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あきらめさせる、ということ。

b0037269_2391598.jpg学校と言えばもっぱら学生を勇気づける場で、教員も叱咤激励して学生を勇気づけることに専従するスタッフのように考えている人もいるかもしれない。だが少なくともぼくの場合、いったいどうすれば上手に人をあきらめるように仕向けることができるのか、と頭を抱えることの方が多い。

可能性を信じなければならないことは百も承知だが、その人のためにも周りの人のためにも、現実と資質を見比べてきっぱりあきらめてもらわざるをえない場合があるのだ。英語のできない者が研究者をめざすのは時間の無駄だし、自分にしか関心のない、他人(ひと)の心を汲む気のない者を教職に就かせるような無責任なことはできない。

勇気づけることがむずかしいのはもちろんだ。自分が人を勇気づけたことがあるかどうかは知らないが、そのためには勇気づけようとする者と勇気づけられる者とのあいだに相応の信頼関係が必要なのだろう。だが、考えるのだ。あきらめさせることは、たとえ信頼関係があっても不可能なのではないか、と。とすれば、あえて恨みを買うことがわが仕事ということになる。

by enzian | 2009-01-30 22:45 | ※キャンパスで | Trackback | Comments(18)

忘れえぬ見も知らぬ人

ときどき古い記事を読み直して、なつかしいコメントを読み返してみる。コメントのやりとりをしなくなった人なら、その後どうしておられるかと、リンク先を見ようとするときもある。ブログが続いているようなら安心するが、多くはリンク切れになっている。「URLに該当するページが見つかりません」の表示を見る度に、なんとも言えない気分になる。

ブログをはじめて右も左もわからなかったころ、かなり初期のころにコメントのやりとりをしていた人がいた。その方はブログの更新をもうずいぶん前にストップし、長くブログは完全に放置状態になっていたのだが、ぼくは、いつかきっと再開するはずだし、再開せずにおけるはずがない、と踏んでいた。が、その方も、先日リンク切れになっていて、少しショックを受けた。儚い願いは大きく振り切られたというわけである。

ブログをいつやめようと、そんなことは人の勝手だ。ブログを続けることにはたくさんのすばらしい点があるが、ぼくに言わせれば、いつでもやめられることこそがブログの決定的な長所なのだ。それまで手塩にかけて紡ぎ出してきた己が分身のような言葉たち、読者との交流の記録を一瞬のうちに無にすることができる。逆説的なことを言えば、いつ一刀の下にブログを断ち切ることができるのか――心の底でその日を楽しみにしながら、ていねいにていねいに日々のブログを作り続けている人は、少なくないはずなのである。

by enzian | 2009-01-04 22:57 | ※その他 | Trackback | Comments(4)

リーダー

どこぞの小学校の案内を読んでいたら、「未来のリーダーを養成する」と書いてある。すごい小学校があったものだと驚く。いったいどんなカリキュラム(授業編成)なのだろうか?いやカリキュラム内容よりも、校舎をヨーロッパの宮殿風、給食は三つ星店シェフに作ってもらって、学費をバカ高くすればそれなりの社会的地位をもった親の子どもしか入学できないから、おのずと2世として、いずれそこそこのリーダー的立場になるだろうなどと、どす黒いことを考えている。根がどす黒いから、こんなことを考えるのはお手のものなのだ。

リーダーというのはどういう人なのだろう。数歩離れてリードひも引っ張る御主人よろしく、引っ張られる者とのあいだに主従関係(命令する者と命令に従う者の関係)があって、圧倒的な能力の差があって、立場の差がある、特別に選ばれた者のことを言うのだろうか。だとすれば、ぼくがそういう人に心惹かれることはない。ぼくが好きなのは、いつも人のなかにあって、頼まれもしないのに他人のことをあれこれ考えて、人より多く抱え込んで、人より多くの責任を感じて、果たせなかったと人より多く悩んでいる不器用な人。

by enzian | 2008-10-12 21:58 | ※好きな人・嫌いな人 | Trackback | Comments(16)

