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忘れ去られてしまう悲しさ

NHKの「にんげんドキュメント」を見た。認知症(痴呆に代わる呼称)の男性(夫)と暮らす女性(妻)の話だった。58歳の男性は、10年前から痴呆症状がはじまり、最近は自分で身の周りのことをするのさえむずかしくなってきている。ささいなことを忘れてしまったり、意外な昔のことを覚えていたり‥‥。夫婦の一喜一憂の日々が続く。

ある日、男性に、認知症患者とその家族を前にして講演をする機会が訪れる。たどたどしい言葉で男性は語る。「私はお母さん(妻)のことを忘れたくないのに消えてゆきます」。涙ぐむ聴衆のなかで、女性は涙を流さなかった。その日の女性の日記にはこうあった。「私は泣くことができなかった。これからあるだろうことを考えれば、このぐらいのことで泣くわけにはいかない」。

「これからあるだろうこと」。やがて男性は生まれたばかりの赤ちゃんに逆戻りして、何一つ自分ではできなくなってしまうのかもしれない。それが悲しくないはずがない。だが、それより悲しいのは、「自分が忘れ去られてしまう」「自分が誰であるか認知されなくなってしまう」ことではないのか? 女性の言う「これからあること」には、このことが含まれているような気がした。

最も大切な人、最愛の人に跡形もなく忘れ去られてしまう。自分にもそんな経験があった。それを文章にしたこともあった‥‥。次の文章は、ラジオ局のとある企画で流した言葉だ。今はもう、ラジオ局にもこの文章は残っていないだろう。それを知る学生もいない。やがてまったく忘れ去られる運命にある文章。自分が善良教師であるかのような思い上がった言い振りが鼻に付くが、鶏肋(けいろく)なお捨てがたしの思い断ち切れず、逡巡したあげくに、ここに認めることにする。題は、「どなたはん?」という。

ある日、祖母に言われた「どなたはん?」という言葉が忘れられません。

おばあちゃん子だった私は、離れて暮らすようになってからも、祖母と会うのを楽しみにしていました。その日も喜んで祖母のもとに行ったのですが、いつもとは違うよそよそしい態度から出てきたのが、この言葉でした。いつの間にか、孫もわからないほど痴呆が進んでいたのです。そのとき感じた寂しさは、表現のしようがありません。

今、私はたくさんの学生に囲まれています。学生にとって教師とは、知識だけでなく自分自身を理解してくれる、わかってくれるはずの人間なのだと思います。「どなたはん?」という言葉は、人に寂しい思いをさせることのないよう、祖母が残してくれたメッセージであると思っているのです。

by enzian | 2005-03-05 21:13 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(16)

美と崇高

夜中、年賀状をポストに投函する。空気が澄み渡り、星空がぞっとするほどきれいだ。しばらく見とれる。こういうのを、崇高(すうこう)と言うんだろうなと、ふと思う。ふつうに美しい「美」と、ちょっと怖いような美しさの「崇高」を分ける人がいるのだ。小さな花や牧歌的な風景の美しさはふつうの美だけど、そびえ立つ山並みとか、波打つ海原の美しさは崇高ということになる。

なぜ星空は崇高なのだろうか?まず、星空は美しいんだけど、宇宙の空間的な広がりに比べて、自分が圧倒的に小さいことが恐怖心にもなる。自分もそうだし、自分から見れば無限の広がりをもつと思える地球でさえ、宇宙のなかでは点にすぎないのだろう。次に、宇宙は時間的にも圧倒的な広がりをもっているから、それに対する自分の時間的な小ささ(短さ)も恐怖心になる。宇宙がはじまったのが何億年前かはよく知らないけど、ともかく気の遠くなるほど昔からあることはまちがいない。ぼくが見た一瞬の星の光も、何千年、何万年、場合によっては何億年の旅をしてきた光なのだ。それに比べれば、自分の生涯のなんと短いことか。

何千年、何万年前の星の光を見ることは、過去を見るのに似ているかもしれない。そう考えると、前に書いた、星空を見るとしんみりすることの理由もわかる気がする。ぼくの場合、過去は、失敗の記憶の束なのだ。もちろん、よい記憶もあるが、どちらかというと失敗の記憶が優勢で、過去は全体として苦い記憶に彩られている。澄み切った星空に自分の失態を重ね合わせて正視しようとするなら、夜空を見上げて、しんみりするのもわからないではない。すばらしい記憶に満ちた過去の持ち主なら、星空を見上げて、にやけることができるのだろうか。

by enzian | 2005-01-03 17:23 | ※自然のなかで | Trackback(1) | Comments(10)

