身の周り半径5メートルほどにある、なにげない日常をささやかに見つめ直します。


by enzian
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授業では質問をするように言うけど、どうしたらうまく質問できるのかを説明したことはない。「相手が明確にできていないことを相手に気づかせてあげるような質問がいい質問だよ」なんて、質問の際の心構えは言っても、そういう質問はどうすればできるのかを説明しない。説明しないのはうまく説明できないからだ。ぼく自身は質問することを苦にしないタイプなのだけど、どうやって質問をひねり出しているか、自分でもしっかり考えたことがない。自信はないけど、もうすぐ新年なので考えてみよう。あえて言えば、もっとも簡単な質問にはいくつか型があるような気がする。

①使われている言葉のなかで特に大切に思える言葉の広がりをじっとみつめて、広がりに不自然な部分や不明な部分があれば、その不自然さや不明さを確認すればいい。なんのことはない、その人が使っている言葉の意味の質問である。

②そういう言葉が二つ三つありそうな場合には、それぞれの言葉の広がりをみて、どう重なっているかをみる。その重なりに不自然な部分や不明な部分があれば、やはりそれを確認すればいい。

③そういう言葉が原因(根拠)と結果(帰結)の関係になっていれば、そのつながりに無理がないかをみてみればいい。

④可能なら、①②③の不自然さ、不明さ、無理をどうすればすっきり整理できるかを考えて、それを自分からの案として「○○(すっきり案)ということでしょうか?」と聞いてあげれば、①②③の質問を一歩進めた高度な質問になる。

ぼくはこういう言葉と言葉の関係を、○や□、→や=を使って頭の中に図式化して、質問するときには「その頭のなかの図式をみながら、その図式に頭のなかで指を指しながら」質問しているような気がする。
by enzian | 2017-12-31 22:50

一年

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そうこうしているうちに一年が終わってしまう。この一年はどういう一年だったのだろうか。印象に残っているのは待ったこと。待ち疲れたことが印象に残っている。昨年に続き、人と別れた年でもあった。出会った人としか別れはないわけだから、出会ったことがまったくの無駄でなかったらいいのだけど。

よいこともあった。仏像鑑賞がはっきり趣味と言えるものになったこと。昔からよくわからないままに、ああ修行者になりたい、求道者になりたい‥‥的な感じで寺を訪れて仏像をみていたけど、仏像や寺を一種の美としても感じようとするようになった。ぼくは美にうといから、こういう部分を自分のなかにもてるのはうれしい。それとありがたいことに寺は全国の津々浦々にあるから、いろんな地域に足を運ぶことにもなって、いろんな人や文化に触れることができて、ご機嫌なのだ。ほかにもよかったことをひとつあげれば、大学院の授業で専攻のちがう院生のあつまるゼミ(演習)を担当できたこと。これは楽しかった。異なった専攻の院生と話したりすることはあまりないから、大きな刺激になった。来年も、誰かに会えれば。人と出会うこと以上に楽しいことなんてないから。
by enzian | 2017-12-29 22:14

調和

この一週間で心を動かされたのは弦の音。顧問をしているアンサンブルの演奏会に行ったのだ。というようなことを言うと、立派な顧問のように聞こえるが、ふだんなにもやっていないので、その罪滅ぼしのために、自分自身の居心地の悪さをやわらげるために行っただけのこと。はじめて足を踏み入れた会場には学生の家族やら、近隣の方も来ておられた。大きな着信音が鳴り響いて、おばさんが誰かにすじ肉の煮込みについて大声で指示しはじめる。開演の20秒前になっても終わらないので、笑えるやら、ひやひやしたりやらしたが、それはそれ、はかったように携帯は切れたのであった。熱心に動画撮影のセットをして演奏を聴きはじめた‥‥と思ったおじいさんは、開始5分ほどで寝入ってしまった。きっとその動画を家で観るんだよね、ちがう?自分が知らない別の世界があって、そこにはそれぞれの調和があるのだろう。
by enzian | 2017-12-10 11:05

ほだ木

この一週間でいちばんびっくりしたのは、椎茸栽培のほだ木をもらったこと。彼はいつもとつぜん現れてぼくの度肝を抜くが、今回もやってくれた。何時間も電車に乗って、長さ1メートル、重さも10キロ近くはあるかという立派なほだ木をもってきてくれたのだ。キノコ愛好家のぼくでも、近鉄や京都地下鉄で椎茸のほだ木を運んでいるひとはみたことがない。驚いたぼくに、彼は「先生が喜ばれるだろうと思ったので」と、こともなげに答えたのだった。

今後、研究室の前の廊下をほだ木をもって歩くぼくの雄姿を、しばしば学生たちは目にすることであろう(ときどき水やりをするのですな)。決して、思想的に偏ったひとでヘルメットをかぶって角棒をもって授業を阻止しようとしている(哲学科の先生で昔、そういうことをしていたひとがいるけどね)とかいうことではないので、怪しまないでね。大切に育てます。
by enzian | 2017-12-06 22:56