「ぼくを待っているから。」

テレビをつけたら、かわいらしい子牛たちに少年がミルクをやっているところだった。家は酪農家なのだろう。取材者が少年に問う。「なぜミルクをやるのが好きなの?」少年にはむずかしすぎる問いだとぼくは思った。たとえ答えられたとしても、「牛が好きだから」がせいぜいのところだろう。答えられそうにない問い、答えられたとしても一定の答えしか期待できそうもない問いなど、問う方が愚かなのだ。そう思った。

だけど次の瞬間、ぼくは驚いてしまった。少年はこう答えたのだ。「ぼくを待っているから」。愚かなのは取材者ではなく、ぼくであった。

番組は進み、以前から少年が登ってみたいと思っていた山にチャレンジする段になった。天候が崩れてしまい、少年は途中で登頂を断念しなければならなくなった。エンディングの場面になり、悔し涙を流す少年に同行していた父親がやさしく話しかける。「おばあちゃんも待っているし、牛も待っているよ」。この父親にしてこの少年ありなのだな、と思った。

by enzian | 2008-08-26 21:58 | ※テレビ・新聞より | Trackback | Comments(27)

マクワウリ

b0037269_18332021.jpg(1)いつだったか、モロコ釣りに凝っていたことがあります。モロコにはいくつかの種類があるのですが、通いつめていた木津川にいたのはコウライモロコと呼ばれる小さな魚でした。

薄い黄色がかった背中をした可憐な魚を釣るには、少々の工夫が必要でした。ふだんコイやフナ用に使っていた「伊勢尼」(いせあま)という粗野な大きな鉤(はり)は、小指ほどのモロコの小指の爪の半分にも満たない口にはかからないのです。

一軒だけ、町内に釣り具を置いている店がありました。といっても、それは釣り道具店なのではなく、もとはガス屋だったらしい荒物屋で、薄暗い店の奥まった一角にわずかばかりの釣り具が置きっぱなしになっている、という風でした。置きっぱなしになっているもののそばには、いつも「いらっしゃいませ」ともなんとも言わない親父が三本足の椅子に座っていて、お前は客なのかそれとも冷やかしなのか?とでも言いたげな灰色の目をして、まれにしかやって来ない客をギラリとにらみつけるのでした。

(2)
荒物屋にモロコ用の鉤はありませんでした。モロコには「モロコ針(鉤)」と呼ばれる専用の鉤が必要なのですが、親父の品揃えのなかにそんな気のきいたものがあろうはずもなかったのです。木津川を遡った数キロ離れた隣町にちょっとした釣具屋がある、という噂は聞いていました。ダンプカーがすぐそばをびゅんびゅん追い越して行く危ない国道を通り、自転車が着いた先にめざす釣具店がありました。数キロ離れたそこはまったくの異郷の地で、見たことはおろか想像したこともない釣り具が所狭しと並ぶ桃源郷でした。

モロコ針をもって得意満面の少年は木津川のすいば(秘密の場所)へと急ぎます。なにせ、はじめて使う “特殊アイテム” があるのですから。木津川は三重県を源とする淀川水系の一級河川で、住んでいた地域はその中流域にあり、流れはところどころに大きな河原をつくりながら蛇行していました。生い茂る濃い緑の夏草をかき分けて河原に降りると、見慣れぬおっさんがいました。おっさんは上下スーツ姿で、麦わら帽子をかぶって竿を振っています。たしか、河原に降りる手前には自転車もバイクもなかったはずです。どこから来たのか変だなと思いましたが、人の素性をせんさくするより、早く釣りたいのです。

いっこうに釣れません。麦わら帽子はポツポツとモロコを釣っています。鉤に問題はないはずです。なにが違うのかとおっさんの方を見ると、エサ箱にピンク色のうごめくものが入っています。「これはな、ベニサシや。これでないとモロコは釣れへんねや、ぼく」。それっきりおっさんはなにも言いませんでした。「ベニサシ」とはなんだろう?それに、このおっさんはどうしてこんなに生気のないしゃべり方をするのだろう?おっさんの声は抑揚のない、まるで機械が合成したような低い声で、それはおっさんの口から聞こえてくるというより、もっと下の方の地の底から響き上がってくるような音でした。少しそんなことを考えて、エサ箱をもう一度見ようとしたら、おっさんの姿はありませんでした。

