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失念

卒業生と話していると、在学時にはわかっていなかったことに気づかされることがよくある。今年も2回、決定的に気づかされて、自分の愚かさに打ちひしがれた。

1回は、以前ドイツ語の文献を読んでいたときに学生がつくっていた授業用の予習ノートを見せてもらったときのこと。そのとてつもない労に驚き、それだけの重労働を毎週負わせていたことにようやく気づいたのだった。思えば、大学の2年生のとき、一通りの文法を終えただけの自分もまた同様の苦労をしていたはずなのに、すっかり忘れていた。もう1回は、詳しくは言えない。その人に限ってそんなことは決してないだろう‥‥自分にはよくわかっている‥‥と確信していたことが実際には起こっていたことに、ようやく気づいたのだった。

もちろん、人をわかることができればいい。わかり合えるに越したことはない。当たり前のことだ。だからそれをめざして尽くすが、それは至難なのだ。その難しさ、いや、ほぼ不可能にも思える至難さを、なにかと思い上がって、時に忘れてしまう。

by enzian | 2015-12-28 22:32

紙風船

b0037269_0255932.jpg学校からはさほど遠くないところに「ユリヤ商会」というおもちゃ屋があった。店先にはいつも玉を追っかけまわすキツネのようなアライグマのような動物のおもちゃが動いていて、ぼくの学生のころから変わらず老夫婦が店を切り盛りされていた。

かなりの高齢のようで、いつまで続くかと、大きなお世話だろうに、その前をとおるたびにひやひやしていた。正月になれば、ゲイラカイトやらが置かれていて、季節によって商品を変えているのだと驚いたことがある。

客が入っているのを見たことはない。いつかなにかを買ってみようと考えていて、紙風船がいいと思いついた。好きなのだ。ゴムでできているわけでもないものが風船になることが、小さなころは不思議だった。ふっと息を吹き入れて、ぽんと音をならして空に打ち上げると、すっとではなく、ゆっくりふわりと落ちてくる。またぽんと打ち上げる。

先日、店前をとおったら、シャッターは降りており、閉店を告げる紙が貼られていた。誰しもそうだろうが、衰退していくのを見ることには胸をしめつけられる思いがする。伸長していくひとたちを見るのが仕事であったことに胸をなでおろす。

by enzian | 2012-07-01 00:30 | ※街を歩く

梅雨時に生まれて。

b0037269_12293244.jpg「お前がなにかするときは雨やな。産んだとき、雨が降ってたやろか、どうやろう」――いつも母がつぶやいていた。そのさが?はいまも変わらないようで、ここぞというときには雲がたれこめる。台風が近づき、風が吹く。雪が降る。ときにひととなにかをするときもそんなぐあいだから、心のなかでは申しわけないと方々に謝っている。

今年も、たくさんの心をいただいた。当人でさえほとんど記憶の片隅に追いやっているような日に、毎年変わらず、忘れることなく温かな言葉を届けてくれる卒業生たちがいる。そのひとたちの学生時代のことを思いだしながら、なぜそんなことができるのかと考えていた。――たしかに、自分は雨の日にはじまったのかもしれない。母は雨の日を選んで産んでくれたのかな。

by enzian | 2012-06-16 12:37 | ※その他 | Comments(8)

枇杷の実

校内のいっかくには枇杷の木が生えている。この季節になるとオレンジ色に色づいてくるが、採るひともおらず、毎年落ちるがままになっている。ある年、学生がひとり、コロコロしたものを抱えて、個研に入ってきたことがある。両手を広げると、その枇杷であった。「誰もひろわないので、少しひらってきました」という。下宿に持ち帰って食べてみるのだという。「甘くないかもしれないよ」と言おうとして、言葉を飲み込んだ。

ぼくはこういうひとが好きだし、こういうひとに会いたくて仕事をしている気がするが、なぜ好きなのかを説明するのはむずかしい。

by enzian | 2012-06-03 11:18 | ※キャンパスで | Comments(6)