立派なおっちゃんを見た

駅に電車が着いた。当駅止まりのアナウンスが流れる。気づかずに若い女性が眠りこけている。放っておいても駅員がなんとかするはずだ、そうに違いない――。人の群れは急ぎ足で改札へと流れてゆく。が、くたくたの仕事着を着たごましお頭の初老のおっちゃんが一人、流れとは逆の方向に駆け出した。そのまま発車しては大変と、女性のそばに小走りで駆け寄り、肩をたたこうとしたのだ。

と、その瞬間、女性は目を覚まし、勢いよく手を上げたままのおっちゃんと目覚めたばかりの女性は気まずい雰囲気になった。なんとも照れくさそうな笑みを浮かべながら、なにも言わず、おっちゃんはまた改札へ向かう流れに消えた。自分の行為がなんの役にも立たなかったという恥じらい――それがおっちゃんの照れになったのだろう。でも、おっちゃん、それを見て、少しだけやさしい気持ちになれましたよ。

by enzian | 2004-11-16 21:53 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(2)

本の絆

雑誌『AERA』のコラム「今という時間(とき)」に掲載されたエッセイです。こういうことを書いても、相変わらず返さない人は返しませんね。返してくれないと、ほかの学生に貸せなくなるんだよなぁ。

学生に本を貸すかどうか迷っている。貸したが最後、ちっとも返さないからだ。学生の卒業とともに全国に旅立った本も数冊。絶版のものもあり、泣きたくなる。同僚のなかには、貸し出しを止めてしまった者もいるらしい。

貸し出し禁止にするのは簡単なことだ。だが、なぜ返さないのだろうか? 私の見るところ、本を返さない学生にはいくつかのパターンがある。

うっかり型。借りていることをすぐ忘れる、わかりやすいタイプ。一度催促をすれば、頭をかきながら返しにくる。

不躾(ぶしつけ)型。借りたものは返すというルールを今ひとつ理解していないタイプ。催促を平気で聞き流すことができる。家庭ならぬ大学での躾が必要。

認知型。借りていることを知っており、借りたものは返すことも理解している。ルール違反におびえつつも、しぶとく返さないタイプ。最近ちらほら見かけるようになった。

このうち、認知型が悩みの種になる。読むために本はある。だがこのタイプには、読むより借りるためにある。借りることが許されるかどうか、借り続けることが許されるかどうかが重要なのだ。わがままを受け入れてくれる人との結びつきを確かめたいのであろう。迷惑な話だが、なぜか他人事とも思えない。

貸すかどうか。当分、結論は出せそうにない。

by enzian | 2004-10-24 09:55 | ※どこぞに載せたもの | Trackback | Comments(0)

すぐ戻ります

雑誌『AERA』のコラム「今という時間(とき)」に掲載されたエッセイです。これを書いたとき、一瞬、自分がすごくよい人のように思えました。勘違いされると困るので申し上げておきますが、私の指導教授は、とても面倒見のよい方でした。

先日、学生に指摘されてはっとしたことがある。「先生って、いつも学内を走ってますね」。言われてみれば、走っているような気がする。

大学の仕事は、はたから見るほどひまではない。かといって、個人研究室に走って戻らなくてはならないほど忙しくもない。何を急いでいるのかを考えてみたら、答えはすぐでた。学生を待たせたくないのである。

私の指導教授は多くの学務をかかえた多忙な方であった。いつも研究室の明かりは消されており、行き先掲示板が「在室」を示していた記憶はほとんどない。学生はみな、待って会えるのは、たまさかの幸運であると知っていた。約束をしても、会えるのは何週間も先のことになった。

今、私の研究室には毎日のように学生が訪れている。日参する学生。決まった曜日の決まった時間に現れる学生。昼間の授業には出席せず、夜にだけそっと顔を見せる学生。さまざまではあるが、どの学生も、彼らにとっては切実なメッセージを携えてやってくる。そこには、その瞬間をのがせば色あせてしまうメッセージも少なくない。

行き先掲示板は「すぐ戻ります」にしてきた。学生が待っているかもしれない。研究室に向かう私の歩みは、自然と速まるのであろう。

by enzian | 2004-10-24 09:51 | ※どこぞに載せたもの | Trackback | Comments(0)

