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人が小さく見える瞬間

b0037269_21421693.jpg不意に人が小さく見える瞬間というのがあると思う。それはどういう瞬間なのだろうか。それまではもっと大きいと思っていたものが、不意にこんなにも小さかったのかと思える瞬間。それはいつ訪れるのだろうか。

自分にも経験がある。全身で怒り、にらみつけるその人のさまを見て、この小さな身体から迸(ほとばし)る情念はどこから出てくるのかと思い、記憶の彼方にあるときからぼくを抱き、背負い、手をとって連れて歩いてきてくれたこの人、この人はこんなにも小さかったのかと思ったのだ。そして次の日、その人とは別れたのであった。

by enzian | 2009-12-25 21:45 | ※山河追想 | Trackback | Comments(0)

「プランクトン」

b0037269_1740485.jpg新聞を読んでいたら、『科学』と『学習』が廃刊されると書いてある。それを見た瞬間、自分でも驚くほど淋しい気持ちになった。

小学校の一時期、学研から刊行されていた二冊を定期購読していた。裕福な家ではなかったから、ずいぶん無理をしてくれたのだと思う。後にはお金がかかるということで講読を諦めることになるのだが、それを告げたときの母の淋しそうな顔はいまも覚えている。特に『科学』はお気に入りで、毎月送られてくる付録の実験セットには胸ときめいた。

ある月の付録はプランクトンの飼育セットで、プランクトンを育てるのが楽しくてしかたなかった。親になった気分でかいがいしく餌をやっていたのだけど、何匹かは死なせてしまった。そんなことを作文に書いたら、思いがけなく新聞に載ることになってしまった。ぼくは自分の文章が人目に触れるのがイヤで、クラスの仲間にも、家族にも黙っていた。ある朝、学校に来ると友人たちが騒いでいた。「○○の顔、別人みたいに写ってたで」。自分のことを言っているらしい言葉をただぼんやりと聞いていた。家族はなにも言わなかった。家で講読していたのは別の新聞だったから、ばれずに済んだと胸をなでおろした。

郷里を出ようとして、母の遺品を整理していたときに、タンスから大きな額が出てきた。額なんかには縁(えん)のない家だったからなにごとかと思えば、茶色く変色した新聞の切り抜きが入っている。そこには誰かわからない少年の顔写真と、見覚えのある題の文章が載っていた。そのときはじめてぼくは自分の記事を見たのだった。知っていたのか‥‥でも、ほとんど文字の読めなかった母は読めたのだろうか‥‥。あのときよりもさらに茶色くなった切り抜きは同じ額に入ったまま、この部屋に置いてある。

by enzian | 2009-12-12 17:49 | ※山河追想 | Trackback | Comments(15)

今夜なに色?

b0037269_2226819.jpg夜が長いという感覚を長く失っている。ある時期を境にして、なによりも睡眠時間を重視することになったから、夜の長さを実感するすることがなくなってしまったのだ。

昔はこんなではなかった。大学生のころはもっと秋の夜が長かったし、高校生のころはとてつもなく長かった。高まる不安やら孤独やらなにかわからない暗い情念の群れが夜ごと襲いかかってきて、どうしたらよいのかわからなかった。高校の秋、親友に話しかけたことを覚えている。「この長い夜、やりきれんよな」。やつはぼくの思いを読み取って、ニヤリと笑いやがった。畏友だった。

「今夜なに色?」という深夜番組があった。新野新が司会をしていて、西川のりおが出ていた。大貫妙子のオープニングソングはちょっと変わった感じで、好きな曲だった。視聴者からの相談を毎回読み上げ、西川のりおらがそれについての意見を言う。相談はいつも重々しいもので、西川のりおはいつも、もうひとりの女性と激論を交わしていて、その熱の入りようは尋常ではなかった。ときには泣きながら意見を言ったりしていた。ぼくもまたテレビの前でどうしたらよいのか全身で答えを探していた。自分とは関係のない相談事になぜあんなにも一生懸命だったのかわからない。番組が終わっても考え続け、そうやって夜がふけていった。あるとき「お前も観てるか?」と聞いたら、やっぱりニヤリと笑いやがった。

by enzian | 2009-11-21 22:34 | ※その他 | Trackback | Comments(4)