生きることに即した思考能力

入らなかったらよかったと後悔するような店にまれに出会う。そういう店は比較的小さく、扉を開けたとたん店長(シェフ)と出くわすような店なのだが、目が合ったとたん、二人の視線がバチバチとぶつかりあって、ぼくはなにかを感じ、相手もぼくが感じたことを瞬間的に読み取る。相手がなにかを読みとってぼくを警戒すべき人物と判断したことをぼくもまた瞬時に読み取る。この間、およそ1秒。こうして、辺りにただよう警戒感に、来てはいけなかった店に来てしまったことを後悔しつつ、重苦しい食事がはじまってしまう。

今年もこういう経験が二度あった。一度は東京で、はじめてもんじゃ焼きを食べたのがそういう店だった。警戒電波をヒリヒリ感じていたから自分で焼きたかったのだが、あいにく未知の食べ物だったから焼いてもらわざるをえなかった。こうして、記念すべきもんじゃ一号はどんな味かもわからないまま終わった。もんじゃ焼きはそれっきり。二回目は奈良で、若いシェフの目をみたとんいかんと思ったが、よりによって珍しくもコースを予約していたことが災いして、美味しいサラダからはじまる気まずいコースを堪能した。

ぼくはかつて品行方正(もう少しべつのいいかたはないのかな)でなかったひととか、いま品行方正でないことをウソでごまかしているひとであることが目を見ればだいたいわかってしまう。そしてそういうひとたちというのは自分の隠そうとしていることを見破られることをいつも警戒しているから、見破るぼくのことがわかるのだろう。

こういうのを第六感とか特殊な直観能力というひとがいるかもしれないが、ちがうと思う。ぼくは一日を生きるために品行不方正から自分を守ることを、ウソを見抜くことを強いられてきた生活が長かったから、痛い経験たちを蓄積したデータベースと、データーベースに検索をかけて瞬時に行動を選び出す(=分析する)ような〈生きることに即した思考能力〉をもってしまっただけで、特殊な直観能力があるわけではない。たぶん、ぼくの心の動きを瞬時に判断した店主たちも同じような思考能力をもっているのだろう。

by enzian | 2011-12-30 22:38 | ※その他 | Comments(0)

善知識

b0037269_18182961.jpg人間関係で判断に困ったとき、「あのひとであればどう判断するだろうか?」と、許可も得ていないのにかってに登場いただく、〈脳内の常連〉とおぼしきひとたちがいる。

そのひとりはカントで、ひとりは祖母。それぞれ、ぼくにとっては一定の範囲内での押しも押されぬ権威者として、脳内にどっかと鎮座ましましている。祖母はカントなんて名前、それどころか、哲学という言葉も知らなかったけれど、祖母のおかげでぼくは哲学と、そしてカントに出会うことができた。

もうふたりは大学の恩師。とくに学生との関係で迷ったときに、いつもふたりを思い出して、「先生ならどうなさるだろうか?」と思いをめぐらす。記憶のなかにしまってあるふたりの言葉に検索をかけて、類例がないかどうか、参考になるものがないかどうか探しはじめる。そうすると、ひとりはやさしいままに微笑みながら、ひとりは思いやりに満ちた暖かい心を押し殺して明晰に、語りはじめる。ぼくはふたりの言葉にじっと耳を澄ます。

by enzian | 2011-12-24 18:20 | ※キャンパスで | Comments(0)

粘土細工

昔、ぼくが学生時代、いつも大教室のいちばん前の席に座って、ろくろく授業は聞かず、一心不乱に紙粘土で怪獣をつくっている学生がいて、ぼくらはそやつを「粘土」と呼んでいた。何度か話しかけようとしたが、けっきょく、粘土と話すことはなかった。

ひとの悩みらしきものを聞いていると、多くの場合、いかようにも脱出する方法はあるのだが、その方法を使わないようにしているのは悩んでいる当人だと感じる。場合によっては出口はいたるところにあって、一歩でも足を踏み出せば外の世界にかってに行ってしまうぐらいの状態なのに、まず足を石膏で固定して、ついでひとつひとつの出口を粘土で念入りに目止めしているようなひとたちをみると、悩みとは出口がないということではなく、そこにあるとわかっている出口を利用できない愚かさの自覚なのだ、とさえ思ってしまう。

