「慈悲ガ過ギタ」

b0037269_23475858.jpg奈良県の北のはてに西大寺という名刹がある。鎌倉時代、西大寺には忍性(にんしょう)という律宗の僧侶がいた。彼は宗学よりも、非人の救済を含む広い慈善活動に力を注いだ。そうした活動への忍性の傾きは強く、師の叡尊から「良観房(忍性)ハ慈悲ガ過ギタ」と苦言を呈されるほどであったという。

そのような忍性を語る逸話が『元亨釈書』に残っている。

西大寺から離れた奈良市中のはずれ、奈良坂というところに癩者の物乞いが住んでいた。手足はよじれ、物乞いに出かけるのもむずかしく、数日食事ができないこともあった。忍性は物乞いを憐れみ、夜明けに住まいに行き、背負って運び、物乞いをしやすい市中に置いた。夕方には背負って連れ帰った。これを何年も休むことなく続けた。癩者は臨終にこう言ったという。「我、必ず又此間(この世)に生まれ、師(忍性)の役となりて師の徳に酬わん」。彼はまたその印として顔に瘡をとどめておくと言った。その後、忍性の弟子に顔に瘡のある働き者がいて、人々はあの癩者の生まれかわりであるとささやいた。
by enzian | 2010-01-29 23:52 | ※その他 | Comments(0)

身の周り半径5メートルほどにある、なにげない日常をささやかに見つめ直します。


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