)売り物の美貌\(-_-)ピシッ をそこなう。

(解決策6)いっそのこと呼吸をやめる。
(問題点)死んでしまう。

(解決策7)好みの香りの御香を焚いて中和する。
(問題点)即効性がない。

(解決策8)テントを張って、なかに引きこもる。
(問題点)変な人だと思われる。

(解決策9)「日本人はこれでなくっちゃ!」とかなんとか言いつつ、
七輪でマツタケを焼きはじめる。
(問題点)なんの解決策にもならないし、意味もわからない。

くたびれたので、寝ます。
ぐうぐう(-_-)zzz

by enzian | 2006-05-11 23:05 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(33)

プチプチをプチプチしたくなるのは、なぜか?

注文していた本が届きました。プチプチで包んでありましたので、読む前に、ひとしきりプチプチしてしまいました。それにしても、プチプチ(エアーキャップ)をプチプチしたくなるのは、なぜなんでしょうか?

プチプチをプチプチしたくなるのは人間に共通する本能なのでしょうか、それとも習慣なのでしょうか?例えば、日本人だけでなくインド人とかスウェーデン人もプチプチをプチプチしてしまうのでしょうか?ひそかに、「全世界プチプチ選手権」なるものが催されていて、すでに何連覇もしているセネガル人とかがいたりするのでしょうか?あるいは、親がプチプチしているのを見たことのない幼児もまたひとりでにプチプチしたりするのでしょうか?3歳の子どものそばにプチプチを置いてちょっと目を離したりなんかすると、すっかりプチプチし終わっていて、「もうこの子ったら、ママのプチプチをプチプチしたりして!」なんてことが起こったりするのでしょうか?

よくわかりませんが、習慣だと言ってしまうとブログ的にはおもしろくもなんともないので、プチプチをプチプチしてしまうのが本能であるとして、話を進めましょう。では、プチプチをプチプチしたくなる理由をいつものように四の五の、考えてみます。

1.音がいい。
「プチプチ」という音が小気味よいというのはありそうな話です。「ドッカーン」というのは怖いですが、小さな「プチッ」とか「パチ」とか「パン」というのは音として一種の快感であるような気がします。プチプチをいくらつぶしてもプチプチという音がしないで、なんの “反応” もないなら、プチプチはおもしろくもなんともないはずです。爆竹やクラッカーがもてはやされる心理と同じなのでしょうか。

2.やわやわがいい。
プチプチの醍醐味には、聴覚によるものだけでなく、触覚によるものもあると思われます。プチプチはヤワヤワです。あのヤワヤワでちょっと指から逃げようとするようなフニンフニン捉えどころがないのがよいのではないのでしょうか?プチプチがもっとかっちりとした強固なものでしたら、プチプチとしての魅力を半減してしまう気がします。ぼくにはよくわからない話ではありますが、なんだかんだ言ってやんわりするりと逃げる異性を追いかけるのが楽しいような心理と言ってよいのでしょうか?(ピー、イエローカード1枚!)

3.小さい半円がいい。
小さい半円形のものというのは、どうしても、それをひねりつぶしたくなるというか、一発くれてやりたくなるような心理がある気がします。例えば、パックマンに出てくる敵キャラとか、モグラタタキのモグラを思い出していただくとわかりやすいかもしれません。やつらのヘッドはツルツルの半円形です。あれがたとえば、☆型のヘッドだったら、あんなにもにくたらしげに叩くことはできないような気がします。半円形であっても、大きすぎてはいけません。小さな半円形のヘッドをもった円柱形というのは、人間の頭を彷彿(ほうふつ)させるものなのかもしれません。小僧さんの頭はそのようなものですが(憎らしいというのは「僧」の字なんですね)、「このコゾー!」なんて人が言うときには、たぶん、そやつのどたまに一発くれてやりたいときなのだと思います(ピー、2枚目!)。サザエさんにいつも叱られるカツオの頭は、やはりこの手の頭でないといけません。

4.同じものが並んでいるのがいい。
上述の3は視覚にかかわるプチプチの理由ですが、これ以外にも、同じ形のものがたくさん並んでいるというのも、プチプチしたい本能を加速するように思います。モグラタタキには穴がたくさん並んでいて、そのどこからモグラが出てくるかわかりません。同じものがたくさん並んでいて、しかもその並んでいる(並びうる)もののヘッドが半円であるということ、それがやはり大切であるように思います。トウモロコシを一粒も残さず食べる心理でしょうか?(ゼンゼン違うね、キャハ)。同じものがたくさん並んでいるものを残らずなんとかするということには、一人残らず他者を征服したいという支配欲がからんでいるのやもしれません。