当然、そういうひとたちに「出口はある」と伝えてもなんの意味もない。求められてもいないものを全力で提示し続けることを、ひとは「徒労」と呼ぶ。おそろしい言葉だ。こうした粘土や石膏の心当たりが自分にもあるのではないかと自問自答してみようともするが、めんどくさいので、自問自答の働きを粘土と石膏でびっちり固めておく。

by enzian | 2011-11-02 23:18 | ※その他 | Comments(0)

はらり

卒業生と話していると、「あのときは言わなかったのですが、じつは○○だったのです」というフレーズをときどき聞くことがある。ひとりの人間からなにかがはらりとほどけて落ちてくる瞬間に立ち会えることの “役得” を噛みしめる瞬間でもあるし、ひとがなにかを言葉にすることのむずかしさを感じる瞬間でもある。

聞く耳をもっていますよ、大丈夫ですよ、などとアピールしても、なにかが熟さねば言葉は落ちてこない。なにかがはらりとほどけて言葉になる瞬間がいつになるのか、言葉の主にもわからないのだ。でも、時間のなかでいつか熟すと考えて待つ。

by enzian | 2011-09-18 23:58 | ※その他 | Comments(0)

積年の願い

b0037269_0225723.jpg歳をとって好きなものが増えるのはうれしい。いまから思えば小さいころには食べ物の好き嫌いがたくさんあったのだが、どれも、いつのまにか好きなものになっている。

おはぎが好きになったのはひとつの大事件だった。粒餡が苦手だったし、「おにぎりを甘い餡でくるむ」という浮世離れしたコンセプトが許せなかった。そんなぼくを尻目に、祖母はめんどうのかかる小豆を毎年畑でつくって、くつくつ煮て、それを母といっしょにいそいそと巨大なおはぎにしていた。遠くから見ているぼくに、「お前は食べないのか?」といつも聞いた。

あんなに嫌っていた粒餡おはぎだったが、いまでは大好きな食べ物になっている。嫌いなものを好きになるというのは、それを好きになって欲しいという自分の好きなひとの願いがまずあって、自分もまた、いますぐにではなくてもその願いにいつか添いたいという願いが休むことなく働き続けてきた結果なのだ、そうにちがいない、と思い込んでいる。

by enzian | 2011-08-21 00:28 | ※その他 | Comments(4)

理屈をこえたわからなさ

b0037269_11384989.jpg久しぶりにちゃんとテレビを観たら、画面上におびただしいほどのなにものかが表示されている。情報が多いのはよいことなのだろうが、こんなことも知らせますよ、こんなこともわかりますよとばかりに、狭い画面上をひしめき合い、占め合わなくてもよいだろうと思ってしまう。

こういう表示を隠す方法もあるのだろうが、それにはまたあの分厚いマニュアルを見んならん。それにしても、こんな複雑な道具、失礼だが、高齢の方のなかには、「怖くて使えない」といったひともおられるのではないか。

祖母は晩年、テレビがいちばんの楽しみだったようで、ずっとテレビをつけたまま、観たり、居眠ったりしていた。「水戸黄門」とかを楽しんでいた。でも「水戸黄門」も終わると聞いたような気がするし、そもそもテレビの操作方法がわからないなんてことになれば、テレビを楽しみにしているおばあちゃんのようなひとたちはどうするのだろうか。

あるとき、郷里の家の電話をジーコジーコと時計回りに回転するものから、プッシュフォン式に変えたことがあった。おばあちゃんの楽しみのひとつはジーコジーコを使って子どもたちと話すことだったのだが、プッシュフォンに変えたとたん、ぱったり電話を使わなくなってしまった。使い方を覚えることができなかったのだ。ぼくはそんな簡単がことがわからんわけがあるまいと、半分怒りながら何度も教えたが、けっきょくおばあちゃんはプッシュフォンを使わなかった。こうして、テレビだけが残る楽しみとなったわけである。

ぼくは基本的に、考えられることは考えないといけないと思っている。考えられることなのにさっさと屁理屈だなんて、他人を評するじぶんがいるとしたら、それは怠惰からくる傲慢以外のなにものでもないと思っている。だけど同時に、“理屈をこえたわからなさ” もあるのだ。それをどのようにじぶんのなかに受け入れ、はっきりとした位置をもったものとするのか――それが理屈っぽいと方々から敬遠されるじぶんの、生涯の課題なのだろう。

by enzian | 2011-08-13 11:49 | ※その他 | Comments(6)