(3)
釣れずに帰って調べれば、「ベニサシ」は「紅サシ」で、釣り餌用に飼育されたサシ虫(ハエの幼虫)を食紅(しょくべに)で赤く染めたものでした。おっさんがどうやって手に入れたのか知りませんが、そんなしゃれた餌は身近にはありません。その後もミミズを餌にして何日か通いましたが、さっぱりでした。祖母がやってきて言いました。「われ(お前)は、お盆やのに、よお毎日毎日ジャコ取り(魚釣り)にいくなぁ」。夏と言えば少年たちの遊びの筆頭は虫取りでしたが、盆には殺生(せっしょう)をしてはならぬという不文律がありました。お盆には、先祖が小さな生き物の姿をして戻ってくると信じられていたのです。

頭に来て、ある日、紅サシに代わる餌を自作することにしました。土間にサツマイモが転がっていたので、蒸してマッシュポテトにし、つなぎに小麦粉を入れて練り餌(ねりえ)にします。食紅を加えて米粒大に丸めれば、まぁ紅サシに似ていないこともありません。おっさんは紅サシでないと釣れないと言いましたが、モロコは雑食性ですからこの餌でも釣れる可能性はあるはずです。祖母はあきれながらも、「米ぬかを煎って入れたらええ」と、手伝ってくれました。香ばしく煎った米ぬかは集魚剤になるのです。祖母は、少年がいったん事をはじめれば、それがどのていどまで可能でどのていどまで不可能なのか身にしみて感じ取るまでやめないことを知っていたのでした。

(4)
虫餌ではなく練り餌にすることにはちょっとばかりの自負がありました。サツマイモの餌なら生き物を殺生することもないのだから、おっさんの紅サシよりも、この “紅サシもどきイモ” の方がすぐれた餌なのではないか――。少年はひとつ大切なことを忘れていました。自分が夢中になっていた、魚がかかったときに伝わってくるあのグリグリという触感、それは鉤にかかった魚の命をかけた抵抗でした。自分の行為が生き物の命を弄(もてあそ)ぶ道楽であることを忘れていたのでした。

新聞を読みました。新聞の地方欄のようなところに、木津川のすいば近くで起きた事件が報じられていました。陰鬱な事件でした。大人の世界にはまだ自分の知らないことがたくさんあって、それらは複雑に絡み合っており、ときに人が身動きできないようにしてしまうものなのかもしれない。麦わら帽子のおっさんの姿が浮かび上がって、消えました。

(5)
迷いましたが、行くことにしました。河岸段丘に作られた茶畑のなかの道を自転車で走ります。昨日の新聞を見た今日ですから、すいばが近づくにつれ、鳥肌が立ち、総毛立ちます。こんな恐ろしい思いをするのならやめておけばよいのですが、新しい餌の効力を確かめないわけにもいかないのです。「まっすぐ前だけ見て、よけいなものを見るな」、自分に言い聞かせながらひたすらペダルをこぎます。

河原に降りても目的の場所だけを見つめて歩きました。冷蔵庫で一晩保存した紅サシもどきイモをつけて第一投。発砲スチロールの自作ウキがぴょこぴょこと踊って、胸も踊ります。グリグリという感触が手に伝わって、あっけなく黄色い背中の可憐な魚が釣れました。第二投。また釣れました。その後も、餌を投げ込むたびにウキが踊ります。そうです。あれほど苦労したのがウソのように、この魚は餌さえ変えればあっけなく釣れてしまうのです。食いしん坊の小さな魚は、手のひらのなかでぴくぴくと体を震わせています。