スズメのふわふわ

b0037269_23225251.jpgめっきり屋根や木に登っている人を見なくなったなぁと思います。もちろん、屋根瓦を修理するためとか木の枝を切るためとか、そういうちゃんとした理由があって登っている人ならたまに見ますが、ただ登りたいがために登っているような人は見ないような気がします。

小さなころ(今もあるのですけどね)、家の庭には柿の木が植わっていて、よく登ったものです。柿の木はすぐ折れるから登ってはいけないと言われていたのですが、登らないわけがないじゃないですか。木の上から見ると、いつもとはちがう風景が見えるのですよ。正面からしか見たことのない隣のおばちゃんのつむじが見えたりした。屋根にも登りました。最初は叱られたのですが、言っても聞かないものだから、いつのまにか黙認されてました。家の裏側にあった柿の木を伝って登るのですが、首尾良く登れると、それだけで少し偉くなったような気がした。

屋根には瓦と板のあいだにところどころ隙間があって、毎年スズメが巣作りをしていました。手をつっこんで、指先で雛を探します。傷つけないようにそっと取り出すと、手のひらの上にはふわふわして丸くて温かいものがじっとしています。しばらく見つめてそれだけで十分に満足して温かなふわふわを隙間に戻すのでした。毎年屋根の上でそんなことをしていましたから、近所の人たちはさぞやアホな子だと思っていたでしょうね。隣のおばちゃん、いろいろやさしくしてくださって、ありがとうございました。

by enzian | 2009-11-01 23:14 | ※山河追想 | Trackback | Comments(22)

ヘッドライト

b0037269_20174980.jpg紀州路を歩いた。なにも忙しい秋に行くこともあるまいにと思うが、ときどき生活の地から少し離れて、それなりに傾斜した土の道を足裏で感じないことには、胸の奥の方がざわざわして、落ち着いて仕事もできない。根源的な田舎者の性が頭をもたげてしまうのだ。

最低限のことは計算して出発するが、どうやらそういうことを望んでいるようでもあって、いつものように乗り継ぎミスを犯した。今回のはちょっと痛いミスで、重ね塗りされた白いペンキがところどころはがれた壁に貼られたスカスカの時刻表をにらみながら、無人の駅舎で相当の時間を過ごさねばならない。付近に店などない。自動販売機の光だけが降りしきる雨粒を照らし出している。蜘蛛の巣に絡まった蛾がぷらぷら揺れている。体が冷えてきた。

ぼんやり線路を見ていたら、こんな駅に電車が来るのか不安になってきた。同じ気持ちを以前に感じたことを思い出した。いつのことか、わからない。母とどこかの神社の前にあるバス停に立っていた。辺りは真っ暗で、強い雨風に吹かれた竹藪がざあざあと恐ろしい音を立てていた。母はしゃべらなかった。バスは来ない。無限とも思える時間が過ぎ、濡れた体は冷えてゆく。

バス停の記憶は遠くにバスのヘッドライトが見えた場面で終わっている。そこでほっとして緊張が解けたのだろう。かすかな音がして、無人駅にも電車の光が近づいてきた。人間が近づいてきたのだと思った。とてもひとりでは生きられないと思った。

by enzian | 2009-10-06 20:31 | ※山河追想 | Trackback | Comments(0)

やさしいということ

b0037269_11285127.jpgやさしいとはどういうことなのだろうか。やさしいと言われることもないし、人生においてやさしい人をめざしているわけでもないが、いつも耳にするわりには意味がわからなくていまいましいので、ちょっと考えてみる。

「やさしい」というのは漢字では「優しい」と書くので、「人が憂う」ことだと――きっと語源的には間違えているだろうけど、これは論文(タスケテ)ではないので――勝手に考え散らかすことにする。

人が憂うということだから、やさしいということには、人(自分)が人(他人)を憂うという場合と、人(自分)が人(自分)を憂う場合が含まれている。では、憂うというのはどういうことか。それは相手や自分が好ましくない状態に陥る(陥っている)のではないかと心配することだろう。心配とは心を特定の方向に振り向けることだ。この振り向けは「思いやり」とも表現される。さて、このように人が好ましくない状態に陥っているのではないかと心を振り向けることでやさしさの第一条件がクリアされるなら、逆に、やさしさを成り立たせない第一条件は、人に対して心を振り向けないこと、つまり心を動かすことのない無関心となる。