はい、いろいろ考えてまいりましたが、こんな問題にいつまでもかまっていられるほど、ぼくはヒマではないので、これぐらいにしておきます。ちょっと禍々しい雰囲気もしてきましたしね。なになに?これだけ考えられれば十分にヒマだって?ワハハ。

by enzian | 2006-01-06 21:54 | ※その他 | Trackback | Comments(34)

吹雪の日の奈良交通バス

吹雪のなか、バスはいつにも増して込んでいた。ぼくは最後部の席に座っている。前には母娘が立っている。奇跡的に隣の席が空いて、母が座る。母は自分の膝を指差して、言う。「どーぞ♪」大学生風の娘は迷うことなく母の膝に座る。――たったこれだけのことだけど、ぼくはちょっと感動して、びっくりもしてしまった。これはこの母娘にだけ起こりうることなのか、それとも、どこでもある話なのだろうか?考えてみよう。

1.母(座席)―娘 (膝)
2.母(座席)―息子(膝)
3.父(座席)―娘 (膝)
4・父(座席)―息子(膝)

娘と息子は20歳、父母は50歳としよう。1は今回の事例で、じっさいに起こった。2はちょっと考えにくい。ただし、埼玉から一歩も出たことのない埼玉人のぼくにはわからないけど、日常的にウケを狙っている人種の多い大阪近辺では、一種の “ボケ” として十分に起こりうることではないか(関西在住の方、教えてください)。3は起こりうるが、発生確率は1より低いだろう。4は考えること自体を拒否したくなるような性質のものではあるが、やはり大阪近辺なら、それなりの発生確率があるのだろう。したがって、ぼくの考えでは、発生確率は、1>3>2>4(ただし、大阪近辺ではこの限りにあらず)となる。だから、それがどうしたというのだ。

by enzian | 2005-12-23 12:10 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(58)

お肌ツルツルの秘密

○HKのBS1で先日はじまった「今日の美容」は、美容なんてものとはまったく縁のないぼくでも楽しく見ることができる好番組だ。昨日は、「今なら間に合う!クリスマス直前の必勝美容術」という特集をやっていた。いったいなにが「必勝」なんだ!などとおとなげないツッコミを入れながら、○HKも思い切った特集をやるようになったと感慨にふけりつつ、テレビっ子はけっこう真剣に見ていたのだ。

特におもしろかったのはヒアルロン酸の話だった。ヒアルロン酸は、ご存知のように、人体に含まれる成分で、微量でも大量の水分を保持できることから、お肌を美しく保つためにとても重要だと近頃もてはやされている。ぼくはどちらかと言うとしっとり系なのだけど、さすがに冬になると肌がカサカサしてきて、人前でしゃべるのにあまりみっともない顔はできないということで、それなりに困ったりもしてもいた。体内に含まれるヒアルロン酸を手軽に増やす画期的な方法があるということで、飛びついたのだった。

その方法は至って簡単で、あまり人には教えたくないという気もするけど、いつもお世話になっているブロガーのみなさんへの哲学者からのちょっと早目のクリスマスプレゼントということで思い切って言ってしまえば、“夜明けごろに散歩をして朝日をたっぷり浴びる” ということなのだ。朝日を浴びるだけではだめで、浴びながら適度の運動をしていることが大切だということだった。激しい運動は逆効果で、散歩ぐらいがちょうどよいらしい。

朝日を浴びるとヒアルロン酸が増える理由はまだはっきりわかっていないそうだが、ともかく朝日と適度な運動の組み合わせが劇的な効果を生むらしい。「朝日を浴びて美しくなるセミナー」を主催しているという番組ゲストの講師(?)は、もともと人間は日の出とともに家から出てなにがしかの仕事をし、日が沈むとともに家に戻って眠るというのが自然のサイクルとしてあったから、そういう人間として本来あるべきサイクルが関係している、ともっともらしいことを言っていた。講師の話の真偽はともかく、要は、美容のためには、なんとか水とかなんとかクリームとかいった人工的なものを使うよりも、お金をかけずにそのままが一番いいということなのだ。たしかに、鬱の治療法として朝日に浴びるというのが昔から言われるくらいだから、朝日を浴びてヒアルロン酸の量が増えてもおかしくはない。

ぼくにも心当たりがある。記事には書いたことがないけど、これもプレゼントとしてそっと告白するなら、昨年の冬、ぼくはフェレット(「フェレちゃん」)を飼っていた。後に泣く泣く手放すことになったのだけど、昨年の冬は例年になくお肌ツルツルにしてニ○アスキンクリームが必要ないほどで、学生たちからも「どうして先生、そんなにお肌ツルツルなんですか?」などとうるさく聞かれたものだ。その時期、ぼくは毎朝散歩に行ってフェレちゃんとともに夜明けを迎えていたのだった。そう言えば、フェレットの早朝お散歩仲間(「フェレット倶楽部」)のみなさんも、みんなそろいもそろってお肌ツルツルだった。