(6)
夢中で釣っていたら、黄色い楕円形のものが浮き沈みしながら流れてきました。マクワウリでした。畑にあるはずのマクワウリがなぜ川にあるのかわかりませんでしたが、どこも傷んでおらず、食べられそうです。祖母の大好物なので、持ち帰ることにしました。川で拾ったと言えば嫌がるかもしれませんが、畑で採って来たことにすればよいのです。

しばらくしてまた流れてきました。なにやら気味が悪くなって辺りを見回すと、河原の至るところに黄色のマクワウリやら、白のマクワウリやら、緑のカボチャやら、黒いナスビやら、ピンク色のなにかやらが流れ着いています。半ば腐りかけているようなものもあります。一瞬、「賽の河原」(さいのかわら)という言葉が思い浮かびました。ピンク色のものは家の仏壇にもあったハスの花の造花でした。マクワウリやらハスの花はお盆のお供えもので、お盆が終わって、上流の地域から川に流されたもののようでした。

モロコとマクワウリを流れに戻しました。モロコは一目散に逃げ、マクワウリは岸に向かう流れに乗ってしばらく近くを漂っていましたが、いつのまにか本流に乗って下流へと流れて行きました。モロコに限らず、さまざまな魚を釣るために通いつめていた木津川でしたが、この日を境に次第に足は遠のき、やがてまったく行かなくなりました。(了)

by enzian | 2008-08-16 18:17 | ※山河追想 | Trackback | Comments(0)

『墜落遺体――御巣鷹山の日航機123便』(飯塚訓)

b0037269_103278.jpgこういうことを言うと叱られるかもしれないが、人の命日をほとんど覚えない。かわいがってくれた人たちの命日でさえしっかり覚えていなくて、通り過ぎそうになったら、周りの人が教えてくれて、あぁそうだったな、と思い出す。ぼくは人が “いつ” 死んだのかということにはほとんど興味がないのだ。お許しください。

ただし、命日というわけではないが、多くの方が亡くなったある事故の日については、どういうわけか、どうしても忘れることができずに、毎年思い出す。23年前の今日。日航123便の墜落事故の日だ。

あまり気分のよい文章ではないと思います。

by enzian | 2008-08-12 10:58 | ※好きな本 | Trackback | Comments(6)

打ち直す

b0037269_956034.jpg長く使ってきた毛布にさよならをすることにした。ずいぶん前から破れていたりしていたのだけど、祖母が買ってくれたものだからと、使い続けてきたのだ。ひょっとしたら、もう20年ぐらい使っていたのかもしれない。

お別れの前に、あれこれ考えながらじっと見つめていたら、けっこうな量のカシミアが使ってあることに気づいた。どうりで暖かかったはずだ。いままで何年も使っていて、こんな簡単なことにも気づかなかったのだな。でも、最後の最後に気づけてよかった。

冬布団も処分することにした。これは毛布以上のベテランで、いつから使っているのかさえわからない。記憶にある限り、冬の夜であれば、ぼくはこの布団とともに過ごしている。暖かい冬の日、祖母が庭に敷いたゴザの上に布団を置いて、針仕事をしていたことを思い出した。

どうにも忍びない気分で布団屋に相談したら、良い綿がたくさん使ってあって、捨てるのはもったいない、打ち直してみてはどうかという。そうか、“打ち直す” という手があったのか。古い布団はふかふかに打ち直されて、新しい衣装を着せられて戻ってきた。これからも、よろしく。

by enzian | 2008-08-02 12:27 | ※その他 | Trackback | Comments(14)

返答

あなたが寄せてくれたメールについて、
私の考え方を書きたいと思います。

>私は、自分の存在価値とは何か?
なぜ苦しくても生きていかなければいけないのか?を勉強したいのです。

私はブログを書いていますが、
以前、以下のような記事を書いたことがありますので、
できれば、コメントなども含めて読んでみてください。
http://enzian.exblog.jp/2685153