次に「相手や自分が好ましくない状態に陥る(陥っている)」というのはどういうことだろうか。このような状態は、一般に「苦しんでいる」「傷ついている」「痛んでいる」といった言葉で表現される。したがって、心を振り向けるとは、人の苦しみや傷や痛みに対して心を追随させようとすることであると言える。このような追随は「共感」と言われるが、当然のことながら、共感するということは一つの心を共有することではない。他人の心は言うまでもなく、自分の心でさえ共感しようとすれば、“共感しようとしている心” と “共感されようとしている心” という二つの心に分断されてしまうのだ。

共有しなければならないという強い(すぎる?)思いは、やがて、どうしようもない “分断” の前に絶望する。絶望は呻(うめ)きとなるが、憂いが絶望に至ることを知った心は、自分の呻きがまた別のやさしい心を絶望させることを拒否する。こうして、人に知られないよう呻くこと、これがやさしさの意味となる。――というのはやさしさの無茶な定義だが、ここでは “人知れぬやさしさ” を考えてみたかった。

“人知れぬやさしさ” と “人知れるやさしさ” を分かつのは、共有への思いをそこそこで見切れるかどうかだろう。前者のやさしさについて、世の中の役に立たないとか、形として見えない(前者と無関心は外見上では区別がつかない)から意味がないとか、甘っちょろいとか言う手合いは多かろうが、自分は案外こういうのが好きだったりする。

by enzian | 2009-08-23 23:49 | ※好きな人・嫌いな人 | Trackback | Comments(0)

走馬燈

b0037269_18211432.jpg線路沿いに建つ家の屋根は舞い上がり落ちた鉄粉が錆びて赤茶色になっていることが多い。小さなころは、こういう赤茶色の屋根を見るのがいやだった。電車からの景色を眺めるのは好きだったが、そういう屋根からは目を背けていた。

どこであれ有刺鉄線が張りめぐらされたような様子はいまでも好きになれない。忘れ去られた土地の一角に冷蔵庫やテレビといった粗大ゴミが棄てられている光景も嫌いだ。複雑な配管が剥き出しになった工場群のことなど考えたくもない。「工場萌え」反対。高速道路や新幹線がひっきりなしに通る高架の下も好きではない。こういった風景は、それを目にすることで自分からなにものかを略奪していくように思える。

母方の墓参りに行く道の途中に、ちょうど、このような風景の集合地帯のようなところがある。この道を行かねば墓には着けないのでしぶしぶ通るが、何度通ってもあまり気持ちのよいものではない。だがややこしいことに、こんなマイナス要素たっぷりの場所であっても、なにかしら、そこを通ることで心を浮き立たせるものがあるのだ。静めるというべきかもしれないが。人はこの世界に別れを告げる際にさまざまな光景が走馬燈のように走り行くのを見るというが、そのときには、この道を歩く自分の姿を見ることだろう。

by enzian | 2009-08-22 18:35 | ※山河追想 | Trackback | Comments(12)

靴音

b0037269_23362958.jpgこういうことを言うのもなんだが、ぼくは教室での授業など誰でもできると思っている。教室での授業ぐらいなら、ほとんど教師の経験のない人でも、1度や2度の授業であれば学生の注目を集めることはできる。

そんなわけ(?)で、教室での授業はほどほどにやっている。そこそこのエネルギーで話している。授業方法改善が方々でやかましく叫ばれているのに、まったく不届きなことだ。

だが、授業が終わってからは少ない脳みそをフル稼働して仕事にいそしむ。個研にやってくる学生たちがいるからだ。教室での説明では納得しきれなかったことを確かめにくるひと(そらそうだろ)。人生について語りにくるひと(さすが哲学科だ)。毎週、失恋について嘆きにくるひと(できれば来ないで欲しい^^;)。今年は1年生の来室が多い。これまでと打って変わった環境になったのだ。わからないこと、不安に感じることも多いのだろう。