学問との出会い

b0037269_1126532.jpg「○○広報」149号の「学問のしおり」というコーナーに掲載されたものです。「少しばかり学問の香りを漂わせよう」という浅ましい意図ももって書いたものなので読みやすい文章ではありませんが、しかめっつらをした業績書より、よほどましな自己紹介になるやもしれません。

高校三年の始めの頃、一度だけ進路指導室に行ったことがある。山積みにされた書類のなかから、私は仏教系大学の案内を探していた。仏教の思想に親しみをもっていたからである。すぐに数校の案内が見つかった。ほとんど代わり映えのしない内容であったが、毛色の変わった書きぶりのものが一つあった。「学問をする環境には恵まれている」。この世知辛いご時世に、「学問」などという言葉に誘われる学生がいるのだろうか? しかも、「は」とは‥‥。そう思いつつも、すでに私の心には、木々に囲まれてゆったりと書物を読む自分の姿が浮かんでいた。結局、この一文に誘われて私は大学の門をくぐったのである。

大学では哲学科に学ぶことになった。少々のめり込みすぎのきらいのあった仏教には少し距離を置こうとした。たまに距離を置いても棄てるわけではあるまい。二年生の基礎講読(現在の演習Ⅱに相当する)で読んだデカルトの『方法序説』はまさに、慣れ親しんだ対象と一旦距離を置くことを学問の方法的な基礎とするものであった。彼の有名な「方法的懐疑」はその一環である。偏見にとらわれない疑いを介することによって、デカルトは純粋な自己の存在を証明し、さらには自己の存在から神と物体の存在を証明する。神と物体の存在証明はともかく、次々と偏見を削ぎ落として進むデカルトの強靱な思索力には敬服した。

三年生の演習ではカントの『純粋理性批判』を読むことになった。至成堂で初めて原書を見たときの落胆は忘れられない。浩瀚(こうかん)、しかもきわめて息の長い独特の文体。これを二年間で読むのかと思うとため息が出た。実際に二年間のゼミで読めたのはその序文だけであった。しかし、カントの哲学全体の基本的な立場を読み取ることはできた。批判とは限界づけの意味であり、理性の批判とは理性の能力を限界づけ、分を弁えることにほかならない。カントは理性の能力を洗いざらい批判し、自由、魂の不死、神の存在といった形而上学的な問題について、人間が正当に主張できる範囲を確定しようとしたのである。その結論はきわめて抑制の利いたものとなっている。彼は人間が完全に道徳的に自己の行動を律する(自由となる)ための条件として、魂の不死と神の存在を「要請」(証明ほど確実ではないが、あることが可能となる必要条件として前提)するのである。不完全な人間が自由になるには、あたかも死をも越えるかのような無限時の努力を必要とする。人間が云々できるのは、精々のところ、そのいつ果てるともしれない努力の監視者として存在するかのように想定される神にすぎない。デカルトには敬服させられたが、節度あるカントの態度には心動かされた。

その後、卒業論文を始めとする研究の手がかりとして私が選んだのはカントであった。デカルトでなくカントにしたのは、前者が神の存在を人間的能力によって証明したのに対し、後者が人間的能力の限界ゆえに要請にとどめたという、わずかな違いからであった。このわずかな違いは同時に決定的な違いでもある。カントに続くフィヒテやシェリングはこの違いを重視せず、カントと袂を分かつことになった。人間的能力に対する見解の違いはやがて自我論の違いに行き着く。フィヒテやシェリングの哲学は人間イコール絶対的主観の哲学であり、自己と絶対者とのあいだに質的差異を認めない哲学であった。フィヒテやシェリングの立場は私にはとれない。カントにとどまるのが小器の分相応であろう。こうして、私の研究テーマはカントの自我論の周辺をさまようことになった。

カントの自我論の周辺を研究テーマとしてすでに十年以上の歳月が経過した。一貫していると言えば聞こえはよいが、そのじつ一本調子で進歩がないのである。一旦距離を置こうとした仏教に戻るにも、カントに深入りしすぎた。しかし夜、静まり返った聞思館の一室で本を読みながら、私は今でもよく進路指導室でのことを少々甘ったるい気分で懐かしく思い出す。あのとき思い浮かべた光景、もしあれが本当に学問であるなら、私はかつて自分が憧れた道を歩んでいるのであろう。

by enzian | 2004-10-24 09:34 | ※どこぞに載せたもの | Trackback | Comments(0)