ともかく、1週間もあれば十分効果が出るということだった。ハッピーなクリスマスイブを夢見るみなさん、今からでも間に合いますよ、いそげっ!――あ~ウソをついてすっきりした。怒らないでね。昨年の今頃もこんな記事を書いたような‥‥

by enzian | 2005-12-17 14:16 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(40)

ワンコの心理

近所で飼われている犬に、一匹カワイイのがいる(メス)。ふだんは情けなく寝そべるばかりで、うんともすんとも鳴かないのだが、勤めに出ている奥さんが自宅におられるときだけ、クーンクーンと鳴くのだ。奥さんが出かけられるときと、出かけた奥さんが家に戻られたときの喜びようはものすごい。戻られたときなど、数年待った洋行帰り(死語!)の恋人を迎えるいたいけな少女のようにも思えて、ほほえましくなる。

いたいけなワンコではあるけど、ものすごく凶暴になる瞬間もある。奥さんが自宅におられて、しかも自宅の前をほかの犬が歩いているのを見つけた場合だ。このときばかりは、いたいけワンコも猛獣になってガンガン吼えて、暴れている。

これを見て、ぼくはいつも考える。奥さんがおられるときだけ、なぜ、ヤツは勇ましいのか?

仮説1.ボス(奥さん)がいると気が大きくなる。
仮説2.ボス(奥さん)に自分の強さを見せようとしている。
仮説3.ボス(奥さん)に「ダメダメ」と叱って欲しい。
仮説4.ボス(奥さん)を守ろうとやっきになっている。

仮説1と2はけっこう似通っているかもしれない。彼女連れのカンチガイ彼氏のなかにはこういう類の方がおられますな。近づかないのが身のためです、クワバラクワバラ。仮説4は、カンチガイ彼氏にもいますが、一般的には子連れのメス熊の心理です。仮説1および2との違いは、仮説1および2では、大切さという意味において「自分(彼氏)>彼女」であるのに対して、仮説4では、「自分(彼氏、メス熊)<彼女(子熊)」となっている。こういうカップルに運悪く出遭ったら、死んだフリをしましょう。仮説3は甘えん坊さんの心理ですね。これも彼氏のなかにいるか‥‥。「いたいけなワンコの心理≒カンチガイ彼氏の心理」と言えば、ワンコに失礼か。

by enzian | 2005-09-17 18:37 | ※その他 | Trackback | Comments(14)

なぜ大阪のおばちゃんは豹柄にスパッツなのか?

なぜ大阪のおばちゃんには豹柄の上着とスパッツ(スパッツって言うんですよね?)の組み合わせが多いのだろうか(そんなの偏見だって?シャラップ、多いという前提で話を進めるのだ)。スパッツについては、はきやすいからという、実利を重視する大阪人の性質によるものでしょうから、今日は豹柄の理由についてかる~く考えることにしましょう。

1.タイガース文化圏だから
これはまず考えられることでしょう。縦縞(たてじま)と格子柄(?)の違いはあるにしても、黄色と黒の配色は伝統的な阪神タイガースカラーなんですね。この文化圏で、このカラーで歩いて気分を害することはまずないでしょう。ちなみに、ジャイアンツカラー(オレンジと黒)にジャビット君の顔のついた服なんかで大阪の商店街を歩くのは、よした方がいいでしょう。

2.ワイルドだから
豹には、ワイルドな感じがあるんじゃないでしょうか。そういう意味では虎以上かもしれません。統制されていないもの、制御するのがむずかしいという意味では、反権力的であることのアピールにもなりますね。総じて大阪人にとって、権力の集中する東京は目の上のたんこぶなのです(意味不明)。ジャイアンツ=東京の象徴なんですね、たぶん。

3.危険な色だから
黄色と黒の組み合わせは注意すべきもの、危険を知らせるために使われる色です。たしかに、大阪のおばちゃんと接する場合にはそれなりの心得が必要です。ボケにはツッコミが必要ですし、話の終わりにはオチが必要です。

4.目立つから
危険を知らせるために使われるというのは、黄色と黒の組み合わせが目立つからでしょう(この場合の豹柄はくすんだ色のものはダメですね)。ここに2や3な人がいますよ~というアピールとして役立ちます。こういう色合いが接近して来たら、いくつかボケを用意しましょう。

5.車に轢かれにくいから
4の系統です。説明は略。

6.ゴージャスに見えるから
昔の映画なんかを見ていると、リッパなお屋敷のリッパなお部屋には、豹の毛皮の敷物と、シャムネコを膝に乗っけてブランデーグラス傾けているバスローブ(?)姿のおっさんがつきものですもんね。

7.売っているから
単純ですが、売ってるから買うんじゃないでしょうか。「売ってるから買う⇔買う人がいるから売る」という構造なんでしょう。でも、これはファッショナブルなおばちゃんたちの選択肢を狭める結果となっているのかもしれません。

ほかにも理由があるのでしょうけど、ぼくが思いついたのはこれぐらいです。なんせ、生粋の江戸っ子で関西に行ったのは修学旅行のときぐらいなものですから、大阪のことはよくわかんないんですよね*。


*私はべたべたの関西人です。

by enzian | 2005-08-27 21:49 | ※街を歩く | Trackback | Comments(34)

マンゴーを食べると色っぽくなる?