上の記事は少し以前のものですが、
「なぜ苦しくても生きていかなければいけないのか?」と問われれば、今は、
「苦しくてもぜったい死んではいけない、とまでは言えない。
しかし、できれは生きていて欲しい」と答えるでしょう。

「では、なぜ生きていて欲しいと願うのか?」と問われれば、
「あなたの姿形や考え方は私に似ているから」と答えるでしょう。

「では、なぜ私に似ていれば生きていて欲しいのか?」と問われれば、
「私が生きていたいから」と答えるでしょう。

「なぜあなたは生きていたいのか?」と問われれば、
「私は私が大切であることを知っていて、
私を大切に思っている人がいることを知っているから」と答えるでしょう。

「しかし、自分はあなた(enzian)のように生きていたいとは思わない。
私は自分が大切だとは思わないし、
生きていかねばならない理由がわからない」と言われれば、
最初の答えに戻るか、沈黙せざるをえないでしょう。

と、私の答えは現時点でも答えになっていないのですが、
ここで、二つのことが言えると思います。

まず一つは、美しい答えを出すことが哲学ではなくて、
自前の問いについて考え続けることが哲学であるということ。
そういう意味では、すでにあなたは立派に哲学をしています。

もう一つは、自分や他人を大切に思うことは、
人との関係のなかからしか生まれてこない、ということです。
自分の言葉に耳を傾けてくれる人がいるというのは、
そうした関係の一つなのです。

by enzian | 2008-07-06 18:53 | ※その他 | Trackback | Comments(17)

ハートの坊さん

忘れかけたころに会う坊さんがいる。今朝も電車で会った。どうして覚えているかというと、いつも落ち着かない風に電車のなかを見回し、貧乏揺すりなんかをしており、 “聖職者” という感じにはほど遠い人だからだ。

今日も、いつものように無精ヒゲを生やして、なにかをつぶやきつつ、片方の地下足袋の親指と人差し指のあいだには朝顔の葉っぱ(ハートの形)を1枚、はさんでいる。どこの草むらに踏み込んだら、そんなところにラブリーな葉っぱをはさむことができるのか‥‥と考えていたら、ぼくは朝からおかしくてしかたなかったのだ。

電車は混んできて、座っている坊さんは決まりが悪そうだ。坊さんは、ほっぺをぷるぷるさせておどおどきょろきょろしている。前に白髪混じりの50歳ぐらいの女性が立った。坊さんよりも少し歳下ぐらいか。座席から坊さんはちらりちらりと女性の顔を仰ぎ見ている。迷いに迷ったあげく、ついに坊さんは立ち上がり、一目散にどこかへ行ってしまった。

座った女性の前には、ハートの形の葉っぱが1枚落ちていた。

by enzian | 2008-06-03 23:57 | ※通勤途中 | Trackback | Comments(66)

知らない世界

b0037269_0242952.jpg「mixiはしていないのですか?」
「以前、したことがあるけど、せっかく紹介してもらったのにすぐやめてしまって、今はやってないよ。きっと、もうしないと思う」
「どうしてですか?」
「‥‥どうしてだろうね」

いつもこんな感じでお茶をにごすが、自分ではその理由はわかっている。mixiをはじめれば、読者を限定できるのをいいことに、ぼくはきっとしゃべってはいけないことをしゃべって、書いてはいけないことを書いてしまうだろうから。ぼくが書いていいのは、このブログで書いていることまでなのだ。それが理由のひとつ。

もうひとつは、これ以上知ろうとしてはいけないと思うからだ。mixiをはじめてすぐ、ぼくは想像だにしない人たちがmixiをしていることに気づいた。そこには、ふだん学校では見せない顔、レポートには書けない意見、表の(?)ブログでは見せない考えがちりばめられているのだろう。たぶんぼくは、いろいろなことを告げられ、知ってしまう立場にある。なにもしない限り空気を吸うように知ってしまうのなら、自分からは知らないように努めることも必要なのだ。ぼくのまったく知らない世界がたくさんある方がいい。

by enzian | 2008-04-27 00:04 | ※その他 | Trackback | Comments(0)