春から夏にかけて波状攻撃で押し寄せる学生たちも、やがて満足し、飽き、怒って、来なくなる。それはいいのだけど、それまでの一定期間、どうやって多数の相談に対応するのかが悩みの種になる。学生のなかには、多人数での “歓談” を好むひともいれば、一対一の “面談” を求めるひともいるからだ。面談を求めるひとには、多人数の声が漏れ聞こえればそれでノックすることなく帰ってしまう者もいる。自分がほんとうに話すべきはそういうひとたちなのではないか――歓談しながら、廊下を近づく靴音に耳を澄ます。

by enzian | 2009-05-09 23:45 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(0)

不思議

b0037269_23194386.jpg小さな研究会をつくった。つくったと言っても、つくり上げるために実働したのはぼくの周りにいるひとたちで、ぼくはその様子を見ていただけなのだけど。実働できないものだから、せめて会長をやれ、はいはい、というわけで、つつしんで名ばかりの会長をお受けすることになった。

研究会をつくったり、会長になったり‥‥。つくづく不思議なことだと思う。(こういのはお世話になったひとたちにたいしてとても思い上がった言い方だなのだけど)ぼくは物心ついたときからひとりぼっちだと思って生きてきた。ひとりぼっちだというのは周囲が悪いのではなく、ぼくの人格に問題があって、自然と孤立せざるをえないというだけのことだ。ブログ記事しかご存知ない方にはわからないだろうし、もしこんなことを言うとそんなことはないと言ってくださるかもしれないが、事実、ぼくは自他ともに認める “とてつもなく気むずかしいひと” なのだ。どう付き合えばよいのかわからず手を焼いている方がたくさんおられるにちがいない。ほんとうに申し訳ないことだと思っている。

生きていると不思議なことがたくさん起こる。小学校のとき担任が言った言葉は忘れられない。「自分の生徒で高校に行けなかったひとは一人もいない」。それは恐怖の言葉だった。ぼくはずっと自分が中学校を終わることもできないのではないかと思っていた。

by enzian | 2009-05-03 10:24 | ※その他 | Trackback | Comments(0)

「利他的衝動」

b0037269_23163057.jpgやっと墓参りに行けた。盆と彼岸には行きたいと思っているが、年々忙しくなってきてなかなか時間がとれない。彼岸のつもりが、いつも1カ月も2カ月も遅れる。1日で京都と滋賀の4箇所に参るのだが、体力的にもきつくなってきた。いずれ2日に分けて参らねばならないときが来るし、墓参り自体が不可能になるときも来るだろう。

1箇所はほかの誰も参る人のない墓だから、ぼくが参らなくなった時点で無縁墓になってしまう。それだけは避けたいが、永代供養やらそんな気のきいたもののない墓だし、ぼくには自分の後に長い供養を頼めるような人はいない。いやそんなことよりも、ぼくの戒名が刻まれた石ころが無縁墓となって雨風に晒されるままになることもそれほど先ではないだろう。それは仕方のないことだ。

幼いころ、祖母は毎月、祖父の命日が近づくと墓参りに行ったものだ。墓へ続く道には急な坂道があって、花やらお供えものやらをどっさり積んだ乳母車を祖母が押し切れなくなると、ぼくが代わって押した。その坂道は残っていて、いまでもそこを通る度に誇らしい気持ちになれる。祖母は頼みごとをしない人だった。人に頼むぐらいなら、自分でなんとかしようとする人だった。そして愛情に深い人だった。ある宗教家が「利他的衝動」という言葉を使っていて感心したことがあるが、思えば、祖母の行為は一種の衝動と言えるほどに強い動機から生じていた。この人のすさまじい愛情がなければ、ぼくがここに存在することもなかっただろう。見事な人だったが、ただひとつ解せなかったのは、極道の息子にさえその愛情を惜しみなく与えたことだった。それは結果としてぼくを苦しめ続けることになった。

人に頼みごとをしない祖母だったが、たったひとつ、くりかえしぼくに頼んだことがある。「(自分が死んだ後も)おじいさんの墓参りに行っちゃって(行ってあげてください)」ということだった。けっきょく、自分のことはなにひとつ頼んでいないのである。

by enzian | 2009-04-19 23:31 | ※山河追想 | Trackback | Comments(32)