今朝、鏡を見たとき、いつもより自分が色っぽくなったのではないかという錯覚にとらわれた。まちがいなく、なにかがいつもとは違うのだ。なにがおかしいのかとジロジロ鏡を見ていたら、いつもより唇が腫れぼったくなっていて、ほんのり赤みがさしているらしいことに気づいた。かんたんに言うと、唇が “合成着色料を使ったタラコ化” しているのだ。

もうひとつ、変化に気づいた。唇のあたりがかゆいのだ。昨日、唇をべちゃべちゃにしながらマンゴーを食べていたのに、その後、しっかり口元を洗わなかったので、かぶれてしたまったらしい。マンゴーは “うるし科” の植物なのだ。うるしにかぶれる体質(うるしアレルギー)だったことを、すっかり忘れていた。

大人になってからは、キノコ遊びのときでも、山に生えているうるしには近づかないように注意していたのに‥‥家でデザートを食べてうるしにかぶれるとは、うかつだった。でも、ちょっとだけ刺激的な非日常を体験できてよかったのかな。なんでもいいからとにかく刺激が欲しいという方や変身願望のある方は、○○ナイン軟膏を用意してお試しあれ。

by enzian | 2005-06-11 20:08 | ※その他 | Trackback | Comments(36)

ブレーキをかけないおばちゃん

街を歩いていたら、おばちゃん自転車に轢かれそうになって、あやうく難を逃れる。「あーびっくりした」などど言っておる。それは、こっちのセリフじゃ。

おばちゃんのなかには、サドルに腰掛けたままだと急ブレーキをかけられない人がいる(こういうおばちゃんって、関西人だけかな?)。危険を察知したら、ブレーキのレバーを握るかわりにサドルから降りるのだ。あわてて降りるヒマがあったら、ブレーキレバーを握ればよいように思うが‥‥。

たぶん、この手のおばちゃんには、「自転車に乗ったまま急ブレーキをかける→バランスを崩してこける→自分がケガをする」という図式が強く意識されているのだろう。願わくば、「バランスを崩してでも急ブレーキをかける→いたいけな哲学者にケガをさせないようにする」という図式も欲しいところではある。

by enzian | 2005-06-10 21:40 | ※街を歩く | Trackback | Comments(26)

柿ピーに人生の縮図を見る

柿ピー、食べました。柿の種とピーナツを組み合わせた画期的なお菓子です。これを食べるたびに柿の種とピーナツの食べ合わせの最適な割合について考えてしまいます。柿の種とピーナツ1対1ではピーナツが強すぎ、4対1では柿の種が優勢にすぎる。2対1には文句なく、3対1もOKです。長年の研究の結果、いまでは、ぼくにとっての柿の種とピーナツ食べ合わせの “黄金比” は、2.75対1ぐらいだろうと考えています。

こんなドアホなことを考えているのは自分ぐらいだろうと思っていましたが、同じことを村上春樹が『村上ラヂオ』で考えてました。村上春樹は柿の種とピーナツを漫才(柿の種が “つっこみ” で、ピーナツが “ぼけ”)にたとえて考えているのですが、“ぼけ” と “つっこみ” はふつう1対1の関係になるはずですから、ぼく自身は、柿の種とピーナツの関係を “苦(辛)” と “楽” の関係だと考えています。“苦” と “楽” の関係は、「苦苦楽」ないし「苦苦苦楽」ぐらいがちょうどいい。“苦” がちょっと多いぐらいが、“楽” がきわだって、“ありがたく” てよいのです。柿ピーも、「柿の種、柿の種、ピーナツ」ないしは「柿の種、柿の種、柿の種、ピーナツ」ぐらいが、ぼくにとってはピーナツのマイルドさが強調されていて、とてもいい感じなのです。

小袋の柿ピーを食べるときには、“苦” と “楽” のペース配分が肝要です。あとの方になって “苦” (柿の種)ばっかり残っても、“楽” (ピーナツ)ばっかり残ってもよろしくないのです。最初から最後まで、いかに黄金比に近い割合で食べ続けるか、それが大切なことなのです。も〜ひさしぶりの記事なのに、バカ丸出し (>_<)

by enzian | 2005-06-09 21:00 | ※その他 | Trackback(1) | Comments(26)